Visfot

4.0
Visfot
「Visfot」

 2024年9月6日からJioCinemaで配信開始された「Visfot(爆発)」は、「Shootout at Lokhandwala」(2007年)や「Shootout at Wadala」(2013年)をヒットさせたサンジャイ・グプターがプロデュースしたスリラー映画である。グプターはこれまで韓国映画や日本映画などを翻案してきたが、この作品はなんとベネズエラ映画「Rock, Paper, Scissors」(2012年)のリメイクである。

 監督はクーキー・グラーティー。ミュージックビデオ監督から身を立てた人物で、これまで「Prince」(2010年)や「The Big Bull」(2021年)などを撮ってきた。主演はファルディーン・カーンとリテーシュ・デーシュムク。ファルディーンは「Dulha Mil Gaya」(2010年)を最後に10年以上スクリーンから遠ざかっていたが、「Heeramandi」(2024年)でカムバックし、以後、精力的に俳優活動をしている。

 他に、プリヤー・バーパト、クリスタル・デスーザ、シーバー・チャッダー、スィーマー・ビシュワース、アヤーズ・カーン、アルジュン・アネージャー、ナチケート・プールンパトレー、ヴィヴァーン・パラーシャル、プールネーンドゥ・バッターチャーリヤ、サティヤジート・カダムなどが出演している。また、サナー・マクブールがアイテムナンバー「Kamili Naam」にアイテムガール出演している。

 ムンバイーのスラム街ドーングリーで生まれ育ったショエーブ・カーン(ファルディーン・カーン)は、かつて一帯を牛耳る女性マフィア、アシッド・ターイー(スィーマー・ビシュワース)の手下をしていたが、犯罪から足を洗い、オーストラリアに出稼ぎに出ていた。インドに戻ったショエーブは、認知症の母親ローシャン(シーバー・チャッダー)と共に暮らし、タクシー運転手として生計を立てていた。だが、かつての仲間マーンニャー(ナチケート・プールンパトレー)はショエーブを犯罪の道に引き込もうとしていた。

 あるときショエーブはマーンニャーから預かったジャケットをなくしてしまう。そのジャケットには200万ルピー分の麻薬が入っていた。ショエーブは、カフェで働く恋人ラッキー(クリスタル・デスーザ)と共に逃げ出そうとするが、彼女はなぜかパールトという少年を連れていた。

 パールトの両親は、パイロットのアーカーシュ・セーラール(リテーシュ・デーシュムク)とターラー(プリヤー・バーパト)だった。その日、アーカーシュはパールトを学校に送ってから空港へ出勤する予定だったが、途中でターラーがTV俳優ジャーヴェード・カーン(アルジュン・アネージャー)と一緒にいるところを見掛け、二人を尾行する。ターラーとジャーヴェードはホテルに入って行ってしまった。ショックを受けたアーカーシュはとりあえずホテルの傍にあったカフェに入り、パールトをラッキーに預けて、ターラーの不倫現場を取り押さえに向かったのだった。不倫を目撃されたターラーは開き直り、ジャーヴェードと結婚すると言い出す。アーカーシュはホテルの外に出てカフェに向かうが、そこにはラッキーとパールトの姿は見えなかった。

 ショエーブはラッキーとパールトを連れて自宅へ行く。ところがそこへターイーがやって来て、ラッキーに酸を掛けようとする。ショエーブはパールトを差し出し、彼の親に身代金を要求し埋め合わせをすると提案する。ターイーは2千万ルピーの身代金を求めた。

 アーカーシュとターラーは、停職中の警察官ワーグマレー(サティヤジート・カダム)に助けを求める。ワーグマレーは上司のフェルナンデスのところにこの話を持って行く。二人は警察の仕事とは別にこの誘拐事件を解決し、報酬を懐に入れようと考えた。ワーグマレーはアーカーシュに金を用意するように言い、誘拐犯の居所を捜査し始める。ラッキーの身元から、彼女の恋人ショエーブが浮上にするのに時間は掛からなかった。

 ショエーブは、マーンニャーの指示通り、アーカーシュをバーンドラー城塞に呼ぶ。アーカーシュは金の入ったバッグをショエーブに渡す。ショエーブとマーンニャーたちがバーンドラー城塞へ行っている間、ショエーブの家ではアルターフ(ヴィヴァーン・パラーシャル)が留守番をしていた。ところがアルターフは誤ってローシャンを殺してしまう。アルターフがうろたえている内にラッキーはパールトを連れて逃げ出す。

 ワーグマレーはショエーブの自宅に突入し、アルターフを殺す。だが、アルターフもフェルナンデスの部下に撃たれ、彼らは同士討ちの末に共倒れしてしまう。バーンドラー城塞では、母親の死を知ったショエーブがマーンニャーに発砲し、そこへフェルナンデス率いる警官の部隊が加わったため、激しい銃撃戦が起きた。この中でフェルナンデス以下警察官は全員死に、ターイーの部下たちも殺される。ショエーブは重傷を負い、無傷だったのはアーカーシュのみだった。

 ラッキーはパールトを連れてバーンドラー城塞にやって来る。ショエーブとターラーはパールトと再会する。また、ショエーブは救急車で病院に運ばれ、何とか一命を取り留める。ショエーブはターラーと離婚し、毎週末にパールトと会うことになった。

 近年、OTTリリースの作品は劇場公開しても集客に難がありそうな低品質の映画と相場が決まってしまっている。しかも、「Visfot」は長いブランクのあるファルディーン・カーンが主演の映画だ。そんなこともあって、あまり期待せずに見始めた。ところが、その低い期待を覆すようなスリル溢れる映画に仕上がっていた。

 主要キャラは、元マフィアで、現在はタクシー運転手をして生計を立てるショエーブと彼の恋人ラッキー、パイロットとして高給を稼ぎ、その給料以上の贅沢な暮らしをするアーカーシュと彼の妻ターラーだ。本来ならばこの2組のカップルは、同じムンバイーに住んでいながらも、全く交差することのない人生を送っていた。ところが、それぞれの身に起こった突発的な事件により二人の人生は絡みつき、お互いを大きなトラブルに巻き込み合うことになる。

 ショエーブは、アーカーシュの息子パールトを自宅に連れて来てしまうが、それは本意ではなかった。カフェ店員をしていたラッキーがアーカーシュからパールトを預かり、ショエーブによってカフェから連れ出された彼女がそのまま連れて来てしまったのだった。もちろん、すぐに両親の元に返そうとするが、ショエーブは泣く子も黙る女性マフィア、ターイーが扱う麻薬をなくしてしまっており、その代償として、パールトを使ってアーカーシュから身代金を引き出さなければならなくなる。しかもその額は2千万ルピーであった。一見、アーカーシュにはそのくらいの金を用意できる財力がありそうだった。だが、彼は妻や子供のために相当背伸びをしており、彼にとっても絶望的なほどの大金だった。しかも、彼は妻の不倫を知ったばかりで、精神的に非常に不安定だった。

 ここまで息を付かさぬスピーディーな展開が続き、見事としかいいようがない。ずっと全力で走り続けているような感じで、このペースがこのまま続いたら心臓が破裂するのではないかと思うほどだった。身代金を準備するフェーズに入ると進行は多少スローダウンし、ようやく整理して物事を考えられるようになる。だが、身代金受け渡しの段階に入ると再び全力疾走が始まり、クライマックスまで突っ走る。

 警察官の動きも面白かった。この誘拐事件を解決するために、停職中の警察官ワーグマレーと、その上司で現職の警察官フェルナンデスが動くことになる。だが、彼らは非公式に事件の捜査に当たっていた。なぜなら身代金を横取りしようとしていたからだ。こういう発想は、いかにもサンジャイ・グプターらしい。

 ただ、原作「Rock, Paper, Scissors」で既に完成された映画だった可能性もある。「Visfot」にどこまで追加要素があるかは原作と見比べてみないと分からないが、かなり忠実なリメイクかもしれないと感じさせるところもあった。原作の題名は、いわゆるジャンケンである。映画中にはアーカーシュとパールトがジャンケンをする場面があった。インド人もジャンケンをするのかと驚いたが、実際には原作にあったものをそのまま流用したものと思われる。こういう細かい部分までリメイクで再現しているならば、完全なリメイクだとしてもおかしくない。

 ジャンケンのルールを今更説明するまでもないが、グーはチョキに勝ち、チョキはパーに勝ち、パーはグーに勝つ。もしかしたら映画にもジャンケンの要素が織り込まれていたのではないかと思い、登場人物を「石」、「紙」、「ハサミ」に当てはめてみようと考えてみたが、どうもうまくいかない。深読みしすぎであろうか。

 とりあえずファルディーン・カーンはカムバック以降、ブランクを感じさせない迫真の演技を見せており、リハビリ状態を通り越している。むしろ、今までどうして映画に出なかったのか不思議なくらいだ。年齢を重ね渋みが出て来たのも功を奏している。今後の活躍にも期待したい。リテーシュ・デーシュムクも渋い俳優に成長しており好演していた。ちなみに、この二人はかつて「Heyy Babyy」(2007年)で共演したことがある。

 女優陣の中では、まずシーバー・チャッダーが良かった。認知症の母親役を、オーバーアクティングにならずに見事なバランスで演じ切っていた。さらに別格で異彩を放っていたのが、ターイーを演じたスィーマー・ビシュワースだ。おそらく、ダーウード・イブラーヒームの妹ハスィーナー・パールカルをイメージしていると思われるが、彼女は失禁するほど怖い女性マフィアを表現するのに成功していた。ラッキーを演じたクリスタル・デスーザは元TV女優で、「Chehre」(2021年)で映画デビューした。まだまだ駆け出しの女優だ。ターラーを演じたプリヤー・バーパトはマラーティー語映画女優であるが、「Munna Bhai M.B.B.S.」(2003年)などのヒンディー語映画にも出演した経験があるらしい。夫に不倫がばれても開き直る肝の据わった女性を堂々と演じた。

 「Visfot」は、ヒットメーカーのサンジャイ・グプターがプロデューサーを務めているものの、トップ集団からは脱落した俳優たちが主演のスリラー映画であり、しかもOTTリリースということもあって、期待度は低くなりがちだ。だが、それを覆すほど素晴らしい出来の映画だ。全体に渡って疾走感があり、極度のスリルと興奮を観る者に提供する。俳優たちの真摯な演技もそれに貢献している。必見の映画である。