Oh Darling Yeh Hai India!

2.5
Oh Darling Yeh Hai India!
「Oh Darling Yeh Hai India!」

 1995年8月11日公開の「Oh Darling Yeh Hai India!(オー、ダーリン、これがインド!)」は、時代を先取りしながらも古風なミュージカル映画だ。

 監督はケータン・メヘター。グジャラーティー語映画「Bhavni Bhavai」(1980年代)で高い評価を受けたパラレル映画の旗手の一人だが、商業映画も撮れる監督である。「Oh Darling Yeh Hai India」は、ハリウッドのミュージカル映画のスタイルを採り入れながらも、1980年代の娯楽映画の路線を引きずっている。

 主演はシャールク・カーンとディーパー・サーヒー。この映画の撮影時および公開時のシャールクはまだ「Dilwale Dulhania Le Jayenge」(1995年/邦題:シャー・ルク・カーンのDDLJラブゲット大作戦)で大スターの地位を確立する前であり、コミックロールからアクションまで全てをせわしなく演じている。ディーパーはメヘター監督の妻であり、彼の監督作によく起用される。

 他に、アムリーシュ・プリー、ジャーヴェード・ジャーファリー、アヌパム・ケール、アーシーシュ・ヴィディヤールティー、ティークー・タルサーニヤー、ティーヌー・アーナンド、サンジャイ・ミシュラー、カーダル・カーン、パレーシュ・ラーワル、ランジート、トム・アルターなどが出演している。

 ちなみにこの映画では主人公の本名は明かされない。シャールク演じる男性主人公は「ヒーロー」と呼ばれ、ディーパー演じる女性主人公は「ミス・インディア」と呼ばれるため、あらすじでもそう呼ぶことにする。

 2024年4月14日に鑑賞し、このレビューを書いている。

 映画スターになろうとムンバイーに上京したが、夢破れて一文無しになり腹を空かせていたヒーロー(シャールク・カーン)は、夜中に売春婦のミス・インディア(ディーパー・サーヒー)と出会い、食事をおごってもらう。

 その頃、インド全土は大統領直轄になっていた。インド征服を狙うドン・キホーテ(アムリーシュ・プリー)はチャンスと見て作戦を開始した。ドン・キホーテは整形によって大統領(アヌパム・ケール)と瓜二つの容姿にしたナートゥーラーム(アヌパム・ケール)を本物の大統領とすり替えてしまった。そして暴徒を街中に送り込み、暴動を起こさせた。

 ところでドン・キホーテの息子プリンス(ジャーヴェード・ジャーファリー)はミス・インディアに片思いをしていた。暴動が起こる中、プリンスは血眼になってミス・インディアを探していた。ヒーローはミス・インディアを守り切れず、彼女を誘拐されてしまう。ドン・キホーテは息子が心配になって街中に繰り出したが、暴徒に囲まれて殺されてしまう。ドン・キホーテが死んだことで、プリンスが新しいドン・キホーテになった。

 ミス・インディアを追ってヒーローはドン・キホーテの邸宅に忍び込む。そしてドン・キホーテを倒してミス・インディアを救い出す。一方、大統領になりすましたナートゥーラームは世界各国の首脳を呼び寄せ、インドをオークションに掛ける。ヒーローはドン・キホーテになりすましてミス・インディアを連れてオークション会場に現れ、わざと額をつり上げる。最終的にインドの値段は100兆ルピーにまで達する。

 そこへ復活したドン・キホーテが現れ、各国首脳を武器で脅して、もう一度オークションをやり直させる。ドン・キホーテはインドをたった1ルピーで落札し、インドの支配者になってしまった。ヒーローは牢屋に閉じ込められるが、そこで本物の大統領と出会う。ヒーローは隙を突いて大統領と共に逃げ出し、街中で仲間と合流して、ドン・キホーテの邸宅に突入する。ナートゥーラームは殺され、ドン・キホーテも死に、ヒーローはミス・インディアを救い出すことができた。

 インド征服を狙う悪の親玉ドン・キホーテは「ガザブ・コープリー(頭脳明晰)、ドン・キホーテ」が口癖の、恐ろしくもコミカルな悪役である。アムリーシュ・プリーが演じているが、そのノリは「Mr. India」(1987年)で彼自身が演じた有名な悪役モガンボの延長線上にある。世界征服やインド征服といった幼稚な野望を真面目に追求する馬鹿馬鹿しい悪役の存在は1980年代の商業映画に特徴的で、「Oh Darling Yeh Hai India!」からはその時代の残り香が感じられるのである。

 ところが、完全に古風な映画かといえば、そうとは限らない。ドン・キホーテよりも先に感じるのはむしろ斬新さである。特に前半は、セリフ的な歌詞が付いた音楽に合わせたダンスが頻繁に差し挟まれる。これはインド映画本来のプレゼンテーションではなく、どちらかといえばブロードウェイのミュージカルを意識していると思われる。「Oh Darling Yeh Hai India!」は娯楽映画に変わりがないのだが、1990年代のメインストリーム映画とは明らかに異なった方向性を目指そうとしていることが分かる。

 ただ、それが成功しているかは別の話だ。ブロードウェイ的なミュージカルはどうしても舞台劇的になってしまっているし、セリフ回しも演劇調で、写実性に劣る。核となるストーリーは非常にシンプルかつ子供だましのもので、ダンスなどの装飾品で飾り立てて水増しをしている印象を受ける。ヒーローとミス・インディアの人物設定も手薄である。主人公の描写が手薄な割には悪役の紹介に時間を割きすぎており、ついつい主人公よりも悪役に感情移入してしまいそうになる。

 この映画でもっとも光っていたのはジャーヴェード・ジャーファリーだ。この頃のジャーヴェードはTVの司会者として人気を博していた。主演のシャールクよりもジャーヴェードの方がスターのオーラがあったくらいである。意外にもジャーヴェードの身のこなしは軽く、運動神経もいいことがうかがわれた。カリスマ的な悪役俳優アムリーシュ・プリーの対峙しても遜色ない個性を放っていた。

 映画は撮影時の世相を反映するが、「Oh Darling Yeh Hai India!」では当時のインドの混乱が捉えられていたといえる。1991年のインド経済危機と経済自由化、1992年のバーブリー・マスジド破壊事件(参照)と暴動、1993年のボンベイ連続爆破テロなどが映画のストーリーに間接的に反映されていた。ただし、いかに政情不安となろうとも、インド全土が大統領直轄になったことはないし、大統領にインドをオークションに掛ける権利もない。また、インド社会に蔓延する汚職やいい加減さを批判するトーンはあっても、最終的には愛国主義的なメッセージが込められた作品だった。

 「Oh Darling Yeh Hai India!」は、巨匠の一人に数えられるケータン・メヘター監督が撮ったミュージカル調の商業映画である。シャールク・カーンの主演作という点で注目される作品だが、当時のシャールクはまだ大スターになる前だった。むしろジャーヴェード・ジャーファリーに勢いがある。斬新さも感じさせられる映画ではあるが、まだ早すぎたのか、興行的には大失敗に終わっている。確かに完成度は高くないが、いろいろ発見がある映画ではある。