
ボーマン・イーラーニーは、「3 Idiots」(2009年/邦題:きっと、うまくいく)のヴィールー・サハスラブッデー学長を演じた俳優といえば、同作品を観た人なら誰でも思い当たるだろう。ボーマンは元々写真家だったが、「Munna Bhai M.B.B.S.」(2003年)などでの癖のある演技が人気を呼び、脇役俳優として売れっ子になった。2025年2月7日からAmazon Primeで配信開始された「The Mehta Boys」は、ボーマンが初めて監督した作品である。日本のAmazon Primeでも日本語字幕付きで配信されており、邦題は「メータ・ボーイズ ~父と息子の48時間~」になっている。
ボーマン・イーラーニー自身が主演も務めており、他には「Sikandar Ka Muqaddar」(2024年)のアヴィナーシュ・ティワーリーや「Dear Maya」(2017年)のシュレーヤー・チャウダリーがメインキャストである。他に、プージャー・サループ、スィッダールタ・バス、ハルシュ・A・スィン、モルリー・パテールなどが出演している。
ムンバイー在住で建築会社に勤める建築士アマイ・メヘター(アヴィナーシュ・ティワーリー)は、サウミク・セーン社長(スィッダールタ・バス)から才能を買われていたものの、先輩建築士サム・マキージャー(ハルシュ・A・スィン)の前でなかなか自分を出せずにいた。アマイは同僚のザラ・ゴンザルヴェス(シュレーヤー・チャウダリー)と付き合っていた。
ある日、グジャラート州ナヴサーリーにある実家から母親のシヴァーニー(モルリー・パテール)が急死したとの連絡が入る。アマイは故郷に直行する。実家には米国在住の姉アヌ(プージャー・サループ)も駆けつけていた。後に残された父親のシヴ(ボーマン・イーラーニー)は意気消沈していた。アヌは父親を米国に連れて行こうとする。頑固な父親だったが、生前に母親と約束したこともあって、アヌと共に米国へ移住することに同意する。アマイは仕事があったため一足早くムンバイーに戻っていた。
アヌとシヴはムンバイー経由で米国に渡る予定だったが、ムンバイーからの便のチケットが取れず、急遽アヌだけ米国へ行くことになる。アマイは空港までシヴを迎えに行く。シヴの飛行機は2日後だった。こうしてシヴは2日間だけアマイの家に厄介になることになる。
アマイとシヴは不仲であったが、一緒に過ごす内に分かり合える瞬間もあった。アマイはザラを父親に紹介する。ところがシヴはパスポートの入ったカバンをレストランでなくしてしまい、飛行機に乗れなくなってしまう。シヴはパスポート再発行までもう少しアマイの家に滞在することになった。ところがシヴはパスポートの住所をムンバイーのものにするのを拒否し出す。ナヴサーリーの住所にするには故郷に戻って手続きをしなければならなかった。シヴの妙なこだわりがアマイを怒らせ、やはりアマイとシヴはケンカをしてしまう。一人になったシヴは交通事故に遭って怪我を負う。翌日シヴは一人でナヴサーリーに帰る。
アマイにとっては重要なプレゼンがあった。やはりマキージャーのプレゼンに対抗しようとしなかったが、アマイは考え直し、モダンな建築ではなくインドの建築から意匠を取ったデザインを考案する。また、レストランで紛失したカバンやパスポートも出て来た。その後、アマイはナヴサーリーに帰り、父親にカバンとパスポートを渡す。シヴはムンバイー経由で米国へ渡る。
題名に「The Mehta Boys」とあるが、これはメヘター家の父子を指すと解釈していいだろう。父親のシヴは元タイプライター教師で、引退した後は近所の子供たちにクリケットを教えて余生を過ごしていた。シヴの住む家は先祖代々のもので、71年に渡って住んでおり、とても愛着を持っていた。だが、妻の死をきっかけに、娘アヌの住む米国へ移住することを決断する。一方、その息子アマイはムンバイーで建築士をしていた。アマイがムンバイーに移住したひとつの理由は父親との確執だったことが予想される。二人の仲は終始ギクシャクしていた。だが、アマイは建築士として伸び悩んでおり、自分の作品に自信を持てていなかった。
アマイの姉アヌはシヴとアマイの不仲をよく理解しており、妻に先立たれたシヴを引き取って米国で一緒に住もうとしていた。だが、米国行きの飛行機が満席だった関係で、シヴは少しの間アマイとムンバイーで過ごすことになる。「The Mehta Boys」は、そんな数日間に起こった父子の関係の変化を描いた作品である。
父子関係と並行して映画の重要なテーマになっていたのが新旧の対立である。アマイはコンピューターを使って仕事をしていた一方で、シヴはタイプライター教師として生計を立てた人物だった。アマイはシヴを「時代遅れ」扱いし、シヴはそれに気を悪くする。アマイのそんな態度は、ムンバイーの街と相似関係にあった。無機質な「鉄とガラスの街」と表現されていた。建築士としてのアマイは、ムンバイーのそんな建築に疑問を感じ、最終的にインド独自の建築に拠り所を見出す。それは、父親と過ごした時間から学び取ったことだった。古いものは無価値ではなく、逆に大きな価値を秘めている。母なる大地への回帰がもうひとつのテーマであり、軽い愛国主義映画でもあった。
また、「家」にも深い意味が持たされていた。シヴは生まれてから71年間住み慣れた故郷の家しか「家」と認めていなかった。パスポートからその家の住所がなくなることを嫌がり、ムンバイーでのパスポート再発行を拒否していたほとだった。彼にとって、その家を去って米国へ行くことは苦渋の決断であった。シヴは数日間、アマイの家に滞在することになる。アマイの家は屋上にあった。アマイは「見晴らしがいいから」と言うが、どうも理由は他にあった。インドでは屋上の部屋は直射日光が当たって暑くなるため家賃が安い。アマイは節約するためにその家に住んでいるようであった。決して裕福な生活は送っていなかった。しかも大雨が降った影響で天井が崩落してしまう。シヴは「この家が家か?」と問う。シヴはアマイのムンバイー移住を喜んでいなかった。もしムンバイーに住むならいい生活をするべきだと考えていたが、彼の見たアマイの生活は想像から外れていた。それならば故郷に戻って一緒に住めばいい。少なくとも母親の死に目には合えただろう。そんな当てこすりが彼のセリフに込められていた。
途中までの展開を見て、アマイがシヴの米国行きを止め一緒に住むことを決める結末を予想していたが、そうならなかった。パスポート紛失のためいったんはシヴの米国行きは頓挫するが、パスポートが発見されたことで障害がなくなった。シヴはそのまま米国行きの飛行機に乗り込む。だが、シヴもアマイも何か言いたそうだった。おそらくその何か言いたそうな表情にボーマン・イーラーニー監督はこの映画の全てを詰め込んだのだと思う。確かに父子の仲というのはそういうものだ。決して愛情を言葉に表さないし、行動でも示さない。だが、似た者同士の父子であるので、ふとした瞬間に回路が通じることがある。アマイとシヴがベランダで酒を飲み交わすシーンもそんな瞬間であったが、空港での最後の別れにそれがもっとも映画的に表現されていたといえる。デビュー監督であるイーラーニーの手腕をそこに見ることができた。
「The Mehta Boys」は、曲者俳優ボーマン・イーラーニーの監督デビュー作だ。父子の複雑な関係に焦点を当てた人間ドラマであり、決して派手さはないが、心に響くものがあった。彼が自ら主演を務め、見事な演技を見せていることも特筆すべきである。観て損はない映画だ。