2019年7月5日公開の「Marudhar Express」は、ウッタル・プラデーシュ州カーンプル在住の男性とラクナウー在住の女性との間のロマンス映画である。「マルダル・エクスプレス」とは、ラージャスターン州ジョードプルとウッタル・プラデーシュ州ヴァーラーナスィーを結ぶ急行列車の名称である。この列車はカーンプル駅とラクナウー駅を結んでいる。同時に、主人公の名前もマルダルになっている。これはかなりユニークな名前だ。マルダルの母親はこのマルダル・エクスプレスで移動中に突然産気づき、子供を生んだ。そのため、子供の名前も「マルダル」になったというエピソードが語られていた。ちなみに「マルダル」とは「マールワール」のことで、ジョードプル周辺の地域を指す。
監督はヴィシャール・ミシュラー。過去に「Hotel Milan」(2018年)などを撮っているが、有名な映画監督ではない。主演は「Yeh Jawaani Hai Deewani」(2013年/若さは向こう見ず)のクナール・ロイ・カプールと「Mastram」(2013年)のターラー・アリーシャー・ベリー。他に、ラージェーシュ・シャルマー、ガウラヴ・ディークシト、サウラブ・アワスティー、ニートゥー・パーンデーイ、スィーマー・デーオ、ラメーシュ・デーオなどが出演している。ちなみにスィーマーとラメーシュは往年の俳優で、夫婦である。二人の子供アビナイ・デーオは「Delhi Belly」(2011年)の監督である。
ウッタル・プラデーシュ州カーンプル在住のマルダル・パーンデーイ(クナール・ロイ・カプール)は負け犬気質の28歳だった。父親のアショーク(ラージェーシュ・シャルマー)からは早く結婚するように圧力を受けていたが、彼は今まで女性とまともに話したこともなかった。母親は彼が9歳になる前に亡くなっていた。 マルダルは父親に言われるがままにチトラー(ターラー・アリーシャー・ベリー)とお見合いをし、結婚を決める。ラクナウー在住のチトラーは美容室を開きたいという夢を持っているオシャレで自立した女性であった。 マルダルは結婚して安心していたが、今度は父親から早く子供を作るように言われる。1年以内に孫が生まれなければ家から追い出すと脅された。だが、女性経験のないマルダルはチトラーとなかなか事をいたせなかった。状況を察したアショークは彼らに1週間のハネムーンをプレゼントし、ナイニータールに送る。だが、そこで二人がたまたま泊まったホテルは、チトラーの元恋人マニーシュが経営していた。マルダルは嫉妬し、チトラーと険悪になる。1週間を待たずにマルダルはカーンプルに、チトラーはラクナウーの実家に帰ってくる。 実家に戻ったチトラーは両親に妊娠したと嘘を付く。チトラーの父親は早速アショークに吉報を伝える。アショークは喜ぶが、それを聞いたマルダルはうろたえる。なぜならチトラーとは一度も性交をしていなかったからだ。マルダルはマニーシュの子供だと早とちりし、ラクナウーまで行って彼女を糾弾する。だが、そのとき親友のスンダル(ガウラヴ・ディークシト)とカピル(サウラブ・アワスティー)から電話が掛かってくる。彼らは気を利かせてナイニータールまで行き、マニーシュから事情を聞いていた。実はマニーシュはゲイで、チトラーとは何の関係もなかった。マルダルはチトラーに謝るが、仲直りはできなかった。 マルダルは何とかチトラーの機嫌を直そうと作戦を練る。彼は父親から100万ルピーを騙し取り、チトラーを映画デートに誘って、彼女に美容室をプレゼントする。二人は仲直りし、やがてチトラーは本当に妊娠した。だが、同時にアショークもメイドを妊娠させていた。
劇場一般公開されたのが信じられないくらい低品質の映画であった。低予算な上に素人レベルの映像技術であり、ストーリーもしっちゃかめっちゃかだ。ヴィシャール・ミシュラー監督の作品には今後も期待しないことを決めた。
クナール・ロイ・カプールは、ウォルド・ディズニー・インディアのスィッダールト・ロイ・カプール社長や人気俳優アーディティヤ・ローイ・カプールを兄弟に持っている。太り気味でハンサムではないが、自分の立ち位置をよく理解しており、「Delhi Belly」や「Yeh Jawaani Hai Deewani」などで二枚目半の役柄をそつなくこなしていた。だが、そのキャラで押し通すのは難しかったようで、いまいち波に乗れていない。このような駄作に出演しなければならなかったのも、彼の俳優としての苦境の表れであろう。
チトラー役を演じたターラー・アリーシャー・ベリーも、決してトップスターになれる潜在力を持った女優とはいえない。だが、この「Marudhar Express」では他に競合する女優がいなかったことも功を奏して、実力以上の演技力を発揮できており、魅力的であった。
それに加えてラージェーシュ・シャルマーら脇役俳優たちが演技によってこの沈みゆく映画を必死で支えていた。スィーマー・デーオとラメーシュ・デーオの共演は、年配層の観客には嬉しいサービスだっただろう。
映画の本質的な部分には大して見所はなかったのだが、それ以外の点で特筆すべきことがあった。
ひとつめはカーンプル住民とラクナウー住民の間のライバル意識だ。カーンプル在住のマルダルとラクナウー在住のチトラーは何かと自分の街の自慢と相手の街の悪口を言い合っていたが、実際にこれらの都市の住民たちにはライバル意識があると思われる。ラクナウーは州都であるし、アワド藩王国のお膝元でもあったため、ラクナウー住民は自分たちのことを都会人かつ教養人だと思っている。一方、カーンプルは皮革業や織物業で有名な産業都市であり、ウッタル・プラデーシュ州の財政を支えている自負があるし、世界的に有名なインド工科大学(IIT)のキャンパスもある。両都市の距離は100kmほどだが、全く異なる特徴を持った街であり、双方の住民たちがライバル意識を持つのも無理はない。
もうひとつは同性愛が違法だということが触れられていた点だ。確かにインドでは同性愛は犯罪であったが、2018年9月6日に最高裁判所が合法化の判断を下した。この映画が公開されたのは2019年7月5日なので、既に同性愛は合法になっていた。撮影中にこの歴史的な判決が下され、同性愛を巡る状況がひっくり返ってしまったのだが、修正する余裕がなくそのまま公開されてしまったのだろう。
「Marudhar Express」は、負け犬気質の男性と勝ち気な女性の間のロマンス映画である。しかしながら監督の技量不足のため、俳優たちのせっかくの演技も活かされておらず、駄作に留まっている。避けるべき映画である。