ヒンディー語映画界が好んで取り上げて来ている題材にダーウード・イブラーヒームがある。ダーウードは1980年代から90年代に掛けてムンバイーの裏社会を支配したマフィア「Dカンパニー」のドンであり、1993年のムンバイー同時爆破テロの首謀者とされている。現在の居所は不明だが、パーキスターンのカラーチーにいると言われている。ダーウードは不動産やハワーラー(闇送金)を牛耳る他、映画界やクリケット界にも関わっており、女優がマフィアの愛人だったり、クリケット賭博にマフィアが関わっていたりするプロットのあるヒンディー語映画のほとんどは、ダーウードを題材としている。「Company」(2002年)、「Black Friday」(2004年)、「D」(2005年)、「Jannat」(2007年)、「Once Upon A Time in Mumbaai」(2010年)など、何らかの形でダーウードを取り上げている映画は数多く存在する。
2013年8月15日公開の「Once Upon Ay Time in Mumbai Dobaara!」は、ダーウード映画のひとつ「Once Upon A Time in Mumbaai」の続編である。前作ではむしろ、ダーウード台頭前にムンバイーを牛耳っていたマフィア、ハージー・マスターンの生涯を題材にしていた。前作の主人公スルターン・ミルザーがハージー・マスターンである。スルターン・ミルザーは最後で右腕のショエーブ・カーンに殺されるが、このショエーブこそがダーウード・イブラーヒームであり、「Once Upon Ay Time in Mumbai Dobaara!」の主人公となる。
監督は前作と同じミラン・ルトリヤー。だが、キャストは大幅に変更されている。前作でショエーブを演じたのはイムラーン・ハーシュミーだったが、本作ではアクシャイ・クマールが演じる。また、ショエーブの恋人ムムターズは、前作ではプラーチー・デーサーイーが演じたが、本作ではソーナーリー・ベーンドレーが演じている。その他、イムラーン・カーン、ソーナークシー・スィナー、マヘーシュ・マーンジュレーカル、サルファラーズ・カーン、アビマンニュ・スィン、ピトーバーシュ・トリパーティー、チェータン・ハンスラージ、ソフィー・チョウドリーなど。ミラン・ルトリヤー監督は「The Dirty Picture」(2012年)の監督でもあり、そのつながりからか、ヴィディヤー・バーランがカメオ出演している。また、前作でスルターン・ミルザーを演じたアジャイ・デーヴガンも少しだけ姿が見える。音楽はプリータム、アヌパム・アモード、ラクシュミーカーント・ピャーレーラール、作詞はラジャト・アローラー。題名の綴りが一部変だが、これは誤植ではない。インド映画界では数秘術を信じるフィルムメーカーが多く、縁起の良いスペリングをタイトルにする習慣がある。この題名も数秘術に従ったものだ。
前作から12年後。ショエーブ(アクシャイ・クマール)は中東のある都市から遠隔操作でムンバイーの裏社会を支配していた。あるときショエーブはムンバイーのドンたちを呼び寄せ、今後はムンバイー全土を自分が手中に収めると宣言する。それに反対したのがラーワル(マヘーシュ・マーンジュレーカル)だった。ラーワルは会議に姿を現さなかったばかりか、ショエーブを爆殺しようと試みる。ところがそれは失敗し、一転してショエーブから命を狙われる身となった。ショエーブは久々にムンバイーに上陸する。 ラーワルは姿をくらましていた。ショエーブは、子飼いの構成員アスラム(イムラーン・カーン)とデール・ターング(ピトーバーシュ・トリパーティー)にラーワル捜索を命じる。その結果、ラーワルが愛人と共に隠れている場所が判明し、アスラムとジミー(チェータン・ハンスラージ)が急襲する。しかし、ジミーの不手際によりラーワルに逃げられてしまう。ジミーはその失敗の責任を取らされ、ショエーブに殺される。 ところで、ショエーブはジャスミン・シェーク(ソーナークシー・スィナー)という女優の卵に熱を上げていた。まだ映画に出演していない彼女に無理矢理新人賞を与えたり、彼女の主演映画をアレンジしたりして彼女の心を勝ち取ろうとしていた。ジャスミンはムンバイーに来たばかりだったため、ショエーブがマフィアのドンであることを知らず、親しげに接していた。だが、ジャスミンはアスラムと会っており、二人の間で恋が芽生えていた。ジャスミンはアスラムのことを仕立屋だと思っていた。 ショエーブは遂にジャスミンに愛の告白をするが、ジャスミンにはその気はなかった。また、ジャスミンはショエーブの正体を知り、恐怖を感じるようになる。同時期にアスラムからも愛の告白を受けるが、彼に危害が及ぶのを恐れ、それを拒否する。また、ちょうどその頃ラーワルはショエーブとジャスミンの関係を知り、ジャスミン暗殺に乗り出す。 アスラムは、ショエーブの意中の人がジャスミンだと知り、自分はこの恋から身を引くことを決意する。ショエーブのためにジャスミンを迎えに行くが、そのときラーワルから狙撃され、ジャスミンは負傷する。一命は取り留めたものの、出血多量で意識不明となった。ショエーブはラーワルに引導を渡すため、作戦を思い付く。それは、ジャスミンを巡って彼とアスラムの間に確執が生まれたと噂を流し、ラーワルがアスラムに連絡を取るのを待つという段取りだった。正しくそれは現実の関係であったが、ショエーブはまだアスラムの気持ちに気付いていなかった。 果たして作戦はうまく行き、狙い通りアスラムの元にラーワルから連絡が入る。アスラムはショエーブの居所を教える。ラーワルはそれに従って奇襲を仕掛けるが、ショエーブに返り討ちにされ息絶える。ところがその帰りにショエーブはアスラムがジャスミンを愛していることを知ってしまう。一方、病院ではジャスミンが意識を取り戻していた。アスラムはジャスミンから事情を聞き、一緒に逃げ出すことを決める。デール・ターングの助けもあり、その場は逃亡に成功するが、デール・ターングは殺されてしまう。 ショエーブがラーワルを殺したことは警察にも知れていた。アーシーシュ・サーワント警部補(アビマンニュ・スィン)は空港、駅、道路を封鎖し、ショエーブ包囲網を敷く。その中でアスラムはショエーブを地元ドーングリーに呼び出す。ショエーブは部下の制止を振り切ってドーングリーに向かい、ジャスミンの前でアスラムと対峙する。アスラムはショエーブに反撃しようとしなかったため、ショエーブの一方的な戦いとなったが、そこへサーワント警部補が駆け付け、発砲する。まずはアスラムが銃弾を受け、次にショエーブとサーワントが相撃ちとなる。アスラムはジャスミンに抱き寄せられ、ショエーブは部下に連れられ、瀕死の状態のまま海外に逃亡する。
ストーリーでは前作「Once Upon A Time in Mumbaai」から繋がりがあったが、ジャンルは同じではない。前作は完全なギャング映画で、多少のロマンスが織り交ぜられていた感じだったが、本作はギャングたちのロマンス映画と言ったところである。それほどロマンスの要素が強い映画だった。よって、前作の雰囲気を期待して本作を観るとガッカリする恐れがある。また、強大な権力を持ったマフィアのドンが、一人の小娘にここまで熱を上げるというのも、簡単には咀嚼できない。ただ、ダーウードは「Ram Teri Ganga Maili」(1985年)などで知られる女優マーンダーキニーとの熱愛が噂されていた時期があり、女優との関係は必ずしもフィクションとは言い切れない。
ロマンス映画と前提してこの映画を観ると、典型的な三角関係の恋愛ではあることが分かる。しかしながら、ショエーブとアスラムの関係に上下があったために、多少の捻りはあった。しかもアスラムはボスのために自分の愛を犠牲にしようとしていた。普通に事を進めれば、ショエーブはジャスミンを手に入れることができたはずだった。しかし、力尽くでジャスミンを我が物にしようとしたためにアスラムの離反を招き、ジャスミンの心は完全に彼から離れてしまった。劇中でショエーブは悪役的な立ち位置にいるが、ロマンス映画的には主人公はやはりショエーブになるだろう。権力によって愛を勝ち取ろうとした男の哀れな末路がこの映画の本質だ。
ショエーブの哀れさを強調していたのが、ジャスミンが最後に彼に放った台詞である。「自分を支持する人々に囲まれていながら、あなたは孤独!」、「あなたのような弱い人間は見たことがない!」恐怖によりムンバイーを支配するショエーブの孤独さを暴露するものであった。既に銃弾を受けて瀕死の状態にあったショエーブだったが、銃弾よりも彼女のこの言葉が突き刺さる形で放心状態となってしまう。そして賞賛すべきはジャスミンを演じたソーナークシー・スィナーだ。この見せ場を堂々と演じ切った。2010年に「Dabangg」でデビューして以来、多くのヒット作に出演して来たソーナークシーだが、僕は彼女の演技やスター性を認めて来なかった。しかし、2013年に彼女のキャリアに大きな進展があり、特に「Lootera」(2013年)とこの映画での彼女の演技は絶賛せざるを得ない。演技だけでなく、スターとしてのオーラも感じられるようになった。ヒット作の数では2013年はディーピカー・パードゥコーンに敵わないかもしれないが、女優としての成長という観点ではソーナークシーが一番だ。今一番急上昇している女優であろう。
また、前作「Once Upon A Time in Mumbaai」は音楽がとても良かった。「Pee Loon」や「Tum Jo Aaye」など、名曲揃いだ。本作では、前作を意識した曲作りが行われていたように感じたが、残念ながら前作のレベルには到達できていなかった。唯一、ショエーブの気持ちを代弁した「Yeh Tune Kya Kiya」は力強いラブソングだった。
「Once Upon Ay Time in Mumbai Dobaara!」は、意外にも前作とは打って変わってロマンスに主眼が置かれた映画だった。興行的にはフロップに終わったようだが、ロマンス映画として悪い作品ではない。ヒロインのソーナークシー・スィナーの成長が一番の見所であろう。また、劇中ではショエーブもアスラムも死んでおらず、第3作の可能性は十分にある。アスラムはおそらく、ダーウード・イブラーヒームのかつての右腕で現在はライバルのチョーター・ラージャンがモデルになっているはずで、第3作があるならば、この二人の抗争となるだろう。