Hum Hain Rahi Pyar Ke

4.0
Hum Hain Rahi Pyar Ke
「Hum Hain Rahi Pyar Ke」

 1993年7月23日公開の「Hum Hain Rahi Pyar Ke(私たちは愛の旅人だ)」は、悪戯好きな3人の甥っ子たちと暮らすことになった男性が主人公のコメディー映画である。米映画「Houseboat」(1958年)をインド人向けにアレンジした作品だとされている。

 プロデューサーはターヒル・フサイン。監督はマヘーシュ・バット。音楽はナディーム・シュラヴァン、作詞はサミール。主演はフサインの息子アーミル・カーン。ヒロインは、大ヒット作「Qayamat Se Qayamat Tak」(1988年)でアーミルと共演してスターダムを駆け上がったジューヒー・チャーウラー。

 他に、ダリープ・ターヒル、ナヴニート・ニシャーン、KDチャンドラン、ヴィールー・クリシュナン、ティークー・タルサーニヤー、ムシュターク・カーン、ジャーヴェード・カーン、ロビン・バットなどが出演している。また、後に「Go Goa Gone」(2013年/邦題:インド・オブ・ザ・デッド)などに出演することになるクナール・ケームーが子役で出演している。

 2025年9月25日に鑑賞し、このレビューを書いている。

 ラーフル・マロートラー(アーミル・カーン)は、姉夫婦の交通事故死により、姉の夫が経営していた繊維工場と、姉夫婦の3人の子供、ヴィッキー、ムンニー、サニー(クナール・ケームー)の親権者になる。ヴィッキー、ムンニー、サニーはワンパク盛りの子供たちで、ラーフルを歓迎しなかった。ラーフルは子供たちに手を焼く。

 あるとき、3人の子供たちは家を抜け出してメーラー(縁日)へ行く。そこでヴァイジャヤンティー(ジューヒー・チャーウラー)と出会う。ヴァイジャヤンティーは、父親アイヤル(KDチャンドラン)から無理やりナタランジャン(ヴィールー・クリシュナン)と結婚させられそうになり脱走してきていた。子供たちはヴァイジャヤンティーを自宅に招き、しばらくラーフルから隠して暮らす。だが、すぐにヴァイジャヤンティーの存在がラーフルにばれてしまう。ラーフルは子供たちの面倒を見る仕事をヴァイジャヤンティーに与え、家に住むことを許可する。

 姉の夫から引き継いだ工場では大きなトラブルに見舞われていた。実業家ビジュラーニー(ダリープ・ターヒル)から10万着のシャツの注文を受けていたが、日本帰りの工場マネージャー、BPミシュラー(ムシュターク・カーン)の失態のせいで、納期に間に合わなくなっていた。もし間に合わなかった場合、工場や自宅は競売に掛けられる恐れがあった。ラーフルは途方に暮れるが、大学時代の友人マーヤー(ナヴニート・ニシャーン)が実はビジュラーニーの娘で、彼女に口利きしてもらい、納期を延ばしてもらうことに成功する。その見返りとしてマーヤーはラーフルに結婚を求めた。

 このときまでにラーフルはヴァイジャヤンティーと恋仲にあったが、お互いに気持ちは確かめ合っていなかった。ラーフルは子供たちの幸せを願い、マーヤーと結婚することを決める。だが、悲しむヴァイジャヤンティーを見て子供たちは一計を案じ、ラーフルとマーヤーの結婚を妨害する。ラーフルもマーヤーとの結婚は止め、ビジュラーニーに立ち向かうことにする。

 マーヤーとの結婚を取り止めたことで、ビジュラーニーと交わした契約により、15日以内に10万着のシャツを納品しなければならなくなった。ラーフルは工場の労働者たちと交渉し、働けるだけ働いてもらい、何とか10万着のシャツを間に合わせる。ヴァイジャヤンティーや3人の子供たちも協力した。

 ところが何としてでもラーフルを追い落としたいビジュラーニーはゴロツキを雇って納品を妨害する。ラーフルはこそ泥のチョーティヤー(ジャーヴェード・カーン)に助けてもらい、盗まれた商品を取り戻して、競売で家が売れてしまう寸前にビジュラーニーに納品する。ビジュラーニーとマーヤーは逃げ出す。

 ラーフルはヴァイジャヤンティーと結婚しようとするが、彼女の父親は娘をアイヤルとした結婚させようとしなかった。だが、皆で説得し、認めてもらう。ただし、南インド式の結婚をすることになった。

 まず、腕白な3人の子供たちの悪戯と、それに頭を悩ませるラーフルのやり取りが底抜けに面白いコメディー映画である。もちろん、アーミル・カーンとジューヒー・チャーウラーが主演の映画なのだが、子供たちも決して添え物扱いではなく、物語の中心にきちんと置かれ、常に前面に出ていた。「Hum Hain Rahi Pyar Ke」が直接下敷きにした「Houseboat」にもそういう要素があったと思われるが、それよりも直近の米映画「ホームアローン」(1990年)などの影響も感じられた。まだこの時代のヒンディー語映画界に「子供向け映画」という概念はなかったと思われるが、「Hum Hain Rahi Pyar Ke」は年少の観客も楽しませようとして作られているといっていい。

 主人公ラーフルと、彼が恋に落ちるヴァイジャヤンティーの人物設定は弱かった。姉の交通事故死の後、ラーフルは繊維工場のオーナーになるが、彼のそれまでの生い立ちにはほとんど触れられておらず、物語の中でも彼の実直な性格以外はあまり実感できる面が少ない。さらに謎なのはヴァイジャヤンティーだ。タミル人ということは分かるのだが、年齢に割には行動が幼く、知能に異常があるのかと思ったくらいである。ただ、その天真爛漫な性格は子供たちに受けが良く、すぐに打ち解け、ラーフルと子供たちの間の橋渡し役になる。

 ラーフルは、ヴァイジャヤンティーとの恋と、マーヤーとの結婚の間で板挟みになる。ラーフルは、姉が遺していった3人の子供たちを愛し、子供たちが愛するヴァイジャヤンティーを愛した。だが、子供たちを養うためには工場の経営を軌道に乗せなければならず、そのためにはビジュラーニーの娘マーヤーとの結婚が近道であった。通常、インド映画では家族と恋愛の板挟みになることが多い。「Hum Hain Rahi Pyar Ke」では、ラーフルの目の前に「家族」として浮かんだのは、両親などではなく、預かった子供たちであった。彼はいったん、子供たちの幸せを願ってマーヤーとの結婚を決める。だが、その幸せは金銭的な幸せであった。子供たちが心から願う幸せは、ヴァイジャヤンティーと共にこれからも暮らすことであった。それに気付いたとき、ラーフルはマーヤーとの結婚を断り、ヴァイジャヤンティーと結婚することを決める。

 前半は、子供たちのドンチャン騒ぎやヴァイジャヤンティーの幼稚な行動などが物語をかき回しており、少し引いてしまうところもある。だが、中盤以降に感情の道筋がはっきりしてきて、引き込まれてくる。

 挿入歌はどれもシンプルで親しみやすく、映画と共に大ヒットした。不朽の名曲はないものの、「Ghoonghat Ki Aadh Se」、「Kaash Koi Ladka Mujhe Pyaar Karta」、「Yunhi Kat Jayega」、「Woh Meri Neend Mera Chain Mujhe」など、いい曲が多い。映画内での挿入の仕方も自然であった。

 割といろいろなコミュニティーが入り乱れていた映画でもあった。ラーフルはパンジャーブ人、ヴァイジャヤンティーはタミル人かつアイヤル・ブラーフマン、ビジュラーニーはスィンド人である。ヴァイジャヤンティーの父親が、娘がラーフルと結婚するのを拒否していたのは、相手がアイヤルではなかったからだ。つまり、カーストが結婚の障害になっていた。さらに、ミシュラーは「日本帰り」という設定であり、やたらとお辞儀をしたり、日本で学んだ「KAIZEN」をインドに中途半端に導入して失敗したり、怪しげな日本語をしゃべったりと無双状態であった。終盤には、我々日本人の目にはとても日本人には見えない日本人ツアー観光客が登場し、ラーフルを助ける。この時代、インド社会にはまだ日本に対して憧れがあったことが見て取れる。

 ちなみに、この映画ではアーミル・カーンとジューヒー・チャーウラーが唇と唇を触れ合わせるキスをしている。

 「Hum Hain Rahi Pyar Ke」は、騒々しく幼稚なスタートをするものの、笑いのみならず、アクションあり、ロマンスあり、ホロリとするシーンもあり、何より最後にはしっかりまとめ上げられている優れたマサーラー映画である。日本の要素が少なからず出て来るのも日本人には興味深い。必見の映画だ。