
2022年7月15日公開の「Ladki: Enter the Girl Dragon」は、「インド初の格闘技映画」を銘打ったアクション映画だ。ただ、インドにも「格闘技映画」は過去にいくつかあった。たとえばタイガー・シュロフ主演「Baaghi」(2016年)は正真正銘の格闘技映画であったし、その前にはアクシャイ・クマール主演のクンフー映画「Chandni Chowk to China」(2009年/邦題:チャンドニー・チョウク・トゥ・チャイナ)があった。「Ladki」がユニークなのは女性格闘家を主人公にしていることだが、「格闘技」を広く取れば、女性ボクサーを主人公にしたプリヤンカー・チョープラー主演「Mary Kom」(2014年)があった。「Ladki」は、ブルース・リー(李小龍)を信奉し、彼の創設した截拳道の使い手である女性を主人公にしている点で唯一無二の映画となる。「Ladki」とは「少女」「女性」という意味である。もちろん、「Enter the Dragon」とは、リーの代表作「燃えよドラゴン」(1973年)の英題だ。
「Ladki」の題名にはいくつか種類があり、一定しない。本ウェブサイトでは本編に表示される「Ladki: Enter the Girl Dragon」を優先したが、上のポスターでは単に「Ladki: Dragon Girl」となっている。この映画は印中合作映画であり、ヒンディー語オリジナル版に加えて、テルグ語、タミル語、カンナダ語、マラヤーラム語の吹替版が公開された他、中国でも中国語版が大々的に公開されるという報道がなされていたのだが、実際に公開されたのかは不明である。中国語の題名は「龙女孩」になっている。
監督は、かつてヒンディー語映画界で風雲児として大暴れしたラーム・ゴーパール・ヴァルマー。ベテラン監督であり、ヒット作も多いが、問題作も同じくらい多いという、文字通り風雲児である。「インドのクエンティン・タランティーノ」とも呼ばれてきた彼が、還暦を迎える前後にカンフー映画を撮ったという事実は興味深い。
主演は新人のプージャー・バーレーカル。全く無名の人物であるが、実際に截拳道の格闘家であるそうで、モデルでもある。女優が役作りのために截拳道を習得したのとは訳が違う。「Ladki」は完全に彼女という存在があったから成立している映画である。確かにその身のこなしは一朝一夕に身に付けたものではない。身体も柔軟で、180度開脚を難なくこなす。しかもモデルとして見事な美貌とプロポーションを持っている。はっきりいって巨乳である。やたらと彼女が走るシーンが多いが、そういうシーンになると急にスローモーションになって、彼女の豊満な胸がたっぷたっぷと揺れるのを堪能できる。端的にいえば、「Ladki」は、巨乳の美人格闘家が水着などの露出度の高い服装をして格闘をしたり走り回ったりする姿を男性視線(Male Gaze)でなめ回す、男性大衆客に狙いを定めた映画である。その破壊力たるや絶大である。ヴァルマー監督はとんでもない逸材を発掘し、とんでもない映画を世に送り出してしまった。
他に、プラティーク・パルマール、アビマンニュ・スィン、ラージパール・ヤーダヴなどが出演している。また、中国人俳優として、「第2のブルース・リー」を自称し、「復活 ドラゴン怒りの鉄拳」(2002年)などに出演していた格闘家、石天龍と、「もっとも美しいヨーガ講師」と呼ばれ、「Kung Fu Yoga」(2017年/邦題:カンフー・ヨガ)にも出演していたム・チミヤが出演している。
舞台はムンバイー。姉がチンピラに凌辱され自殺したことをきっかけに截拳道を学び始め、今ではマスター(石天龍)が教えるドラゴン・スクールの実力者になったプージャー(プージャー・バーレーカル)は、写真家のニール(プラティーク・パルマール)と出会い、恋仲になる。ニールはプージャーを、ブルース・リー・ファンの聖地である順徳に連れて行く。
ところで、悪徳ビルダーのBM(アビマンニュ・スィン)は開発のためドラゴン・スクールの土地を買い上げようとしており、部下のスワーミー(ラージパール・ヤーダヴ)を送り込む。だが、マスターは土地の売却を拒否する。BMはマスターを暗殺し、無理やりその土地を手に入れる。マスターから、もしものことがあった場合は遺志を継いでドラゴン・スクールを続けてほしいと頼まれていたプージャーは、ニールの反対を押し切って巨悪と戦うことを決意する。
プージャーはスワーミーを捕まえて彼から黒幕を聞き出す。そして兄弟弟子のチェンと共にBMのアジトに乗り込む。プージャーとチェンによってBMの部下たちは打ちのめされ、BMの右腕カーリーは逃げ出す。BMは反撃に出て、まずはプージャーを捕らえようとするが失敗する。そこで今度はニールを拉致し、プージャーを誘き寄せる。プージャーは単身BMの待つ工場に突入する。ニールを人質に取られていたため身動きができなかったが、ニールが隙を見て暴れたのをきっかけにプージャーも反撃を開始する。戦いの中でニールは殺されてしまうが、プージャーはBMの部下たちを倒し、BMも殺す。
「Chandni Chowk to China」はカンフーとインド料理を融合させた映画であった。「Kung Fu Yoga」はカンフーとヨガを融合させた映画であった。だが、ラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督はこの「Ladki」において、カンフーとダンスとエロを融合させるという荒技をやってのけた。こんなエロティックなカンフー映画は初めて観たと思えるほどだ。
カンフーとダンスとエロに集中するために、それ以外の要素は極度に単純化されている。まるで奨学生が描いた漫画のように単純な筋書きである。面白かったのは、一騎当千の女性格闘家が主人公ということもあって、ヒーローとヒロインの役割がひっくり返っている点だ。通常ならば、敵役にヒロインが誘拐され、ヒーローが助けに行くところだが、最強の女性格闘家が主人公のこの映画では、男性が誘拐され女性が助けに行く。
ただ、女性を弱者と見下す男性視線は健在であり、主人公プージャーは常に男性たちから過小評価され続ける。プージャーはひたすら腕力によってその偏見を破壊して行く。ニールが人質に取られ、ピンチに陥った場面では、プージャーは悪役BMからストリップを要求される。男性主人公の映画で男性主人公が同様の状況に陥ってもそういう要求はされないはずで、ここでも女性の身体、名誉、恥じらいを凌辱する男性視線が感じられるが、もちろんプージャーは全ての衣服を脱衣することなく、隙を見て反撃に出る。ただ単にプージャーの服が切り刻まれてセクシーさが増しただけであった。
基本的にプージャーは常に露出度の高い服を着ている。無闇に水着にもなっている。だが、一時的に彼女がインドの伝統衣装サーリーを着て戦う場面もある。サーリー姿にヌンチャク。これも狙い澄まされた画である。サーリーは決して戦いに向いた服装ではないと思うが、それでもプージャーは何のそので敵を蹴散らしていた。蹴り上げたときに露になる太ももがまた何ともいやらしかった。
プージャーとニールが中国の順徳に行くシーンがあるが、実際に中国でロケが行われている。順徳はブルース・リーの父親リー・フラントン(李海泉)の生まれ故郷とされており、ブルース・リー・パラダイス(李小龍楽園)というテーマパークがある。ここにはブルース・リーの巨大な像が建っており、映画の中でもフル活用されていた。
順徳では、プージャーがム・チミヤと水上ステージで女性同士の一騎打ちを繰り広げるシーンもある。中国人相手にプージャーは一歩も引けを取っていない。そういえばこの映画で女性対決はこのシーンだけだった。おそらくインドでプージャーほど格闘技のできる女性を見つけられなかったのだろう。そういえばインド人女性と中国人女性が格闘技を駆使して戦うシーンはインド映画史上初かつ唯一かもしれない。「Ladki」の後、「Tiger 3」(2023年/邦題:タイガー 裏切りのスパイ)でカトリーナ・カイフがトルコのハマーム(浴場)で中国人女性と戦うシーンがあるが、それを演じたミッシェル・リーは中国系米国人であった。
プージャーが截拳道を習い始めたきっかけは姉のレイプと自殺がきっかけだった。これは2012年のデリー集団強姦事件を思わせるものだ。この事件をきっかけに「恐れ知らず」の女性がもてはやされるようになり、ヒンディー語映画界にも強く自立した女性が主人公の映画が増えたが、この「Ladki」はその端的な例だといえる。悪役のBMは気に入った女性モデルを誘拐・監禁して性欲のはけ口にし、ポイ捨てにする「女性の敵」でもあった。
「Ladki: Enter the Dragon Girl」は、截拳道の使い手であるインド人女性格闘家がほとんど単身で巨悪に立ち向かうユニークなアクション映画である。主役に抜擢されたプージャー・バーレーカルが本物の截拳道の使い手ということもあって、アクションはリアルだ。しかもモデルをしているだけあって容姿端麗だ。カメラは彼女のセクシーな肢体をなめ回す。女性に対する偏見や暴力を糾弾する内容の映画であるはずだが、カメラアングルは完全に男性による視姦目線であり、大きな矛盾も感じる。プロットも単純であり、特に深みはない。だが、ラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督はあえて単純な筋書きにして、類い稀な存在であるプージャーを前面に押し出して映画を作り出したのだといえる。B級映画を出ない出来ではあるが、将来的に「知る人ぞ知る」のカルト的な人気を呼ぶ可能性を秘めた怪作である。