日本でも公開されたカンナダ語映画「K.G.F」シリーズ(2018年・2022年)は、主演のヤシュと監督のプラシャーント・ニールに全国的な知名度をもたらした。ニール監督はテルグ語映画「Baahubali」シリーズ(2015年・2017年)の主演プラバースとタッグを組み、再び二部構成のバイオレント映画を送り出してきた。それが「Salaar」シリーズである。まずは2023年12月22日に第一部「Salaar: Part 1 – Ceasefire」が公開された。
既に述べた通り、監督はプラシャーント・ニール、主演はプラバースである。他に、プリトヴィーラージ・スクマーラン、シュルティ・ハーサン、イーシュワリー・ラーオ、ジャガパティ・バーブー、ティーヌー・アーナンド、デーヴァラージ、ブラフマージー、ボビー・スィンハー、ジョン・ヴィジャイ、ラーマチャンドラ・ラージュー、MSチャウダリー、ラーマナー、マイム・ゴーピー、シュリヤー・レッディー、ジャーンスィー、プラモード・パンジュー、ヴァジュラング・シェッティーなどが出演している。
汎インド映画であり、多言語展開されている。テルグ語版がオリジナルであるが、カンナダ語、タミル語、マラヤーラム語、ヒンディー語の吹替版も作られ、同時公開された。鑑賞したのは英語字幕付きのテルグ語版である。
ニール監督の作風なのだろう、「K.G.F」シリーズに負けず劣らず登場人物がやたら多く、しかも超高速スピードでプロローグが語られるため、何回も観ないとストーリーを完全に理解するのは難しい。あらすじを説明する前に「Salaar」シリーズの背景について解説しておく。
主な舞台になるのは「カーンサール」と呼ばれる架空の国である。カーンサールはグジャラート州西端部、パーキスターンとの国境辺りに位置するとされる。現実世界では、「サー・クリーク」と呼ばれる地域のことだと思われる。印パ間で領有権が争われている地域であり、一般人はなかなか訪れることのない場所だ。「Salaar」シリーズは、ここに地図には載らない秘密の軍事国家があるということにしている。当然、「K.G.F」シリーズのコーラール金鉱と類似しているとの指摘は免れない。
カーンサールを支配してきたのは、マンナール族、ショウリヤーンガ族、ガニヤール族という3つの部族である。これらの部族は盗賊を生業としてきており、英国の侵攻をも撃退するほどの軍事力を誇ってきた。1947年の印パ分離独立後は独立国家としての道を歩むことを認めさせ、地図から自らを消去し、以来、密かに繁栄を築き上げてきた。独立国家としてのカーンサール建国の父シヴァ・マンナールは、独自の憲法を制定し、自国を101の州に分け、「カープー」と呼ばれる州知事を置いた。カープーの上にはそのとりまとめ役として「ドーラー」と呼ばれる少数の諸侯を置き、ドーラーたちを一人の王が支配することとした。カーンサールの政治の特徴は、ヒエラルキー構造の投票制度が導入されたことだ。もし意見の不一致が生じた場合、各カープーが持つ1票、各ドーラーが持つ3票、そして王の持つ15票でもって決められた。
1985年にシヴァ・マンナールが死去した。カーンサールの王は3つの部族の間で輪番制となっており、次はショウリヤーンガ族の首長ダーラーが王になるはずだった。しかし、シヴァの息子ラージャー・マンナール(ジャガパティ・バーブー)は権力を手放したくなく、ダーラーとショウリヤーンガ族に夜襲を掛けて皆殺しにした。その後、ラージャーが王位に就き、親族でダーラーを固め、独裁体制を強化した。
ラージャーには、第一の妻との間にルドラ・ラージャー・マンナール(ラーマチャンドラ・ラージュー)とラーダー・ラーマ・ムンナール(シュリヤー・レッディー)、第二の妻との間にヴァルダ(プリトヴィーラージ・スクマーラン)がおり、バーラヴァ(ボビー・スィンハー)という義理の息子もいた。ヴァルダの親友がデーヴァラタ(プラバース)であった。デーヴァラタには狂気めいたところがあり、滅法強かった。あるときデーヴァラタは、ラージャーが送った刺客ランガ(ジョン・ヴィジャイ)によって母親共々殺されそうになるが、ヴァルダが自国領をランガに贈り、彼らを助けた。デーヴァラタと母親はカーンサールから脱出し、ヴァルダは父親の怒りを買って追放される。
2010年、ラージャーがヴァルダの復帰を認めたことで、支配層の間に意見の対立が生じる。ラージャーは所用のためにカーンサールを離れ、留守の期間は娘のラーダーが預かることになった。ラーダーは一触即発の状態になっていたカーンサールを鎮めるため、停戦を命令する。だが、停戦に反対するドーラーたちが投票を要求する。憲法に従い、9日後に投票が行われることになった。ドーラーたちは世界各国から軍隊を呼び集め、停戦解除後の権力抗争に備えた。
ヴァルダには強力な軍隊を呼べるほど力も富もなかった。だが、グジャラート州バルーチで隠遁生活を送っていたデーヴァラタをカーンサールに呼び戻すことに成功する。デーヴァラタはドーラーの一人ナーラングの息子ヴィシュヌを殺し、次にナーラングも殺す。ヴァルダやデーヴァラタたちは逮捕される。
投票日になった。カープーたちやドーラーたちが投票し、突然帰ってきたラージャーも投票して、停戦の賛否が拮抗する。最後にヴァルダが停戦反対に票を投じ、停戦は解除された。
まだ第二部があり、そちらで語られることもかなり残っていると思われる。よって、カーンサールで過去に起こった出来事の全貌は不明である。だが、第一部の最後に明かされるのは、実はラージャーによって民族浄化の憂き目に遭ったショウリヤーンガ族には生き残りがいたという事実である。そして、本来なら王に就くべきだったダーラーの息子こそがデーヴァラタであることが分かる。
「K.G.F」シリーズと同様に、「Salaar」も現在から過去を振り返って語られる構造になっている。現在のシーンは2017年であり、こちらではアーディヤー・クリシュナカーント(シュルティ・ハーサン)がニューヨークからインドに帰国するところから物語が始まる。アーディヤーは何らかの理由から命を狙われており、インド帰国直後に誘拐されそうになるが、ビラール(マイム・ゴーピー)に助け出され、アッサム州ティンスキヤーに連れて行かれる。そこではデーヴァラタと彼の母親がおり、彼女を受け入れる。だが、刺客がティンスキヤーまでやって来たため、デーヴァラタが暴漢たちを蹴散らし、アーディヤーを助ける。デーヴァラタと母親はミャンマーに向けて去って行くが、ビラールとアーディヤーは刺客に捕まってしまう。だが、戻って来たデーヴァラタが彼女を助ける。アーディヤーの身体にはカーンサールのスタンプが押されていた。カーンサールのスタンプが押された荷物は何者も止めてはいけない習わしだった。こうして、デーヴァラタはヴァルダに殺される運命となる。
語り口は完全に「K.G.F」シリーズと共通している。つなぎのシーンをすっ飛ばし、佳境になるシーンだけをつなぎ合わせ、まるでダイジェスト版のような語り方で最初から最後まで突っ走っていく。初見で全てを理解するのは難しい。もうひとつ特徴的なのは、時間軸が頻繁に前後することだ。各時代のシーンがランダムにも見えてしまうような並び方で映し出される。編集でかなり独創的な遊びをしており、分かりにくさが倍増している。
中心になるのはプラバース演じるデーヴァラタだ。何をしでかすか分からない狂人であり、一騎当千の戦士であり、友人思い、母親思いの心優しい英雄であり、また、実は正統な王の資格を持つ人物でもある。「Baahubali」シリーズで彼自身が演じたバーフバリと非常によく似たキャラだ。彼が次々と悪漢たちをなぎ倒していく様子がスローモーションを多用したアクションシーンでじっくりと描き出されており、その中には腕や首が切断されるようなグロテスクなシーンも遠慮なく含まれている。途中で一瞬、ゾンビ映画の要素も取り込まれ、デーヴァラタ無双によりゾンビたちが一網打尽にされる。
題名の「Salaar」とは、ペルシア帝国の将軍職から取られたもののようである。ヴァルダがデーヴァラタを「サラール」と呼んだため、彼はそう呼ばれるようになり、映画のタイトルにもなっている。
「Salaar: Part 1 – Ceasefire」は、二部構成の映画であるため、まだ第一部を観ただけではまだ最終的な評価を下すことができない。ただ、「K.G.F」シリーズと「Baahubali」シリーズを足して2で割ったような、という紋切り型の表現で収まってしまうところもあり、今のところ何か新しさを感じているわけではない。「K.G.F」シリーズの延長線上にある映画という印象である。展開が早すぎて理解するのが困難な作品だと思うのだが、興行的には大ヒットしている。賛否は分かれるだろうが、重要な作品であることには違いない。