Sur: The Melody of Life

3.5
Sur: The Melody of Life
「Sur: Melody of Life」

 最近以前にも増して映画を観に行っている。ヒンディー語映画を大方理解できるくらいの語学力が身に付き、存分に楽しめるようになったのも理由のひとつだが、最近良作っぽい雰囲気の映画が続々とリリースされているため、一時もインド映画から目が離せない状態になっているのが大きい。今日は雨の中PVRアヌパム4へ「Sur: The Melody of Life」という映画を観に行った。本日(2002年9月13日)から封切られた新作で、主演はラッキー・アリーとガウリー・カルニク。ラッキー・アリーは俳優としては新人だが、もともと名の売れた歌手である。ガウリー・カルニクもミス・インディア出身のテレビ女優で、映画出演は初めてのようだ。監督はタヌジャー・チャンドラー。

 ヴィクラマーディティヤ・スィン(ラッキー・アリー)はCDを何枚もヒットさせている有名な音楽家で、ウーティーに「SUR」という音楽学校を開いていた。彼は旅行中にたまたま立ち寄った教会で聖歌を歌っていた少女ティナ(ガウリー・カルニク)を見て、自分の学校へ入学させる。「君は私のようなスーパースターになれる!」と彼女を励まして。

  ティナの才能はヴィクラムの見抜いた通りだった。彼女は楽譜も読めないくらい音楽の基礎知識がなかったが、天才的なスピードで演奏・作詞作曲・歌唱力を上達させた。彼女の作り出す音楽は一度聞くと頭に残るような印象的で斬新なものだった。しかも彼女は自分で音楽を作り出すだけでなく、周りにいる人にも音楽を沸き起こさせる天性の才能を持っていた。いつしか彼女の心には、ヴィクラムに対する尊敬の他に新たな感情が芽生え始めていた。ところが一方で、ヴィクラムはティナの自分を凌駕する才能に嫉妬しはじめ、スランプに陥って酒を飲み始める。

  レコード会社の人々もティナの才能を認め、ヴィクラムの次のCDにティナも一緒に歌わせることにする。しかし、レコーディングのときにヴィクラムが歌いだしたのは、ティナの作った歌だった。彼は彼女の歌を盗作したのだった。ティナはヴィクラムの背信行為にショックを受け、学校を飛び出す。

  ティナを失ったヴィクラムはさらに荒れ狂う。しかしやがて自分がティナの才能を破壊してしまったことに気付く。そして何より重要だったのは、ティナがヴィクラムに対して抱いていた愛情だった。彼はその感情までも壊してしまったのだ。

  ヴィクラムはティナを連れ戻すために実家を訪れる。しかしティナはそこにいなかった。彼女は音楽を捨て、修道女になってしまっていたのだ。ヴィクラムはティナに、もう一度学校へ戻り、歌を歌うように頼む。しかしティナはなかなか承諾しない。

  そのとき突然ヴィクラムはコンサートを行うことを決める。そしてヴィクラムは自分がしたことをティナに謝り、彼女の才能に嫉妬していたことを打ち明け、一緒にステージに立って歌うように頼む。ティナもヴィクラムのしたことを許し、もう一度歌うことに決める。

  コンサート当日になった。実はヴィクラマーディティヤ・スィンがコンサートで歌うのは初めてのことだった。そのため、多くの観客が会場に詰め掛けた。しかしその場にヴィクラムは現れなかった。仕方なくティナは1人で歌うことになった。ティナは鎖から解き放たれたように素晴らしい歌唱力と演奏力を披露し、観客の拍手喝采を浴びる。新たなスーパースターの誕生だった。そしてそのときヴィクラムはラジオで彼女の歌を聴いていたのだった。

  ティナはヴィクラムのために歌を歌っていたのだった。しかしヴィクラムは彼女に言った。「これからは1人で歌っていくんだ。」ティナはヴィクラムの元を巣立って行った。そして今日もヴィクラムは新たな音楽家の原石を磨き続けている・・・。

 音楽が題材のミュージカル映画なので、音楽の出来は映画の全てを決定すると言っても過言ではない。その点でこの映画は大成功を収めていると言っていい。「Sur」の音楽はどれも素晴らしい。既に予告編を見た時点でこの映画の音楽に一耳惚れしてしまい、CDを大分前に買って最近よく聴いている。ティナが作ったがヴィクラムが盗作したという曰くつきの名曲「Aa Bhi Ja」、アコースティック・ギターとヴァイオリンのコンビネーションが美しい「Jaane Kya Dhoondta Hai」、ティナが才能を開花させた「Dil Mein Jaagi Dhadkan Aise」、最後のコンサートでティーナーが歌う「Kabhi Sham Dhale」など、全くと言っていいほど死角がなかった。音楽監督はMMカリームである。

 主人公のヴィクラムを演じたラッキー・アリーは、当然のことながら歌も歌っている。彼の顔はボビー・デーオールに似た武骨な顔で、声は「にこにこぷん」のポロリに似ている。下手に二枚目俳優に演じさせるより、やはり本物の歌手に演じさせた方が味が出るに決まってる。この配役も見事だった。

 そういえば、先日見た映画「Chhal」(2002年)にも歌手から俳優へ転向したKKメーナンが出ていた。最近の流行なのだろうか、プレイバックシンガーが映画俳優になるというのは・・・。

 ヒロインのティナを演じたガウリー・カルニクは知念里奈にそっくり。表情豊かで、天性の歌の才能を持った無邪気な少女を全身を使って演じていた。この娘にも好印象を持った。既にテレビドラマで顔は知られていると思われるので、これからの成長に期待がもてる。ただ残念ながら、女性のパートはプレイバックシンガーが歌っていた。ヒロインも自分で歌っていればすごいことだったのだが。大昔のインド映画は俳優が歌も自分で歌っていたらしい。

 ストーリーは少しありきたりで一面的だったかもしれない。全くインド特有の文化に根ざしたものが見受けられず、そのまま場所をアメリカにし、俳優をアメリカ人にし、言語を英語にすれば、一瞬にして一般的なハリウッド映画になってしまう。インド映画の製作者には、インドとしてのプライドというか、少しでもインド特有の文化、歴史、思想、社会などに基づいた映画を作ってもらいたいと思っている。そうでなかったらインド映画は逆にハリウッド映画に呑み込まれてしまう恐れがある。また、この映画のラストは少し不満が残った。ヴィクラムはみんなの前で、ティナの作った曲を盗作したことを公表すべきだったと思う。それでもけっこう泣ける映画だった。音楽の勝利だと思った。