2007年6月8日公開の「MP3: Mera Pehla Pehla Pyaar」は、初恋をテーマにした甘酸っぱい青春ロマンス映画である。公開当時はインドに住んでいたがこの映画は見逃しており、2023年5月18日に鑑賞してこのレビューを書いている。
監督は「Samay」(2003年)のロビー・グレーワル。主演は新人のルスラーン・ムムターズとヘイゼル・クローニー。ヘイゼルは本作でインド人女性役を演じているが、実際には英国人である。他に、マノージ・パーワー、カンワルジート・スィン、ガウラヴ・ゲーラーなどが出演している。
題名の「MP3」は、音声ファイルフォーマットの名称から取られていると思われる。それを「MPPP」、つまり「Mera Pehla Pehla Pyaar(僕の初めての恋)」の略ということにして、このロマンス映画の題名にしている。
デリー在住の高校生ローハン・スード(ルスラーン・ムムターズ)は、ロンドン帰りの転校生アーイシャー・メヘラー(ヘイゼル・クローニー)と出会い、仲良くなる。ローハンはアーイシャーに好意を寄せていたがなかなか言い出せなかった。ローハンはアーイシャーを連れてデートに行き、そこでライバルのシャーンタヌと喧嘩をし、帰りにアーイシャーと共に交通事故に遭ってしまう。二人は無事だったものの、この晩のことがきっかけで二人の仲に亀裂が入る。 アーイシャーは母親と共に叔母のパルミンダルを訪ねてパリへ行くことになる。デリーに一人残されたローハンは孤独を感じ、パリへ行くことにする。彼はヴィザを取得するために書類を偽造し、父親のクレジットカードを盗んで航空券を購入して、アーイシャーを追ってパリまで行く。だが、父親にクレジットカードの不正利用がばれ、捜索願が出されいていた。ローハンはインド大使館で拘束されるが逃げ出し、アーイシャーをエッフェル塔に呼び出す。 アーイシャーは母親と共にロンドンへ行くことになっていたが、ローハンからの電話を受け、エッフェル塔に急ぐ。エッフェル塔の前でアーイシャーに再会したローハンは彼女に愛の告白をし、キスをする。
学校で問題ばかり起こし放校寸前の落ちこぼれローハンが、ロンドンから転校してきたアーイシャーと出会って恋に落ちるという導入部である。ロンドン帰りというといかにもタカビーなイメージがあるのだが、アーイシャーは伝統的なインド人女性らしい奥ゆかしい女の子で、かえってクラスメイトから「男子の扱い方」指南を受けるくらいだった。
アーイシャーの父親はパリのエッフェル塔で母親にプロポーズをし、ファーストキスもした。アーイシャーはそれを最高にロマンチックな出来事として考えており、自分の身にもそのようなロマンスが訪れることを夢見ていた。
アーイシャーは休暇にパリへ行くことになっていたが、その前にローハンは彼女と喧嘩をしてしまう。アーイシャーと離れ離れになり、彼女の存在の大きさを改めて実感したローハンは、なんとパリへ行くことを決意する。ローハンの家は裕福だったが、高校生の彼に渡航費があるわけはなかった。往復航空券だけでも4万ルピーする。しかも、インド人がフランスに入国するためにはヴィザも必要だった。
こういうとき、インド映画では友人たちがとても頼りになる。ローハンの周囲にも複数の親友がおり、彼の恋愛を強力に応援していた。まず、ローハンは学校からレターヘッドを盗み出し、それを使って、ローハンを数学オリンピックの学校代表だと証明する書類を偽造する。数学オリンピックがちょうどパリで行われることになっており、学校からのレターがあればヴィザが下りそうだったのだ。次に渡航費の工面だが、ローハンは迷わず父親のクレジットカードを不正利用する方法を採る。はっきりいって彼らのやっていることは犯罪だが、インド映画ではこういうとき、多少の不正には目をつむって恋愛を応援する傾向にある。
また、ローハンの友人たちは、iPodや自転車など、大切にしていた金目の私物を売り払ってローハンのための旅費を捻出する。インド映画を観ていると、こういう自己犠牲的な友情の在り方をよく目にする。インド在住経験者から見て、それはあながち嘘とは言い切れない。インド人の友情は本当に篤いのである。
首尾良くパリに着いたローハンは、唯一の手掛かりであるアーイシャーの叔母の名前から彼女を探そうとする。インド大使館からお尋ね者になったローハンは一時デリーに強制送還されそうになるが、機転を利かせて逃げ出し、エッフェル塔にアーイシャーを呼び出して、そこで彼女と落ち合う。それまでにローハンはパリの旧市街を自転車で駆け抜け、アーイシャーはハイヒールを脱ぎ捨てて裸足で走った。ローハンは待ち合わせの時間には遅れたものの、何とか彼女と会うことができ、彼女に愛の告白をすることもできた。そして二人はファーストキスを交わす。
ほとんど捻りのないストレートな青春ロマンス映画だ。脇役が多少コミカルなシーンを演出するが、基本的にはローハンとアーイシャーの甘酸っぱい恋愛がフォーカスされる。前半はスローペースだが、ローハンがパリにまで行ってしまう後半には一定のグリップ力があった。
この作品でデビューしたルスラーン・ムムターズは、ベテラン女優アンジャナー・ムムターズの息子である。今回は高校生役を演じており、若く見えるのだが、撮影時は既に20代半ばだったはずである。まだ演技は未熟で、スター性は感じない。ヒロインのアーイシャーを演じたヘイゼルは、タイ旅行中に「Janasheen」(2003年)でエキストラをし、そこからインドでモデルなどをして、この映画で本格デビューをした英国人女性だ。言われなければ色の白いインド人だが、おそらく台詞は吹き替えだったのではないかと思う。どちらかといえば待つタイプの女性役であまり積極的に行動する場面は少なかった。
デリーが舞台の映画ということで、デリーの各所でロケが行われていたが、ふと目に留まったのは、ジャワーハルラール・ネルー大学(JNU)構内で撮影されたと思われるいくつかのシーンだ。JNU近くのバサントローク・マーケットで撮られたシーンもあったので、JNUでもロケが行われたと思われる。
「MP3: Mera Pehla Pehla Pyaar」は、高校生の男女が主人公の青春ロマンス映画だ。後半は舞台がパリに移ってスケールが大きくなるが、前半は仲良くなった男女が自分たちの関係が「友達」なのか「恋人」なのかの間で揺れ動くという王道の展開で退屈である。あとはルスラーン・ムムターズのデビュー作という点が特筆できるくらいか。無理に観る必要はない映画だ。