2005年9月29日公開のテルグ語映画「Chatrapathi」は、「Baahubali」シリーズ(2015年、2017年)などで有名なSSラージャマウリ監督の第4作である。「Baahubali」シリーズの主演プラバースと初めてタッグを組んだ作品でもある。JAIHOで配信されており、2023年7月5日に日本語字幕付きで鑑賞した。
主演のプラバースにとっては初期のヒット作の一本だ。ヒロインはシュリヤー・サラン。他に、バーヌプリヤー、シャフィー、プラディープ・ラーワト、ナレーンドラ・ジャー、コーター・シュリーニヴァーサ・ラーオ、ヴェーヌ・マーダヴなどが出演している。また、ムマイト・カーンがアイテムソング「Mannela Tintivira」にて、アールティ・アガルワールがアイテムソング「Summa Masuriyaaa」にてアイテムガール出演している。
シヴァージー(プラバース)はスリランカからアーンドラ・プラデーシュ州ヴィシャーカパトナムに流れ着いた難民だった。移動中に継母のパールヴァティー(バーヌプリヤー)や異母弟のアショーク(シャフィー)とはぐれてしまった。難民たちはビハール州のマフィア、ラース・ビハーリー(プラディープ・ラーワト)の弟バージーラーオ(ナレーンドラ・ジャー)が港湾で行う密輸業の手助けをすることになる。 それから12年後。シヴァージーはラース・ビハーリーの横暴に反旗を翻し、バージーラーオを殺して難民居住区の自治を認めさせる。シヴァージーは難民たちから尊敬と共に「チャトラパティ」と呼ばれるようになる。ところがそれを面白く思わない人物がいた。シヴァージーの異母弟アショークである。アショークは兄が生きていることに気付いていたが、パールヴァティーが自分よりもシヴァージーの方に愛情を注いでいたため、兄を憎んでいた。アショークは母親にシヴァージーは死んだと言い聞かせ、母親の愛情を独占しようとしたが、パールヴァティーはシヴァージーと離れ離れになって12年経っても彼のことを忘れていなかった。 アショークは正体を隠してシヴァージーに近づき仲間になる。その後、彼はラース・ビハーリーにも近づき、シヴァージー殺害の手助けをする。シヴァージーはラース・ビハーリーの部下たちの襲撃を受けるが撃退する。アショークが手引きしたことを知ったシヴァージーは彼に詰め寄るが、アショークは自分が彼の弟であることを明かし、母親と電話がつながった状態で自らを撃つ。アショークは一命を取り留めるが、シヴァージーは母親に正体を明かせず、憎まれることになった。 シヴァージーは母親が貧しい生活をしているのを知り、アショークを通して彼女の生活を楽にさせようとする。シヴァージーはアショークを港湾工事の下請にして経済的に余裕を持たせる。だが、そんなことは知らないアショークはシヴァージーに対して威張り散らす。シヴァージーはアショークがラース・ビハーリーと組んでいることも知る。 シヴァージーはアショークと母親を拉致する。ラース・ビハーリーはアショークと母親を取り戻すが、シヴァージーは彼を追いかける。パールヴァティーはシヴァージーこそが自分の息子であることに気付く。シヴァージーはラース・ビハーリーを殺す。アショークもシヴァージーと仲直りする。
まず、物語がスリランカから始まっているのが興味深い。スリランカは1980年代から多数派のシンハラ人と少数派のタミル人の間で内紛が起こっていた。冒頭で描かれていた暴動は、シンハラ人によるタミル人への迫害だと思われる。主人公シヴァージーはスリランカから難民となって船でヴィシャーカパトナムまで逃れてきて、港湾地区を牛耳るマフィアの労働力としてこき使われることになった。ただし、流れ着いたヴィシャーカパトナムはアーンドラ・プラデーシュ州にあり、スリランカ沿岸からはかなり距離がある。当時、スリランカからタミル・ナードゥ州に難民が流れ込んだことは想像できるのだが、果たしてアーンドラ・プラデーシュ州にも難民が漂着したのかどうかは分からない。
また、港湾地区を牛耳っていたのがビハール州在住のマフィアだったという点にも興味が沸く。北インドの出身者がアーンドラ・プラデーシュ州の港湾にまで支配権を拡大していた事実があるのだろうか。
シヴァージーは難民という貧しく弱い立場の者だったが、腕っ節の強さと仲間たちからの信頼の厚さによりのし上がり、難民が居住する港湾地区のボスとなった。彼は「チャトラパティ」と呼ばれたが、これは17世紀に生きたマラーターの英雄シヴァージーの称号から来ている。直訳すると「傘の主」である。傘のように自らが犠牲となって人民を守るリーダーをイメージした称号だ。
流れ者がマフィアのドンにのし上がっていく物語はヒンディー語映画にも多い。それまでに例えば海中でのサメとの戦いがあったりして、ラージャマウリ監督らしい演出は見られるのだが、ストーリーにこれといった目新しさは感じなかった。だが、この映画の真価はシヴァージー、母親、そして異母弟の三角関係にあるといっていい。
シヴァージーの母親パールヴァティーは再婚しており、シヴァージーは彼女の夫の連れ子であった。一方、弟のアショークはパールヴァティーの実の息子であった。普通ならば母親は実の息子の方に多くの愛情を注ぐものだが、パールヴァティーはなぜか連れ子のシヴァージーの方を可愛がった。これがアショークの嫉妬を引き起こした。
スリランカから逃れる途中でシヴァージーはパールヴァティーやアショークと離れ離れになる。アショークはシヴァージーを見つけていたのだが、母親を独占したかったために、シヴァージーが炎に包まれる小屋にいたと母親に報告する。こうして12年間、母親はシヴァージーが死んだと信じていた。しかし、シヴァージーに対する愛情は変わっておらず、それがアショークの嫉妬心をますます燃え上がらせた。
シヴァージーが生きており、「チャトラパティ」となってヴィシャーカパトナムの港湾地区を支配することになったのに最初に気付いたのもアショークだった。彼はシヴァージーのライバルを使って彼を排除しようとするが成功しない。逆にシヴァージーに裏切りがばれ、殺されそうになる。そこで彼は捨て身の作戦に出た。シヴァージーに彼の弟であることを明かすと同時に、電話口で母親が聞いている中、自らを銃で撃ったのである。パールヴァティーは、アショークを撃ったのはシヴァージーだと勘違いし、彼を憎むようになる。また、シヴァージーは自分が生きていることを母親に伝えることも禁じられた。そうしたらアショークがこの12年間ずっと嘘を付いていたことになり、息子が嘘付きだと知ったら母親は大いに悲しみショックを受けるであろうからだった。
シヴァージーはずっと母親を探し続けており、心から慕っていた。だが、アショークという心のねじ曲がった弟が引っかき回したために、母親に対して自分は生きているということを伝えられずにいた。その葛藤が終盤の最大の見せ場になる。こういうどうしようもなさはインド映画の文法で「エモーション」と呼ばれている。
もちろん、「Chatrapathi」は大衆娯楽映画であり、最後は安心のハッピーエンドである。悪は滅び、兄弟仲は回復し、シヴァージーは母親と真の再会を果たす。家族の再結合に重きが置かれていたため、恋愛部分は弱い。シヴァージーは近い将来にシュリヤー・サランが演じるニールーと結ばれるのであろうが、この二人の恋愛はいくつかのダンスシーンで付け焼き刃的に表現されていただけで、ストーリー展開に大きく絡むことはなかった。
「Chatrapathi」は、「Baahubali」シリーズで有名なSSラージャマウリ監督とプラバースが「Baahubali」以前に組んで作ったアクション映画だ。前半に目新しさは少ないものの、終盤では、離れ離れになった家族の再会に、異母弟の嫉妬を絡めてエモーションを演出しており、物語が一気に引き締まる。ラージャマウリ監督ファンが過去を掘り起こす際に必ず鑑賞することになるであろう作品である。