2022年8月25日公開の「Liger」は、総合格闘技(MMA)を題材にしたスポーツアクション映画である。昨今の汎インド映画トレンドに乗り、ヒンディー語とテルグ語の二言語で同時製作された。監督はテルグ語映画界で活躍するプリー・ジャガンナードだが、ヒンディー語映画界の大御所カラン・ジョーハルがプロデューサーに名を連ねている。
ジャガンナード監督は基本的にテルグ語映画を作っているが、以前、「Bbuddah Hoga Tera Baap」(2011年)などのヒンディー語映画を撮ったこともあり、外向き志向の監督であることが分かる。今回主演に起用されたのはテルグ語映画俳優のヴィジャイ・デーヴァラコンダーだが、それ以外のキャストのほとんどはヒンディー語映画俳優である。ヒロインはアナンニャー・パーンデーイで、他にローニト・ロイ、マカランド・デーシュパーンデー、そしてアナンニャーの父親チャンキー・パーンデーイなどが出演している。ただし、「Baahubali 2: The Conclusion」(2017年/バーフバリ 王の凱旋)でインパクト大の王母シヴァガミを演じたラミヤー・クリシュナンが主人公の母親役で出演しているが、彼女はテルグ語映画女優だ。そしてなんと、世界的に有名な米国人ボクシング選手マイク・タイソンがカメオ出演しており、目を引く。
キャスティングからも分かるように、ヒンディー語映画とテルグ語映画のハイブリッドが模索されると同時に、国際市場も視野に入れた作りになっている。また、上記2言語の他に、タミル語、マラヤーラム語、カンナダ語の吹替版も公開された。ヒンディー語版とテルグ語版では若干の違いがあるが、鑑賞したのはヒンディー語版であるため、下記のあらすじではヒンディー語版に合わせてある。
総合格闘技チャンピオンを目指すライガー(ヴィジャイ・デーヴァラコンダー)は母親バーラーマニ(ラミヤー・クリシュナン)と共にヴァーラーナスィーからムンバイーに移住し、死んだ父親のライバルだった格闘家クリストファー(ローニト・ロイ)の道場に弟子入りする。吃音症があったライガーは最初、周囲の人々から笑われるが、一騎当千の圧倒的な強さを誇り、いつしか尊敬される存在になる。 SNSでスターを目指すターニヤー・パーンデーイ(アナンニャー・パーンデーイ)はライガーに一目惚れし、彼に付きまとうようになる。バーラーマニはターニヤーのような「魔女」に気を付けるようにライガーに言い付けるが、ライガーは彼女の美貌にメロメロになってしまう。しかし、ターニヤーの兄サンジューは道場を経営する格闘家であり、クリストファーとはライバル関係にあった。ターニヤーはライガーがどもり症であることを知って彼を冷たく突き放す。 総合格闘技の国内大会が開催され、ライガーは連戦連勝する。決勝戦の対戦相手はサンジューだった。ライガーはターニヤーに振られた悔しさをバネにしてサンジューを打ち負かし、チャンピオンになる。彼が次に目指したのは世界チャンピオンだった。ところが総合格闘技はインドではまだ市民権を得ておらず、政府から支援が得られなかった。助け船を出したのが、ラスベガス在住のインド人大富豪パーンデーイ(チャンキー・パーンデーイ)だった。パーンデーイはライガーにプライベートジェットを提供し、世界大会が行われるラスベガスまで彼を招待した。 世界大会でもライガーは順調に勝ち進み、後は決勝戦を残すのみとなった。パーンデーイが主催したパーティーで、実は彼はターニヤーの父親であることをライガーは初めて知る。ターニヤーは米国に来ており、ライガーと再会する。ところがターニヤーは何者かに誘拐されてしまう。実はターニヤーはライガーのことを今でも愛していたが、彼が世界チャンピオンになる夢を抱いているのを知り、自分が邪魔になってはいけないと、わざと彼を突き放したのだった。それを知ったライガーは彼女を救出に向かう。彼の前に立ちはだかったのは、彼が子供の頃から憧れていたボクシング選手マーク・アンダーソン(マイク・タイソン)だった。決勝戦そっちのけでライガーはマークと戦い、彼を打ち負かす。
論理的に筋を追おうとする努力をあざ笑うような、支離滅裂なストーリーの映画である。決して理性と共に鑑賞してはならない。まるで撮影しながら脚本を書いているかのようだ。ダンスシーンの入り方も脈絡を無視した唐突なもので、インド映画の進化に逆光している。コロナ禍の中、海外ロケを敢行したり、ボクシング界の伝説マイク・タイソンを起用したりと、少なくない予算を掛けて作られた映画だが、興行的に大失敗に終わった。それも頷ける出来である。
主人公のライガーは滅法強かったが、吃音症で、何かをしゃべろうとするとどもってしまっていた。吃音症はヒンディー語で「हकला」というが、ヒンディー語映画には意外に吃音のキャラがよく登場する。「Jagga Jasoos」(2017年)の主人公ジャッガーは同様に吃音症だったし、「Kaminey」(2009年)にも吃音やそれに類した言語障害を抱える双子が登場した。「Indu Sarkar」(2017年)の主人公インドゥも吃音症であった。トゥレット症候群の女性を主人公にした「Hichki」(2018年)という映画もあった。
主人公が吃音症であることが何かの伏線になっているのかと思って観ていたが、結局のところ、それが明確に何かにつながってくることはなかった。要するに主人公は意味なく吃音症を抱えていただけだった。この種の支離滅裂な設定がこの映画には散見され、ストレスが溜まる。
ライガーはムンバイーで截拳道の道場に入門する。截拳道はブルース・リーが創設した武道であり、道場にはブルース・リーの大きな写真が掲げてあった。しかしながらライガーが子供の頃から憧れていたのはブルース・リーではなく、ボクシング選手のマイク・タイソンであった。映画の中ではマーク・アンダーソンという名前になっていたが、明らかにマイク・タイソンそのものであった。なぜライガーがボクシングジムに通わずに截拳道の道場に入門したのかも、よくよく考えてみたらおかしな点である。
しかしながら、マイク・タイソンのカメオ出演を実現してしまったところは素直に賞賛したい。彼がインド映画に出演するのは初めてのことだ。なぜかヒロインのターニヤーを誘拐するマフィア役だったが、そんなところもこの映画の数ある突っ込み所の中ではどうでもいい部類に入る。
チャンキー・パーンデーイとアナンニャー・パーンデーイの父娘共演はこれが初である。「Student of the Year 2」(2019年)でデビューしたアナンニャーは現在若手トップ女優の一人だ。かわいいがお馬鹿な女の子役がよく似合い、「Liger」でもそんな役を演じていた。しかもライガーを、吃音症を理由にこっぴどく振るという、かなり嫌な女役である。一応終盤でその真意が明らかになって名誉を回復するものの、嫌な女のイメージは抜けない。よくこんな役を演じる気になったと思うが、本人はあまりよく考えていないのだろう。
主演のヴィジャイ・デーヴァラコンダーは、「Kabir Singh」(2019年)の元ネタ「Arjun Reddy」(2017年)などで知名度を上げた俳優である。格闘家役ということでよくボディーを作っていたし、ダンスもうまかった。ただ、「Liger」がコケたことでヒンディー語映画界に地盤を固めることはできなかった。
ラミヤー・クリシュナンは「Baahubali」シリーズのときと全く同じノリで母親役を演じていた。「Baahubali」はまだ時代劇だったので良かったが、現代劇である「Liger」でこのような演劇調の演技をされると、オーバーアクティングのレッテルを貼らざるをえなくなる。「Om Shanti Om」(2007年/邦題:恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム)でキロン・ケールが演じた母親役のように、ギャグでわざとやっているのだろうか。
音楽はほとんどストーリーとの脈絡なしに挿入されるが、その分、どれも単体で切り出しても売れるようないい曲ばかりだった。それに、汎インド映画を狙って作られただけあって、北インドと南インドの音楽がうまくミックスされていると感じた。「Coca 2.0」は北インドのバングラーっぽい曲だったし、「Akdi Pakdi」のビートは南インド的だった。「Aafat」もセクシーな曲であった。どの曲でもアナンニャー・パーンデーイが踊りを踊っており、彼女の魅力がよく引き出されていた。
「Liger」は、総合格闘技を題材にした映画だが、行き当たりばったりで作られたような支離滅裂な出来である。それでも、ヒロインのアナンヤー・パーンデーイが引き立っていたし、彼女が父親と初共演する点も話題性がある。さらにはマイク・タイソンまでカメオ出演している。音楽も非常にいい。かなり尖った映画で、万人受けはしないだろうが、刺さる人には刺さる映画である。