昨今のヒンディー語映画のトレンドとして、ムンバイーやデリーなどの大都市ではなく、地方中小都市を舞台にし、大富豪の御曹司ではなく一般的な中産階級の若者を主人公にした、地に足の着いた映画作りが行われるようになり、多くは好ましい興行成績を上げている。本日(2012年4月13日)公開の「Bittoo Boss」は、パンジャーブ州アーナンドプルを主な舞台とした映画である。パンジャーブ州には実際にアーナンドプル・サーヒブという町があるが、特にランドマークになるようなものは登場せず、それとの関係は不明である。実在の町と架空の町の中間と考えていいだろう。主人公はそのアーナンドプルで結婚式のビデオ撮影を生業とする若者。「Band Baaja Baaraat」(2010年)と似たテーマであるが、もちろんオリジナルである。監督も新人で、キャストにもスターパワーはないが、予告編が魅力的だったので迷わず鑑賞することを決めた。
監督:スパヴィトラー・バーブル(新人)
制作:クマール・マンガト、アビシェーク・パータク
音楽:ラーガヴ・サーチャル
歌詞:クマール、ラヴ・ランジャン、アスィーム・アハマド・アッバースィー
出演:プルキト・サムラート(新人)、アミター・パータク、アショーク・パータクなど
備考:DTスター・プロミナード・ヴァサントクンジで鑑賞。
ビットゥー(プルキト・サムラート)はパンジャーブ州アーナンドプルで有名な結婚式ビデオグラファーで、彼が来ないと誰も結婚式を始めようとしないほどであった。とある結婚式でビットゥーはムリナーリニー(アミター・パータク)という女の子と出会い、一目惚れしてしまう。ビットゥーはムリナーリニーにアタックするようになり、やがて2人は友達となる。 ムリナーリニーはビットゥーの才能を認めていたが、このままアーナンドプルで結婚式のビデオを撮ってばかりでは将来は開けないことを理解しており、彼をチャンディーガルにあるTV局に連れて行く。ムリナーリニーは、そのTV局を取り仕切るアーディティヤと縁談の話があり、面識があった。しかしアーディティヤはビットゥーを全く相手にせず、二人の間で喧嘩が始まってしまう。ビットゥーはアーディティヤから罵詈雑言を浴びた上に、ムリナーリニーにもこのままでは何の未来もないことを諭され、ビットゥーは大金を儲けて見返すことを決める。 ビットゥーは上司ヴァルマーの甘言に載せられ、ハネムーンカップルの初夜を盗撮してブルーフィルムにして売り出すことにする。ビットゥーはアーディティヤの兄でゴロツキの男から金を借り、デリーへ行って機材を揃え、それを持ってシムラーまで行く。そのとき利用したタクシーの運転手がヴィッキー(アショーク・パータク)で、ビットゥーは彼を助手にして、ホテルにスパイカメラを仕掛ける。 最初はなかなかうまく行かなかったが、ようやくハネムーンらしきカップルがその部屋に宿泊する。早速ビットゥーとヴィッキーはカメラを通して観察するが、会話から彼らが親元から逃げ出して来た学生のカップルであることが分かる。しかも男子の方は女子を無理矢理を手込めにしようとしていた。我慢し切れなくなったビットゥーは部屋まで行って介入し、暴力行為を止めさせる。 ところが今度は女子の父親ディーパクがやって来てしまった。女子は勘当されそうになったが、ビットゥーは「撮影」だったことにし、何とか女子をかばう。父親は全てお見通しであったが、娘の反省とビットゥーの誠意を認め、娘を許すことにする。 次にやって来たのは正真正銘のハネムーンカップルであったが、男性の方がシャイで、なかなか事が進まなかった。2人の結婚にも問題があり、本当は男性の兄が結婚するはずだったのだが、逃げてしまったために弟が代わりに結婚することになったのだった。事情を知ったビットゥーはまたも介入し、2人の心を近付ける手伝いをする。ビットゥーの努力のおかげで2人の間のわだかまりは消えるが、ビットゥーは2人のプライベートな時間を盗撮することに疑問を感じ始め、撮影を止めてしまう。 ビットゥーがアーナンドプルを出てから1ヶ月が過ぎ去っていた。ビットゥーは久し振りにムリナーリニーに電話をする。すると翌日ムリナーリニーはシムラーまで飛んでやって来る。ビットゥーがハネムーンカップルの盗撮をしていたことを知ったムリナーリニーは失望して彼を見捨てる。ビットゥーも傷心のままアーナンドプルへ戻って来る。 ブルーフィルムを作れなかったことで借金を返せなくなり、ビットゥーのオフィスはゴロツキによって破壊され、ビデオカメラを奪われてしまう。しかもムリナーリニーとアーディティヤの婚約式の招待状が届いていた。しかし、ビットゥーは父親から援助を受け、その金でビデオカメラを取り戻し、しかもアーディティヤとゴロツキの兄弟の不和を上手に利用する。2人がブルーフィルムを売って儲けた金の振り込み先について話しているところを盗撮し、それを証拠にして警察に逮捕させる。また、ビットゥーはディーパクから大きな仕事のオファーをもらい、ムリナーリニーともよりを戻す。
またひとつ、低予算ながら優れた映画が生まれた。中小都市に住む中産階級を主人公にした映画は、現代のインド人庶民の多くが共通して抱く夢や感情、また共通して直面する問題をよくスクリーン上で体現できており、それが映画にいい効果を加えている。また、基本的にはロマンス映画ながら、どちらかというと最大の盛り上がりはロマンスとはほとんど関係ない中盤にあった。そこでは、純粋な主人公が悪の道に入りかけながらも改心して、より力強く道徳の道を進むところが描かれており、インド映画の良心が守られていた。ただ、まとめ方は急ぎ足過ぎた。そこがうまくまとめられていたら完璧な映画だったと言える。
主人公のビットゥーは、アーナンドプルという田舎町で有名なビデオグラファー。人々の幸せをビデオに収めることに長けており、ビットゥー自身もそれを誇りに思っていた。アーナンドプルの人々もビットゥーの才能を非常に高く買っていた。ところが、より裕福な家庭に生まれ育ったムリナーリニーは違うことを考えていた。彼女はビットゥーの才能を認めてはいたが、認めているからこそ、彼にはもっと上を目指して欲しかった。彼にもっと大きくなって欲しかった。そして、実際に彼にブレイクのチャンスを与えようとする。しかしながら、自身を売るには、まずは都市在住ビジネスマンの冷酷な視線に耐えなければならなかった。その視線はむしろ無視と表現した方が適切なほど冷酷なものであった。ムリナーリニーはそれに耐えて成功を掴むように諭すが、田舎の大将となっていたビットゥーは、たとえ相手が誰であっても、他人の前で跪くことを潔しとせず、ムリナーリニーの好意すらも否定的に捉える。
この辺りは、地方都市で一定の名声を勝ち得た人間の多くが、より上を目指そうとしたときに直面するであろう問題で、それが巧みに描かれていた。今までは映画スターを目指す若者を題材にした映画でこのような衝突がよく描かれていた。例えば「Main Madhuri Dixit Banna Chahti Hoon」(2003年)がちょうどそれだ。しかし、「Bittoo Boss」は、陳腐になってしまった映画産業から一歩踏み出して、異なった分野での大都市vs地方都市の衝突を取り上げることに成功していたと言える。
最大の盛り上がりはビットゥーが盗撮を止めるシーンだ。ムリナーリニーに「大金を儲けてみせる」と豪語してしまったビットゥーは、ハネムーンカップルの夜を盗撮してブルーフィルムを作るというブラックな商売に手を出してしまう。インド人のハネムーンのメッカ、ヒマーチャル・プラデーシュ州シムラーへ行って、ホテルの部屋にスパイカメラを仕掛けてターゲットを待つ。しかしなかなか絶好の宿泊客は現れなかった。やっと現れたハネムーンカップルらしき男女も実は訳ありの駆け落ち学生で、黙っていられなくなったビットゥーは介入してし人助けをしてしまう。その次に入った宿泊客も、今度は正真正銘の新婚ながらまた訳ありのカップルで、やはりビットゥーは二人の間の問題解決に尽力する。ビットゥーの活躍もあり、二人はやっと心を開き合い、ようやく待ちに待った「行為」が始まる。だが、ビットゥーはそれを盗撮するのを止めてしまう。元々ビットゥーは、人々の幸せをビデオに収める仕事をプライドを持ってやって来た。いくら悪の道に迷い込もうとも、彼には人の幸せを願う心が残っていた。ビットゥーは、ブルーフィルムを作るという名目で借りた多額の借金がありながら、盗撮を止め、田舎に帰ることにする。この改心の部分が映画でもっともジ~ンと来るシーンだ。
しかしながら、インド映画では、改心した人が改心したことを公にする前に誤解を受けてピンチに陥るパターンが常套手段となっている。ビットゥーもムリナーリニーから誤解を受けてしまい、絶交されてしまう。ここから彼女の信頼を取り戻すまでの終盤は、これまで慎重に積み重ねて来た緻密なストーリーを根こそぎ崩してしまうほどいい加減であった。ひとつひとつの台詞が、聞き逃すとストーリーを追えなくなるほど重要で、それらをつなぎ合わせたとしても、納得行かないまとめ方である。あと10分くらい長くなっても良かったので、もう少し丁寧にエンディングまでを追って欲しかった。
ビットゥーを演じたプルキト・サムラートは、人気TVドラマ「Kyunki Saas Bhi Kabhi Bahu Thi」に出演していた男優で、映画出演は本作が初となる。その後何をしていたのか知らないが、カメラの前に立つのが初めてではないだけあって、自信溢れる見事な演技だった。今のところ「Band Baaja Baaraat」のランヴィール・スィンと似た方向性なのが心配だが、将来性のある男優だと感じた。
ヒロインのムリナーリニーを演じたアミター・パータクは、プロデューサー、クマール・マンガトの娘で、「Haal-e-Dil」(2008年)などに出演していた女優。「Omkara」(2006年)などのプロデュースもしており、プロデューサー業と女優業を掛け持つ異色の存在だ。演技はとても良かった。しかしヒロイン女優向けの顔ではなく、それが何度も突っかかった。脇役としての方が才能を開花できそうだ。
音楽はラーガヴ・サーチャル。音楽が目立つ映画ではなかったが、結婚式にピッタリのパンジャービー風ダンスソング「Kick Lag Gayi」や失恋ソング「Mann Jaage」など、映画の雰囲気に合わせた曲ばかりであった。特に序盤に来る「Kick Lag Gayi」のダンスシーンは華やかかつエネルギッシュで良かった。
ヒンディー語映画の扱いだが、実際にはパンジャービー語の台詞が大半を占める。ヒンディー語とパンジャービー語は近縁関係にあり、何となく分かる部分が多いが、台詞を完全に理解するためにはパンジャービー語の知識が必要となるだろう。
舞台はパンジャーブ州アーナンドプル、チャンディーガル、デリー(パーリカー・バーザール)、シムラーと、北西インドを行き来する。イムティヤーズ・アリー監督の映画ほど旅情が込められていた訳ではないが、普段あまり映画に出て来ない場所を選んだのはいいことだ。こういう映画は今後も歓迎である。
「Bittoo Boss」は、ロマンス部分やエンディングは弱いものの、中小都市出身の主人公が、田舎で名声を勝ち得た後、大きな世界へさらに一歩踏み出そうとする瞬間をうまく捉えた作品であった。インド映画の良心が見られたのも個人的に評価が高い。「Band Baaja Baaraat」とテーマが類似していながら、それに比肩する出来にはなっておらず、スターパワーも全くないものの、とても真摯に作られた映画で、観て損はないと感じた。