Apple社はiPhoneの動画撮影性能をアピールするため、「Shot on iPhone」シリーズを製作・公開している。2023年2月3日にYouTubeで配信開始されたヒンディー語の短編映画「Fursat(暇)」も「Shot on iPhone」シリーズの一環で、全編をiPhone14 Proで撮影している。監督は、「Omkara」(2006年)や「Haider」(2014年)などで知られる、ヒンディー語映画界の巨匠の一人、ヴィシャール・バールドワージである。
バールドワージ監督は元々音楽監督として身を立てた人物であり、この「Fursat」でも作曲も担当している。主演は「Dhadak」(2018年)などのイーシャーン・カッタル。2020年代のヒンディー語映画界を牽引する若手俳優として期待されている。ヒロインはワーミカー・ガッビー。主にパンジャービー語映画界で活躍する女優だが、過去に「Sixteen」(2013年)などヒンディー語映画への出演もある。また、悪役として出演しているサルマーン・ユースフ・カーンはダンサー俳優である。
舞台はラージャスターン州ジャイサルメール。ニシャーント(イーシャーン・カッタル)は未来を見るための機械「ドゥールダルシャク」の開発に没頭していた。あまりに没頭するあまり、幼馴染みの恋人ディヤー(ワーミカー・ガッビー)との婚約式をすっぽかしてしまう。だが、彼はドゥールダルシャクによってディヤーの未来を見ることができるようになっていた。彼が見た彼女の未来では、ディヤーは列車に乗っているときに盗賊に襲われていた。 ニシャーントはディヤーの乗った列車をバイクで追い掛ける。その列車ではディヤーと米国在住NRI(在外インド人)アルジュンの婚約式が行われようとしていた。列車に乗り込んだニシャーントはディヤーを説得するが、彼女はニシャーントの言うことを信じようとしなかった。そこでニシャーントは列車の緊急停止チェーンを引く。ちょうどその場所では盗賊の親玉(サルマーン・ユースフ・カーン)とその部下たちが待ち構えていた。列車に乗り込んだ盗賊たちは金品を強奪し始める。ニシャーントは止めに入り、ドゥールダルシャクと引き換えに乗客の安全を確保しようとするが、親玉はまともに取り合わない。 そのとき、親玉が心臓発作を起こして倒れる。医師のディヤーはAEDを使って彼を蘇生させる。ニシャーントとディヤーは結婚することになり、盗賊の親玉も出席する。
30分ほどの短い映画なので、いかに天下のヴィシャール・バールドワージ監督といえども、深みのある物語にすることはできていなかった。基本的には定番のロマンス映画で、別の男性と結婚することになった恋人を止めようとする主人公の物語だ。しかしながら、そこに未来を見る機械「ドゥールダルシャク」という小道具を入れ込み、SFの要素を加えていたし、音楽監督上がりの映画監督らしく、歌と踊りをふんだんに盛り込んで、「ミュージカル映画」と呼んで差し支えない仕上がりになっていた。
iPhoneという道具と、30分という枠を与えられたときに、普通の映画監督ならば、それらの縛りを活かしやすいアート系映画を撮ろうとするのではなかろうか。そこをバールドワージ監督は敢えて歌と踊り、豪華絢爛な衣装、そして分かりやすい筋書きで彩られた典型的なマサーラー映画の形式で撮った。インド人映画監督としてのプライドを見せたと受け止められる。
また、イーシャーン・カッタル、ワーミカー・ガッビー、そしてサルマーン・ユースフ・カーンという、これから伸びていきそうな俳優たちを起用し、彼らにチャンスを与えている点も評価したい。尺が短いこともあって、じっくりと演技をする機会は少なかったが、3人とも躍動感があり、若さを感じた。ストーリーの合間にコンテンポラリーダンスが差し挟まれていたが、コレオグラファーはシヤーマク・ダーヴァルである。
iPhoneの宣伝のために作られた映画なので、iPhoneの様々な性能をアピールするような演出がなされている。例えば水中撮影のシーンがあったが、iPhoneの耐水性能を知らしめるためのものであろう。また、ジャイサルメールの街中をイーシャーン・カッタル演じる主人公ニシャーントが走り抜けるシーンがあったが、その中で、真上に向けて置かれたカメラの上をニシャーントが飛び越えるシーンがあった。このような撮り方ができるのも、平べったいiPhoneならではだ。
「Fursat」は、ヒンディー語映画界の俊才ヴィシャール・バールドワージが、Apple社の「Shot on iPhone」シリーズの一環で、iPhoneで撮影した30分ほどの短編映画である。インドならではのマサーラー映画仕立てになっており、短い上映時間の中に様々な要素が詰め込まれていて退屈しない。気軽に観られるインド映画である。