PM Narendra Modi

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PM Narendra Modi
「PM Narendra Modi」

 2014年の下院総選挙でインド人民党(BJP)が単独過半数を獲得して勝利し、カリスマ政治家ナレーンドラ・モーディーが首相に就任した。モーディー首相は2001年から12年以上にわたってグジャラート州の州首相を務め、産業の誘致、電力の安定、雇用の創出など、同州の発展に尽力してきた。その手腕を国政でも早速発揮し、見事な実行力と演説力で様々な政策を推し進めた。インドの下院議員の任期は5年であり、2019年には下院総選挙が実施されたが、モーディー首相に対する有権者の信任は厚く、BJPは前回を上回る議席を得て圧勝した。こうして第二次モーディー政権が始まった。

 モーディー政権はメディア戦略に力を入れており、特に映画が政治に利用されるようになった。2019年の下院総選挙に合わせるかのように、BJPに有利な内容の映画がいくつか公開された。その中でも明らかにプロパガンダ映画だと断定できるのが、モーディー首相の伝記映画「PM Narendra Modi」である。

 2019年の下院総選挙投票日は4月11日から5月19日までだったが、当初この映画は最初の投票日となる4月11日に公開されようとしていた。さすがにあからさますぎるため選挙管理委員会がストップを掛け、選挙が終わるまで選挙に影響のある可能性がある伝記映画の公開を禁止した。投開票日は5月23日だった。そのため、「PM Narendra Modi」は2019年5月24日に公開された。このときにはBJPの圧勝は既に決まっていた。

 監督は「Mary Kom」(2014年)や「Sarbjit」(2016年)などのオーマング・クマール。伝記映画を得意とする監督だが、政治的には中立を自称している。投票日に合わせてモーディー首相の伝記映画を公開するのも、純粋に話題作りのためだと語っている。

 ナレーンドラ・モーディー首相を演じるのはヴィヴェーク・オーベローイである。「Company」(2002年)でデビューしたヴィヴェークはヒット作に恵まれてトップスターへの階段を駆け足で上り詰め、しかもインドを代表する美女であるアイシュワリヤー・ラーイと付き合うなど、人生の絶頂期にあった。だが、2000年代後半に入ると出演作が外れることが多くなり、彼のスターとしてのオーラは急速に衰えてしまった。俳優は引退していないものの、「あの人は今」的な扱いを受けてもおかしくない元スターである。実はヴィヴェークの妻はBJPの政治家ジーヴァラージ・アールヴァーの娘であり、彼はBJPやモーディー首相への支持を隠していない。今回、「PM Narendra Modi」でモーディー首相を演じたのは、元々BJP支持者であったこと、そしてキャリア再構築のチャンスがあったことが理由だと思われる。

 他に、マノージ・ジョーシー、ダルシャン・クマール、ボーマン・イーラーニー、バルカー・セーングプター、アンジャーン・シュリーヴァースタヴ、ザリーナー・ワハーブ、スレーシュ・オーベローイ、キショーリー・シャハーネー、シーラー・ゴーレー、アクシャト・R・サルージャー、ナレーシュ・ヴォーラー、ラージェーンドラ・グプターなどが出演している。

 モーディー首相のみならず、登場人物の多くは実名である。アミト・シャー、アタル・ビハーリー・ヴァージペーイー、LKアードヴァーニー、ムルリー・マノーハル・ジョーシー、インディラー・ガーンディー、ソニア・ガーンディー、マンモーハン・スィンなどの政治家や実業家ラタン・ターターなどが登場しする他、マムター・バナルジーやアブドゥル・カラームなどが名前だけ言及される。ただし、モーディーの前にグジャラート州首相を務めたケーシューバーイー・パテールだけは仮名が使われていた。彼はモーディーと確執があり、映画では批判的に描写されていた。そのため実名が避けられたのであろう。

 幼少時にはグジャラート州のヴァドナガル駅でチャーイを売っていたナレーンドラ・モーディー(ヴィヴェーク・オーベローイ)は、成長すると家を出て遊行者としてインド中を放浪し、その後、民族義勇軍(RSS)のプラチャーラク(伝道師)となって、その後政治家に転身した。

 LKアードヴァーニー主導のラト・ヤートラー(山車巡業)に参加したり、憲法第370条廃止を訴えるエークター・ヤートラー(統一巡業)を主導してシュリーナガルのラール・チョークにインド国旗を立てたりと、積極的な活動を行った。ナレーンドラの活躍でグジャラート州ではBJPの勢力が拡大し、州政府の政権を取るが、州首相の地位はナレーンドラに与えられず、彼はデリーに呼ばれる。

 2001年にグジャラート州に戻ったナレーンドラは、同年に起こったブジ地震の被害者を救済して回った。同年に行われた州議会選挙でBJPが勝利すると、ナレーンドラは晴れて州首相に就任した。ところが就任から半年でグジャラート暴動が発生し、ナレーンドラは責任を問われる。さらに半年後にはアクシャルダーム寺院テロ事件が発生し、またもコミュナル暴動の危機に陥るが、今度はナレーンドラが上手に対応し、暴動の発生を抑えることに成功した。

 ナレーンドラは宗教やカーストの隔てなく政治を行い、グジャラート州を発展させた。ラタン・ターター(ボーマン・イーラーニー)と会い、自動車工場の誘致に成功する。その頃、国民会議派(INC)のソニア・ガーンディー(シーラー・ゴーレー)はナレーンドラを脅威と考えるようになっていた。INCの息が掛かったジャーナリスト(ダルシャン・クマール)もナレーンドラを陥れようと偏向報道を繰り返していた。ナレーンドラは外資を融資するために産業界の代表を連れて米国へ行こうとするが、米国からヴィザが下りず、渡米できなかった。それでもTV電話を使ってインド系米国人たちに演説をし、グジャラート州への投資を呼びかけることができた。

 2014年の下院総選挙でナレーンドラはBJPの首相候補に選ばれ、ヴァーラーナスィー選挙区から下院議員に立候補する。BJPは圧勝し、ナレーンドラは首相に就任する。

 首相に就任してからのモーディー首相の政策には触れられておらず、彼が首相に就任するところで映画は終わっている。よって、モーディー政権で打ち出された政策の裏付けをするような映画ではなく、純粋にモーディーが首相になるまでの道のりに焦点が当てられている。

 モーディー首相の表と裏を多面的に描いていればまだプロパガンダ映画のレッテルを貼られずに済んだのだろうが、「PM Narendra Modi」はモーディー首相を完全無欠のリーダーとして神格化し、徹底的に礼賛している。よって、プロパガンダ映画といわざるを得ない。そこに批判的な視点は皆無であり、ただただ盲目的にモーディー首相にひれ伏してしまっている。逆に全ての批判的な眼差しは国民会議派(INC)に向けられている。それを一旦無視し、純粋な映画として観る努力をしてみても、丁寧に作られた作品ではないために、引き込まれるものはない。

 興味深かったのは、グジャラート暴動について触れられていたことだ。モーディーがグジャラート州の州首相に就任してから半年後の2002年2月27日、グジャラート州ゴードラー駅に停車した列車に乗っていたヒンドゥー教徒巡礼者59人がイスラーム教徒によって焼き殺されるという事件が発生した。この事件はヒンドゥー教徒とイスラーム教徒の間で深刻なコミュナル暴動を引き起こし、1,000人以上の死者を出してしまった。この暴動はモーディーの政治家人生にとって最大の汚点になっており、彼が暴徒を煽ったとまでいわれている。彼の伝記映画では避けて通れない出来事だが、扱い方が難しい。とりあえず、全く無視せず、きちんとストーリーの中に入れていたことは評価したい。

 しかしながら、当然「PM Narendra Modi」はこの件に関してモーディーの汚名を返上することに全力を傾けている。暴動が発生したとき、モーディー州首相(当時)が鎮圧のためにあらゆる手段を尽くす様子が描かれている。彼は隣の州にも救援を要請したが、INCが政権を握っており、政治的な判断によって要請は無視された。つまり、グジャラート暴動で被害が拡大した一因をINCに転嫁している。一応、最高裁判所が任命した特別捜査チームはこの暴動について捜査を行い、2012年にモーディーを無罪としている。

 グジャラート州で二度とこのような暴動を起こさないと誓ったモーディー州首相は、その半年後に発生したアクシャルダーム寺院テロ事件で効果的に対処し、暴動の発生を未然に防ぐことに成功した。モーディー州首相が何をしたかといえば、取材にしたニュース番組の記者たちを使って州民に向けて演説をし、宗教やカーストでの分断を批判し、一致団結することを訴えたのだ。ヒンドゥー教至上主義者として知られるモーディー首相であるが、「PM Narendra Modi」は彼を、全ての宗教が共存する国家の建設に向けて邁進するタフな政治家として描き出そうとしていた。

 その一方でモーディー首相と対比されていたのが、彼の前に首相を務めたマンモーハン・スィンである。マンモーハンはいくつかのシーンで登場するものの、ほとんど言葉を発しない。2004年から12年までのINC政権時代、首相を務めたのはマンモーハンであるが、実権を握っていたのはINC党首のソニア・ガーンディーであることは公然の秘密であった。マンモーハンは自分の意志を持たず、ソニアの操り人形に過ぎなかったことを皮肉った表現である。

 モーディー首相を演じたヴィヴェーク・オーベローイは、モーディー首相の話し方や立ち振る舞いをほとんど真似ていない。敢えてそうしているのか、それとも演技力の問題でそうなってしまったのか。特にモーディー首相は演説の名手として知られている。演説シーンは演技の見せ所のはずだが、彼はモーディー首相よりも自分の味を前面に出してしまっていた。

 ナレーンドラが遊行者としてヒマーラヤ山脈で修行をしていたシーンがあった。河岸に立ったグルジー(師匠)から、「向こう岸まで水の上を歩いて渡れる超能力を身に付けたいか、それとも多くの人を向こう岸に渡せる舟が欲しいか」と聞かれたナレーンドラが舟を選び、政治家として生きることを決めるという美しいシーンだ。そのときにグルジーを演じていたのが、ヴィヴェークの実の父親スレーシュ・オーベローイである。スレーシュはこの映画のプロデューサーも務めている。ヴィヴェークとスレーシュが親子共演をしたのはこれが初だと思われる。

 「PM Narendra Modi」は、2019年の下院総選挙に合わせて公開された、モーディー首相を神格化する目的の伝記映画である。田舎町の駅でチャーイを売っていた少年がやがてインドの首相になるまで、モーディーやBJPに都合のいい形で、しかもINCへの批判を含めて、描写されている。全てをそのまま信じてはいけないが、それさえ気を付ければ、彼の政治家人生を概観する目的で観ることはできる。映画としてはお粗末な出来だが、BJPが映画を政治利用している端的な例である点では記録に残りそうだ。