American Desi (USA)

4.0
American Desi
「American Desi」

 夕方からPVRアヌパム4へ、インドでは2002年9月27日に公開された「American Desi」という映画を観に行った。この映画は、僕が勝手に命名したヒングリッシュ映画の新作で、アメリカに住むNRI(在外インド人)が主人公のため、全編ほとんど英語、ところどころにヒンディー語が入る、という言語構成の映画だった。キャストやクルー、プロデューサーなどに顔なじみの人はいなかった。「Desi」とは俗語で「インド人」のことを指す。

 アメリカ合衆国ニュージャージー州。クリスはアメリカで生まれ育ち、バスケットやロックンロールの好きな普通のアメリカ人だった。唯一、両親がインド人であることを除けば。彼の本当の名前はクリシュナ・ゴーパール・レッディーだったが、彼はインドの文化を毛嫌いしており、自分の名前をクリスで通していたのだった。

  インド文化の塊である両親から逃げるため、クリスは州立工科大学で寮生活を始める。ところがルームメイトとなったのは不幸にも全員インド人。芸術家志望ながら親の命令で泣く泣く工学を勉強しているスィク教徒ジャグジート・スィン、厳格なムスリムであるサリーム・アリー・カーン、お調子者のヒンドゥー教徒であるアジャイ・パーンディヤの三人だった。部屋にはマサーラーとお香の匂いがたち込め、テレビからはヒンディー語映画がひっきりなしに流されていた。これでは実家にいたときと全く変わらない生活だ。クリスは三人を避け、自分だけの世界に閉じこもる。

  新入生パーティーでクリスはニーナという美しい女の子と出会う。クリスはニーナに話しかけるが、なんと彼女はインド人だった。ニーナは流暢なアメリカ英語を駆使したが、自分がインド人であることに誇りを持っていた。また、クリスはニーナを狙うキザなインド人ラーケーシュ・パテールに目を付けられることになる。

  そんな中、大学のインド人学生会でナヴァラートリーの祭りを企画することになる。音楽係にニーナが立候補したのを見てクリスとラーケーシュも手を上げる。そこで三人が共同して祭りの音楽を決定することになった。しかしクリスはヒンディー語映画の知識が全くなかった。クリスはインドに対する嫌悪の気持ちを秘めながらも、ニーナの気を引くために次第にインド世界に入り込んでいく。ルームメイトのインド人たちとも心を通わすようになる。

  ニーナにガルバー(スティックダンス)を個人指導してもらったりして、だんだんいい仲になってきたのだが、最終的なところでインドの伝統に捉われているニーナと、インドの文化からは何も学ぶことがないと思っているクリスの間ではそりが合わず、喧嘩別れしてしまう。クリスは結局考え直し、アジャイからガルバーを教えてもらう。

  ナヴァラートリーの祭りがやって来た。会場にはたくさんのインド人の他、外国人も多く詰め掛けていた。みんなでインド流に踊り、最後にガルバーの時間がやって来る。ガルバーは二列の輪になって互いに棒を打ち鳴らしてグルグル周り続ける踊りで、クリスはニーナと踊る機会が数回巡ってきた。ニーナはクリスのガルバーの腕が上がっていることに驚く。面白くないのはラーケーシュである。ラーケーシュはニーナを外に連れ出し、追いかけてきたクリスに急にパンチを喰らわす。そこへジャグジートらが救援に駆けつける。クリスはラーケーシュをノックアウトし、ニーナとも仲直りする。こうしてインディアン・ナイトは最高潮に達したのだった。

 前半はインド文化の特異性が、インド人なのにインド嫌いな主人公の視点から、自虐的なギャグと共に描かれる。ヒンドゥー教式の旅立ちの儀式、手で食事をとる習慣、時間を守らないインド的時間感覚などなど・・・。しかし後半を過ぎると、主人公の心にインド文化に対する理解と自覚が芽生え、それと同時に描写の仕方も次第にインドに対してポジティブになって来る。最後の祭りのシーンになると、「やっぱインドっていいなぁ~」と改めて思ってしまう。日本人の僕がそう思うんだから、他のインド人観客はきっとさらにインド人であることに誇りを持ったのではないだろうか?特にPVRの観客は金持ちインド人ばかりだ。この映画を観て心当たりがあったのではないだろうか?インド人にアイデンティティーを自然と見直させる巧妙さのある映画だった。

 インド人はインド文化に対してあまり興味がないのに、その周りの外国人はインド文化にやたらに興味を示し、うらやましがるという構図が映画中に登場し、こちらは僕自身に心当たりがあった。しまった、今日はクルター・パージャーマーを着て来てしまった。映画館を出るときにインド人から、「こいつもインド好きな外国人だな」と思われたかもしれない。

 言語は正真正銘のアメリカ英語。インド英語を聞き慣れてしまっているので、最初の内はアメリカ英語特有のレロレロと流れていく発音が頭に入ってこなかった。ただ、クリスのルームメイトたちはきれいなインド英語を話してくれたので、聴き取りやすかった。また、インド人の登場人物が時々ヒンディー語を話すのだが、それが逆になんだか英語訛りしていたくらいだ。もしかしたら俳優陣のインド人はほとんど本当のNRIかもしれない。

 基本的にギャグ映画だったので、ほぼ満席の会場は爆笑の渦に巻き込まれていた。やはりインド人はアメリカ英語でも十分聴き取ることができるようだ。英語のギャグで笑うこともインドではステータスのひとつだ。

 どういう目的で作られたのかは知らないが、特に英語を解する上流階級インド人向けのハイソなコメディー映画という感じがした。既にNRIの多いイギリスやアメリカでは上映されたらしい。この映画がインド中でヒットすることはまず有り得ないが、都市部を中心に一定の成功は収めそうだ。そういえば先行ヒングリッシュ映画である「Bend It Like Beckham」(2002年/12週)や「Everybody Says I’m Fine!」(2002年/10週)は未だにPVRで上映され続けている。やはりデリーともなると、インド人が作った英語の映画を楽しめる能力と金銭的余裕のある人が多いのだろう。そしてインドでもこの種の映画がある程度の収入を見込めることが証明されつつある。この傾向が続けば、さらに良質のヒングリッシュ映画が今後増加すると思われる。