Kacchey Limbu

3.0
Kacchey Limbu
「Kacchey Limbu」

 2023年5月19日からJioCinemasで配信開始された「Kacchey Limbu(未熟なライム)」は、クリケット映画の一種であるが、クリケットはクリケットでも、ムンバイーのソサイエティー(団地)で開催される草クリケットを主題にした、一風変わった映画である。プレミア上映は2022年9月11日、トロント国際映画祭だった。

 監督はシュバム・ヨーギー。過去に数本の短編映画を撮っているが、長編映画の監督は初である。主演はラーディカー・マダン。他に、ラジャト・バルメーチャー、アーユシュ・メヘラー、マヘーシュ・タークル、プールヴァー・パラーグなどが出演している。

 ムンバイーにある何の変哲もない団地アンクル・ソサイエティーでは、住民たちによる草クリケット大会が開催されていた。アディティ・ナート(ラーディカー・マダン)の兄アーカーシュ(ラジャト・バルメーチャー)はそのスター選手であった。アーカーシュの夢もクリケット選手になることだった。しかし、父親のアジト(マヘーシュ・タークル)はアーカーシュに、企業に就職し仕事をして欲しいと思っていた。また、アディティは父親の指示に従って医学の勉強をしたり、母親の勧めに従ってバラタナーティヤムを習ったりしていた。

 ある日の家族会議で、アーカーシュは草クリケット大会にてアディティのチームが彼のチームを負かせたら、父親の言うとおり就職すると約束する。アディティは5人のチームを編成し、参加を申し込む。「カッチェー・リンブー(未熟なレモン)」と名付けられたチームは、キャプテンのアディティの他に、アディティに言い寄っていたカビール(アーユシュ・メヘラー)、サッカー少年ユヴィ、かつての有名選手スダーカル、そして警備員のザーキルで構成されていた。

 寄せ集めの新参チームだったため、誰もカッチェー・リンブーが勝ち進むとは考えていなかったが、一回戦ではアディティがハットトリックを決めて勝利し、準決勝に進む。準決勝の対戦相手には元恋人もいたが、やはり勝利し、決勝戦に進む。決勝戦ではアーカーシュが率いるテナーズとの対戦になった。惜しくもカッチェー・リンブーは負けるが、アーカーシュは就職しながらクリケットもすることを決め、父親を喜ばせる。また、アディティも自分の人生を自分で決める自信を付ける。

 主人公のアディティは自分を持っていない人間で、父親から医学を学べと言われて医学を学んでいたし、母親からバラタナーティヤムを習えと言われてバラタナーティヤムを習っていた。漠然とファッションを学びたいと思っていたが、親には言い出せなかった。しかも、その願望も友人たちからの影響かもしれなかった。その受け身な姿は「Queen」(2014年/邦題:クイーン 旅立つわたしのハネムーン)の主人公ラーニーと重なる。一方、兄のアーカーシュは、クリケット選手として将来を嘱望されながら大成せず、草クリケットで活躍するに留まっていた。当初は父親も息子がプロのクリケット選手になると信じて疑わなかったが、徐々に現実を直視するようになり、彼を就職させようとする。

 インドでは、親が子供に過度の期待を掛けすぎるために、子供にかなりのプレッシャーが掛かっているということが少し前から指摘されるようになっていた。ナート家の兄妹もその典型だ。アーカーシュには幼少時からクリケット選手になる期待が掛けられる。成長するにつれてそれが非現実的な夢だと分かると、父親は今度は彼に早く就職するように圧力を掛けた。父親の夢に従ってクリケット一筋の人生を歩んできたアーカーシュは困惑する。アディティには医療関係者になる夢が掛けられていたが、こちらの方はまだ続行中だった。

 しかしながら、アーカーシュの身には2つの出来事が同時に起こる。ひとつはアンダーアム・プレミアリーグ(UPL)という草クリケットのリーグにスカウトされたことだ。アーカーシュが草クリケットで離れ業を見せ、その動画を伝説的なクリケット選手サチン・テーンドゥルカルがシェアしたことで、彼は一躍有名人になっていた。既にアーカーシュは26歳になっていたが、クリケット選手になる夢を叶えるための第一歩をやっと踏み出せそうだった。もうひとつはスタンドアップ・コメディアンの女性との出会いだ。彼女は仕事をしながらコメディアンの仕事も両立させていた。これらの出来事に影響をされ、アーカーシュは最終的に父親の顔を立てて就職すると同時にクリケットも続けるという妥協案を見出す。正直いって、なぜもっと早くそういう道を選ばなかったのか不思議なくらいだが、アーカーシュのエピソードについては草クリケット大会とは関係なく決着が付いていた。

 映画の後半を占める草クリケット大会はアディティの人生に大きな影響を及ぼした。両親の言うことにひたすら従ってきたアディティは、きっかけはどうあれ、自分のチームを立ち上げるという積極的な行動に出たことで、自らの力で自らの人生を切り拓いていく手応えを感じる。結局、兄のチームを負かせるという目標は達成できなかったものの善戦し、自分のやりたいことを時間を掛けて探すことから始めていく決意をする。

 心地よくエンディングを迎えていたが、ストーリーや人間関係はまとまっていない。アディティが草クリケットの試合に参加するのを決めた動機からよく分からない。兄に就職させるためではあるが、彼女は誰よりも兄がクリケット選手になることを応援していた。カビールとアディティの関係、カビールとザーキルの関係など、説明されていないことが他にも多すぎて、エンディングの爽快感に水を差す。また、後半の草クリケット試合シーンはワンパターンすぎて興奮を欠いた。それに、寄せ集めのチームが初めての試合で健闘するところなどは「Lagaan」(2001年/邦題:ラガーン クリケット風雲録)そのままだ。映画の中でも「Lagaan」が言及されていた。

 それでも、団地で行われる草クリケットを題材にした着眼点は良かったし、俳優たちが非言語的なコミュニケーションを取る様子が効果的に映し出されていて、監督のセンスは感じた。

 主演のラーディカー・マダンは「Mard Ko Dard Nahi Hota」(2019年/邦題:燃えよスーリヤ!!)のヒロインだ。デリー出身の彼女は、デリーっ子特有の口で転がすようなヒンディー語を話す。発音がクリアでなく、何を言っているのか分からない場面が多い。彼女は常にそういう話し方をするので、それを自分の強みとしているのであろう。確かに現代的な印象を受けるが、台詞を聴き取るのに苦労する。

 兄アーカーシュを演じたラジャト・バルメーチャーは「Udaan」(2010年)の少年ローハン役で華々しくデビューした男優だ。ただ、それ以降はあまり話題作に出演していない。見た目が優しすぎるためヒーロー男優には向かないだろうが、場を和ませるような演技ができる俳優だと感じた。

 「Kacchey Limbu」は、両親の言いなりになり、クリケット選手を目指す兄をひたすら尊敬して自分を持てなかった女性が、草クリケット大会への参加を通して自我に目覚めるという成長物語だ。後半のワンパターンな試合シーンを無理矢理心地よく切り上げて体裁を整えているが、細かい部分はまとまりに欠ける。着眼点が良かっただけに残念な作品だ。