I Hate Luv Storys

2.5
I Hate Luv Storys
「I Hate Luv Storys」

 本日(2010年7月5日)はバーラト・バンド、つまり全国一斉ストライキの日であった。ガソリンを含む生活必需品の値上げに反対して、インド人民党(BJP)などの野党が呼びかけたものである。こういう日はあまり外を出歩かないに限るのだが、映画館は営業しているようだったので、夕方から、2010年7月2日より公開の新作ヒンディー語映画「I Hate Luv Storys」を観に行った。若手男優の中ではもっとも勢いのあるイムラーン・カーンと、まだヒット作が出ていないソーナム・カプールの初共演作となる。題名は「ラブストーリーなんか大嫌い」という意味だが、容易に想像されるように、ラブストーリー映画である。プニート・マロートラーは、デザイナーのマニーシュ・マロートラーの甥に当たり、カラン・ジョーハルなどの下で助監督として研鑽を積んで来た。本作が監督デビュー作。プロデューサー陣には、ヒールー・ヤシュ・ジョーハル、カラン・ジョーハル、ロニー・スクリューワーラーとそうそうたる顔ぶれが揃っている。

監督:プニート・マロートラー
制作:ヒールー・ヤシュ・ジョーハル、カラン・ジョーハル、ロニー・スクリューワーラー
音楽:ヴィシャール=シェーカル
歌詞:アンヴィター・ダット、クマール、ヴィシャール・ダードラーニー
振付:ボスコ=シーザー
衣装:マニーシュ・マロートラー
出演:イムラーン・カーン、ソーナム・カプール、サミール・ダッターニー、サミール・ソーニー、カヴィン・デーヴ、クシュブー・シュロフ、ブルーナ・アブドゥッラー、ケートキー・デーヴ、アンジュー・マヘーンドル、シリーシュ・シャルマー、アスィーム・ティワーリー、アーミル・アリー(特別出演)、プージャー・ガーイー(特別出演)
備考:サティヤム・シネプレックス・ネループレイスで鑑賞。

 ラブストーリーを毛嫌いするジェイ(イムラーン・カーン)は、なぜかインドを代表するロマンス映画監督ヴィール・カプール(サミール・ソーニー)の下で助監督を務めていた。ジェイは、ヴィールが作るロマンス映画のあらゆる要素を心の中で馬鹿にしていた。

 ある日、美術監督としてスィムラン(ソーナム・カプール)という女性がやって来る。スィムランはラブストーリー大好きな女の子で、ヴィールの映画の大ファンだった。さらに、スィムランには映画さながらの幼馴染みフィアンセ、ラージ(サミール・ダッターニー)がいた。ジェイはスィムランの補佐として働くことになってしまう。ヴィール監督の最新作は「Pyaar Pyaar Pyaar(愛、愛、愛)」。「単なるラブストーリーではない、これはサーガだ」がキャッチコピーの大河ロマンス映画であった。主演は今をときめく大スター、ラージーヴ(アーミル・アリー)。ジェイのもっとも忌み嫌うタイプの映画であった。

 出会いの印象が最悪だったため、当初スィムランはジェイを冷たくあしらっていた。だが、投資銀行勤務の真面目なラージと違ったジェイの自由奔放な性格に惹かれるようになって来る。スィムランはあるとき意を決してジェイに愛の告白をする。だが、ジェイにその気はなく、呆気なく振られてしまう。

 ところがそのときからジェイもスィムランを意識するようになる。ニュージーランドでのロケが終わった後、ヴィールに激励されて、ジェイはスィムランに愛の告白をする。だが、スィムランはそれを拒否する。

 初めて失恋の辛さを味わったジェイは、長年連絡を取っていなかった母親(アンジュー・マヘーンドル)に電話をする。母親はジェイに、戦ってでもスィムランを勝ち取るように檄を飛ばす。親友のクナール(カヴィン・デーヴ)や旧知の美女ジゼル(ブルーナ・アブドゥッラー)の協力を得て、スィムランを嫉妬させる作戦に出たが、ラージがスィムランにプロポーズをすることが分かり、ジェイは諦めてしまう。

 映画は完成し、プレミア試写会が開かれた。だが、ジェイは試写会に参加せず、母親の待つデリーに帰ろうとしていた。空港でジェイは母親に電話をする。母親はジェイの真意を問う。ジェイはやはりもう一度最後の望みに賭けることを決め、空港から飛び出す。一方、スィムランはラージに、今までのことを正直に打ち明け、結婚はできないと言い出す。スィムランは試写会の会場に来ていた。ジェイは試写会会場に直行し、スィムランを探して、彼女に愛の告白をする。ちょうど試写中の映画もクライマックスシーンで、歌が流れていた。スィムランは今度は彼の告白を受け容れる。

 最初は恋愛を否定したり真剣に取り合わなかったりしながら、いつの間にか恋愛に目覚め、恋する人を手に入れるために突っ走るというパターンは、インドのロマンス映画で定型化された手法である。ヒーローとヒロインのどちらかが恋愛否定派であれば成り立つのだが、ヒーローがその役を担うことが圧倒的に多い。劇中でも紹介があったが、「Dilwale Dulhania Le Jayenge」(1995年)、「Dil Chahta Hai」(2001年)、「Hum Tum」(2004年)はその典型例だ。最近では「Kambakkht Ishq」(2009年)や「Love Aaj Kal」(2009年)などがそのパターンにはまっている。「I Hate Luv Storys」は、インドの定型化されたロマンス映画をこけ下ろしながらも、結局はその定型通りのストーリーとなっていた。もちろんそれは、何かを肯定するためにまずそれを否定するのも主人公を置くという、物語作りでは常套手段となっている枷のテクニックに則っており、監督の狙い通りであろう。劇中でラブストーリー否定派の主人公がこそばゆいロマンス映画の制作に携わりながら恋愛に目覚めて行くという仕掛けも面白かった。だが、独白が多い割には登場人物の心情の変化に説明が足らない部分が多いように感じた。スィムランがジェイに告白するまでが早すぎるし、ジェイがスィムランに2度目の告白をする原動力にもいまいち納得できなかた。ラージに至っては全く感情移入できない非現実的なキャラクターになってしまっている。ちぐはぐな印象を受けた映画であった。

 主人公のイムラーン・カーンは好演と言っていいだろう。前半のプレイボーイ振りもスマートにこなしていたし、後半の恋する男モードも、持ち前のキュートさで存分に表現していた。次代を担う若手男優の中では、ランビール・カプールと並んで成長株と言えるだろう。

 冴えなかったのはヒロインのソーナム・カプールである。どこか気の抜けた演技が多かったし、台詞のしゃべり方も投げやりな気がした。気になって調べてみたところ、どうも撮影中にプニート・マロートラー監督と熱愛状態となり、感情が不安定となっていたようである。ソーナム・カプールは感情の起伏が激しい人物らしく、プライベートで何か問題があると、それがモロに撮影に影響するという話もある。映画全体に気迫が感じられないのも、監督とヒロインが仲良くなり過ぎたことと関係あるかもしれない。「I Hate Luv Storys」の中では「Pyaar Pyaar Pyaar」という架空のロマンス映画の撮影が行われるが、映画の外でも監督とヒロインのラブストーリーが繰り広げられているとは、正に「事実は小説よりも奇なり」である。

 ソーナム・カプールよりもさらに映画を気の抜けたものにしていた戦犯は、ラージを演じたサミール・ダッターニーである。ヒンディー語映画やカンナダ語映画で多少のキャリアがある俳優で、「Mukhbiir」(2008年)では主演も務めているが、スターのオーラがなく、演技も素人レベルで、台詞回しも弱かった。最近公開された「Well Done Abba」(2010年)での脇役演技はそれほど悪く感じなかったのだが、「I Hate Luv Storys」では重要な役柄だっただけに欠点が目立った。

 さらに、劇中では架空のスーパースターが登場する。その役をテレビドラマ俳優のアーミル・アリーとプージャー・ガーイーが特別出演扱いで演じている。しかし所詮はスモールスクリーン俳優、映画界で活躍するイムラーン・カーンやソーナム・カプールの前ではちっともスーパースターに見えない。イムラーンやソーナムが裏方で、より小者の彼らが主演を演じるのには説得力がなかった。両者よりも年季の入った実在の映画スターを起用するべきだったと思うが、それだけの予算がなかったのだろうか?いや、カラン・ジョーハルやロニー・スクリューワーラーがプロデューサーなら、そのくらい朝飯前だったのではなかろうか?

 脇役のカヴィン・デーヴや、終盤一瞬だけ登場するアンジュー・マヘーンドルなどは真摯な演技をしていた。

 映画の出来はそれほど褒められたものではなかったものの、劇中で一本の映画の制作過程の大まかな流れを、企画段階からプレミア試写会まで追って行けたのは興味深かった。美術監督という職業にスポットライトを当てたのもいい着眼点だった。プニート・マロートラー監督の下積み時代の経験が生きた作品だと言える。

 音楽はヴィシャール=シェーカル。軽妙なダンスナンバーとなっているタイトル曲「I Hate Luv Storys」はそのままディスコの定番ナンバーになりそうだ。劇中で印象的な使われ方をしていたのは「Bin Tere」。3つの異なるバージョンがストーリーの展開に合わせて使われており、裏のタイトル曲となっていた。だが、その影響で昨今の娯楽映画の中では挿入されるミュージカルシーンが多めになっており、冗長にも感じた。

 ヒンディー語映画の定番ラブストーリーを否定する題名になっているだけあり、過去の名作ロマンス映画のパロディーも多く、ヒンディー語映画ファンが思わずニヤリとしてしまうシーンが多い。上述の「Dilwale Dulhania Le Jayenge」、「Dil Chahta Hai」、「Hum Tum」は実際の映像が使われていたし、「Kal Ho Naa Ho」(2003年)の挿入歌「Maahi Ve」が何度も使われていた。他にも「Mujhse Dosti Karoge」(2002年)や「Rab Ne Bana Di Jodi」(2008年)など、様々な映画に関連したシーンがあり、それらを特定して行くだけでも楽しめるだろう。

 ちなみに、タイトルの英語が気になる人もいるだろう。なぜ「Love Stories」ではなく「Luv Storys」になっているのか、と。これは、プロデューサーのカラン・ジョーハルの願掛けのひとつである。彼は自作のタイトルを「K」から始めることが多かったのだが、今回は数秘術に頼って、運勢のいい文字並びのタイトルを選んだ。数秘術では各文字に数字が割り振られており、その合計で運勢を占う。「Love Stories」よりも「Luv Storys」の方がいい数字となったために、敢えてこのような誤った英語のタイトルとなったのである。

 「I Hate Luv Storys」は、ラブストーリーを毛嫌いする主人公のラブストーリーである。イムラーン・カーンは好演していたが、それ以外のメインキャストはどこか熱がこもっておらず、脚本もちぐはぐで、娯楽映画としての完成度は高くない。敢えてロマンス映画を否定したロマンス映画ということで、その語り口は目新しく感じるが、中身はロマンス映画の定石通りである。しかし、最近のヒンディー語映画の中では上映時間が比較的長く、久し振りに重量感のあるロマンス映画を観た気分になった。無理に観る必要はないが、暇だったら観てもいいぐらいの作品だ。