2023年3月17日からZee5で配信開始された「Am I Next」は、インドの国家的な問題となっているレイプに関する法廷ドラマである。この映画が特徴的なのは、レイプによって妊娠した未成年女性の堕胎が認められるか否かに焦点を当てている点だ。
監督は「Mantostaan」(2017年)などのラーハト・カーズミー。キャストは、アヌシュカー・セーン、スワルーパー・ゴーシュ、パンカジ・カジューリヤー、ニールー・ドーグラー、プージャー・ダールガン、サティーシュ・バット、ラージーヴ・ラーナー、モニカ・アガルワールなどである。また、ラーハト・カーズミー監督も端役でカメオ出演している。
ジャンムーに住む14歳のハニー(アヌシュカー・セーン)は妊娠11週であることが分かり、父親ラマンディープ(パンカジ・カジューリヤー)と母親ランミー(ニールー・ドーグラー)はショックを受ける。ハニーは家庭教師のアマン(サティーシュ・バット)にレイプされたと明かす。ランミーはこのことを内緒にして、すぐにハニーを違法に中絶しようとするが、ラマンディープは法廷で正々堂々と戦うことを決意する。女性弁護士のナイナー(プージャー・ダールガン)がハニーの弁護をすることになる。 ナイナーは地方裁判所に対してすぐにでも人工中絶の許可を出すように要求するが、裁判官は事件の複雑さを理由にそれを先延ばしにした。そうこうしている内に、逃亡していたアマンが捕まる。アマンの父親ゴーパール・ダース(ラージーヴ・ラーナー)は有力な政治家で、アマンを無罪にするため、敏腕女性弁護士ヴァイバヴィー・サチデーヴァ(スワルーパー・ゴーシュ)を雇う。ヴァイバヴィーは出廷ごとに20万ルピーを要求した。 ヴァイバヴィーはハニーの妊娠を見て時間を引き延ばす方が得策と考える。公判は高等裁判所にもつれこみ、裁判官も女性のモニカ・シャルマー(モニカ・アガルワール)になったが、やはり裁判は遅々として進まず、ハニーも妊娠24週に入ってしまった。もはや裁判所が指定した医者も、中絶は母体に危険があるとして許可を出そうとしなかった。 ヴァイバヴィーは、ハニーの妊娠はレイプではなく、アマンとの合意の上でのセックスによって起こったものだと主張し始める。それに対しナイナーは、アマンによって過去に妊娠させられた女性たちのケースを提出し反論する。 最終的にシャルマー裁判長は、シュリーナガルやデリーから3人の医者を呼び、再び知見を求める。医者たちが、まだ中絶が可能と診断したことで、シャルマー裁判長はようやく中絶の許可を出す。同時にアマンを有罪とし、10年の禁固刑を言い渡す。
映画の舞台はジャンムーと特定されていたものの、それがいつ頃の話かは明示されていなかった。しかしながら、映画の中で何回か、過去にインド各地で起こったレイプ事件がいくつか言及されていた。その中でもっとも古いものは2012年のデリー集団強姦事件であり、その次に「アースィファーの事件」として参照されていたのは2018年のカトゥアー強姦事件であった。そして「テランガーナの事件」と呼ばれていたのは2022年のハイダラーバード集団強姦事件だ。そうすると、この映画の時間軸は2022年以降ということになる。
2012年のデリー集団強姦事件をきっかけにインドでは強姦に関する法整備が進み、迅速な裁判が行われるようになった。しかしながら、「Am I Next」で取り上げられていたのは、レイプの被害者が未成年でかつ妊娠した場合の人工中絶問題である。どうやらインドの病院は、このような特殊なケースで妊娠した妊婦に対して簡単には人工中絶手術を行わないようで、そのためには裁判所の許可が必要になる。劇中で弁護士ナイナーが求めていたのも、強姦犯アマンの裁判よりもまず先に、強姦され妊娠した14歳のハニーが中絶手術を受ける許可だった。
しかしながら地方裁判所の裁判官は「複雑な問題だから」の一点張りで中絶許可を出そうとしない。裁判は高等裁判所に移った。そうこうしている内に胎児は大きくなっていってしまい、中絶可否の境目である24週を超えてしまった。ちなみに日本における人工中絶可否の境目は22週である。
「Am I Next」が訴えていたのは2点だ。1点目は、強姦されて妊娠した妊婦が人工中絶の許可を裁判所から得なければならない理不尽さだ。ハニーは、自分の人生は自分で責任を持って生きなければならないのに、中絶していいかどうか裁判所にうかがいを立てなければならないのはおかしいと訴える。2点目は、今回のように特殊なケースではタイムリミットがあるため、迅速な判決が必要になることだ。人工中絶を訴える強姦被害者にとっては、人工中絶が不可になるまでに許可が下りなければ意味がない。司法はそれを十分に念頭に置いて判断を急がなければならない。
この映画が主張したかったことはよく分かった。明快なストーリーだったと思う。しかしながら疑問点もあった。まずは強姦の被害に遭ったハニーがあまりに無防備だったことだ。通常、強姦被害者の名前は伏せられるはずであり、しかも顔が公表されることもない。それなのに事件の第一報からハニーの名前はメディアによって連呼されており、ハニー自身も顔を隠そうともしていなかった。映画の中でハニーは、「私は何も罪を犯していないのだから隠れる必要はない」と発言しており、それ故にこのような堂々とした態度を取っていたのかもしれないが、14歳の少女にしてはあまりに度胸が据わっていて違和感を感じずにはいられなかった。
また、高等裁判所での公判では、女性の裁判長の前で女性の弁護士同士が戦うことになった。そしてそれぞれの女性に家族があり、彼女たちは理性と感情の間に揺すぶられることになる。特にシャルマー裁判官とサチデーヴァ弁護士にはそれぞれ娘がいて、ハニーの味方をしていた。最終的に判決はハニー側の全面勝利になったが、それが法律に則ったものではなく感情に則ったものだとしたら、法廷ドラマとしては失格なのではないかと思う。あくまで司法は法律を第一にすべきであり、判決の白黒の部分に感情が差し挟む余地があってはならない。司法に関して素人っぽい筋書きの映画だと感じた。
演技面で突出していたのはサチデーヴァ弁護士を演じたスワルーパー・ゴーシュだ。黒を白にしてしまう敏腕女性弁護士を圧倒的な演技力で演じ切っていた。「War」(2019年/邦題:WAR ウォー!!)などに出演していたが、今後も出番が増えていきそうな女優である。
ハニーを演じた子役アヌシュカー・セーンは、もう少し感情豊かに演じても良かったと思うが、あまり感情を表に出さない演技のおかげで胆力の強さが出ていた効果もあった。ハニーの両親を演じた俳優やナイナー弁護士を演じたプージャーダールガンも好演していた。ちなみにラーハト・カーズミー監督はナイナー弁護士の夫役で出演していた。
「Am I Next」は、強姦により妊娠した未成年少女の人工中絶を巡る法廷ドラマである。テーマがはっきりしており、結末に向けてほぼ一直線に進む分かりやすい映画だ。ただ、どこまで深くリサーチをし、どこまでリアルに現実を再現したのかは不明だ。法廷ドラマとしては疑問符が付く映画であった。