インドの高等教育機関というと、どうしてもインド工科大学(IIT)が有名だが、もちろんインドには他にも多くの優れた大学などがある。IITは基本的にITエンジニアを含むエンジニアを輩出する学校だが、インドにおいてITエンジニアと並んで人気の職業が医者である。そして、インド最高峰の医科大学というと、デリーの全インド医科大学(AIIMS)になる。この略称は「エイムス」と呼ばれる。
アジアンドキュメンタリーズで配信中の「Placebo」は、AIIMSの学生寮に潜入して撮影されたドキュメンタリー映画である。IITが舞台のモデルになった映画は、「3 Idiots」(2009年/邦題:きっと、うまくいく)をはじめいくつかあるが、AIIMSを取り上げた映画は珍しい。
監督はアバイ・クマール。作品を観ると、2011年から13年にかけて撮影されている。そして、2014年11月22日にアムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭でプレミア上映され、インドでは翌年のムンバイー映画祭で上映された。邦題は「プラセボ あるインドの名門医学生の心理」となっている。題名の「Placebo」は、「プラセボ」と表記するよりも「プラシーボ」とした方が通りがいいだろう。「プラシーボ効果」のことで、「偽薬」や「気休めの薬」を意味する。
映画は、アバイ監督が、AIIMSで学ぶ弟のサーヒルを訪ねるところから始まる。サーヒルは学生同士のいざこざに巻き込まれて怪我をし、手術を受けた。この事件がきっかけで、既に当時短編映画を何本か撮っていたアバイ監督は、AIIMSの学生たちの心理に興味を持ち、AIIMSの学生寮でカメラを回し始めたのである。
主な被写体になっているのは、サーヒルに加えて、彼の友人のK、チョープラー、セーティーの4人だ。合格率0.1%という、世界でも最難関の受験戦争を勝ち抜いてきた天才たちだ。ちなみに、IITの合格率は1.0~1.5%とされている。彼らの発言を聞くと、さすがに医学生なだけあって、日常会話の中に医学用語が混ぜられ、非常に高度な会話をしていることが分かる。天才ではあるが、学生らしい悪ふざけもしている。
ただ、この映画はそんな医学生たちの青春群像を描きだした作品ではない。アバイ監督が撮影を始めた当初はあまり作品作りの目的が定まっていないように見えたが、終盤になるとテーマが固まってくる。それは医学生の自殺問題である。AIIMSでは自殺が相次いでおり、アバイ監督はその理由を探り出すのである。
とはいっても、自殺してしまった医学生にインタビューをすることはできないので、周囲の人々の話から推測をするしかない。どうもアバイ監督は、大学当局によるラギング禁止令を医学生の自殺増加と結びつけて提示したいようだった。
「ラギング」とは上級生による新入生いじめである。「3 Idiots」でもラギングの様子が描かれていたが、インドの大学では日常茶飯事的に行われていた一種の通過儀礼だった。しかしながら、行き過ぎたラギングによる死者が出たことで取り締まりが強化され、今ではどの大学でもラギングを禁止している。日本の大学でいえば、新入生への一気飲み強要と、急性アルコール中毒による死と似た問題だ。
もちろん、ラギングそのものは悪しき文化なので駆逐されて当然なのだが、ラギングが上級生と新入生の距離を縮める役割を果たしていたことも事実だった。AIIMS当局はラギングを禁止すると同時に、上級生が下級生と会話をすることにも目を光らせた。結果、医学生たちの間にコミュニケーション不足が起き、悩みを抱えた学生を早期発見することが難しくなっていった。
AIIMSの学生寮で自殺者が出ても、多くの寮生たちはそれが誰なのかよく知らなかった。AIIMSの医学生が自殺したという知らせを、TVなどのニュースで知るということもあったようだ。それほど学生同士のコミュニケーションが希薄になってしまっていたらしい。筆者はちょうど同じ時期に、AIIMSからそれほど遠くない位置にある名門総合大学、ジャワーハルラール・ネルー大学(JNU)の学生寮に住んでいたが、このドキュメンタリー映画で映し出されているような、孤立した人間関係はあまり想像できない。寮生たちはお互いに密に結び付きながら勉学や遊びに励んでいた。
Kが中心になって、AIIMSで頻発する自殺問題を学長に直訴する場面もあった。彼は学長の辞任を要求していた。だが、いまいち盛り上がらず、自然消滅してしまったようだ。そもそも、学長が辞任してもこの問題は解決されない。学生運動の真似事で終わってしまっていた。その点、「レッド・キャンパス」の異名を持つ左翼学生の牙城JNUの学生運動はもっと組織的かつ過激である。最終的にKは卒業式を個人的にボイコットするという手段で抗議を示すだけに終わった。Kは卒業後にシンガポールで研修医になったようだが、2014年には音信不通になってしまったとのことで、その後のことが心配である。
ほとんどアバイ監督が一人で撮ったような低予算の作品だが、途中でグラフィックノベル的なアニメーションが入り映画を装飾しているのが特徴的だった。正直にいえば、場違いにも感じた。別にそのアニメがなくても十分に成り立った映画である。
2年ほどにわたって4人の医学生をカメラが追っていくのだが、撮られている方も変な心地がしたのではなかろうか。サーヒルが兄に、自分が怪我をしているときもずっとカメラを回していたことを責めているシーンがあったが、それが当然の反応であろう。ただ、ドキュメンタリー映画監督として、何が起こってもカメラを回し続けることを貫き、そういう自分が批判されるシーンもカットせずに映画に入れ込んだところに、アバイ監督の正直さを感じた。
AIIMSの医学生の心理というより、もっと一般的に、医学を志す若者の心理を知ることができたのが一番の収穫だったかもしれない。彼らは、自分の行動によって人の命が助かった経験を一様にしており、医師という仕事の崇高さを改めて噛み締めていた。Kは、「自分が医師であるというプライドよりも、世の中の医師に対する尊敬の方が勝っている」と述べていたが、これは多くの医師が共通して感じていることではなかろうか。
「Placebo」は、名門医科大学AIIMSの医学生の観察を通して、AIIMSで頻発する自殺問題を、微妙な距離感を保ちながら赤裸々に映し出した作品である。社会的に意義のある主張や、胸のすくような結末が用意されているわけでもないし、作品の中で提示された問題は問題のまま流されてしまうのだが、合格率0.1%以下の受験戦争を勝ち抜いてきたインド随一の天才たちの学生生活を間近で観られるのは貴重な体験だ。