2022年10月28日公開の「Tara vs Bilal」は、英国を舞台にしたNRI(在外インド人)主体の映画で、結婚の偽装を主題にした、典型的なマルチプレックス映画である。台詞にも英語が多用されており、ヒングリッシュ映画に分類しても差し支えない。ジョン・アブラハムがプロデューサー陣に名を連ねている。
監督は「Bobby Jasoos」(2014年)のサマル・イクバール。主演は、テルグ語映画界で活躍し、「Sanam Teri Kasam」(2016年)などのヒンディー語映画にも出演があるハルシュヴァルダン・ラーネーと、新人のソニア・ラーティー。他に、モーナー・アンベーガーオンカル、ニキー・ワーリヤー、ディーピカー・アミン、シャグフター・アリー、プラナイ・マンチャンダー、ラヒーム・ミール、サルマド・ヴァラーイチ、シェヘザーディー・バッティー、イーシュヴィーン・グラーティー、イシュィーン・グラーティーなどが出演している。
舞台はロンドン。お見合い系サイトで出会ったカラン(サルマド・ヴァラーイチ)と結婚し、インドからロンドンにやって来たターラー(ソニア・ラーティー)は、すぐに結婚が詐欺だったことに気付く。カランは金目の物を奪って逃走した。後に取り残されたターラーは、宿泊していたホテルから追い出される。そのホテルは、ビラール(ハルシュヴァルダン・ラーネー)の母親(シャグフター・アリー)が経営していた。 ターラーは、唯一の知り合いであるデイジー(モーナー・アンベーガーオンカル)を頼る。デイジーはロンドンでゲイバーを経営していた。デイジーはターラーの暗算力を買い、彼女をバーの会計士として雇う。ターラーは、ゲイバーでダンサーを務めるリッツ(ラヒーム・ミール)と仲良くなる。ビラールの親友で医師のジギー(プラナイ・マンチャンダー)はリッツに一目惚れし、彼と付き合うようになる。 法学を勉強しながら弁護士の資格が取れなかったビラールは、毎日無為に過ごしており、バイクに乗って走り回っていた。彼は母親たちから早く結婚するように言われており、偽装結婚を考える。ターラーはビラールが偽装結婚相手に15,000ポンドを払うと言っているのを聞き、自分から申し出る。ビラールはターラーを許嫁として母親などに紹介する。なるべく母親たちに心象を悪くしておいて、結婚式翌日に逃亡する算段だった。 ターラーは街中でカランに会い追い掛けられるが、ビラールが彼女を助ける。次第に二人は本当にお互いを結婚相手として考えるようになるがなかなか言い出せなかった。結婚式の翌日、計画通りターラーは逃げ出す。だが、ターラーを愛していることに気付いたビラールは彼女を空港まで追い掛けようとする。彼は13歳の頃、父親が列車に飛び込んで自殺した現場を目撃してしまい、それ以来、駅に入ることができなかった。ターラーは駅にいると直感したビラールは、空港ではなく駅に向かう。そこでターラーと再会し、彼女に愛の告白をする。ターラーも彼のその言葉を待っていたのだった。
インド人女性とNRI男性の偽装結婚は時々映画のテーマになる。インドの慣習では婚姻時に花嫁側が花婿側に多額の持参金を支払うが、NRI男性はその持参金を目当てにインド人女性と結婚する。インド人女性側も、外国に永住権や国籍を持つ男性との結婚により、海外に居住する機会が得られる。あくまで契約として結婚し、お互いの目的が達成された後に結婚を解消する。ウィンウィンの形での偽装結婚もあるが、持参金目当ての詐欺ということもある。例えば「Cocktail」(2012年)のミーラーは結婚詐欺に遭ってロンドンで路頭に迷うことになっていた。
「Tara vs Bilal」の主人公ターラーは、カランというロンドン在住NRI男性とネットのお見合い系サイトを通して出会い、結婚する。カランには多額の持参金が支払われた。だが、ロンドンに渡って翌日に彼女は金品を奪われ、結婚が詐欺だったことに気付く。さらに、彼女は配偶者ヴィザではなく観光ヴィザで入国しており、働いて稼ぐことができなかった。
もうひとつの偽装結婚は、もう一人の主人公ビラールによるものだ。彼は、ホテルを経営する母親と祖母、そして2人の叔母、そして双子の姪と共に暮らしていた。つまり、家族の中に男性は彼一人だった。父親は彼が13歳の頃に自殺しており、いなかった。裕福な家庭の中で、騒がしい女性たちに囲まれちやほやされて育ってきたためか、ビラールはバイク好きの遊び人になってしまっていた。母親たちは彼を何とか早く結婚させようとする。そのプレッシャーに嫌気が指したビラールは、適当な女性との結婚を偽装し、彼女たちを黙らせようとする。白羽の矢が立ったのがターラーであった。
つまり、ターラーは結婚詐欺の被害に遭いながら、金のために、偽装結婚の片棒を担ぐことになったのである。
偽装結婚のつもりだったターラーとビラールはいつしか恋に落ち、本当に結婚することになるという展開はこの種の恋愛映画の定石だ。ゲイのダンサーなど、特殊な登場人物や、女性ばかりの一家という家族構成など、奇妙奇天烈に飾り立てられていたが、本筋はシンプルかつストレートで分かりやすかった。ただ、予想した通りの終り方だったので、もう少し捻りが欲しかったという気持ちもある。
テルグ語映画界の俳優ハルシュヴァルダン・ラーネーはここのところ頻繁にヒンディー語映画に出演しており、汎インドスターを狙っているように見える。ターラーを演じたソニア・ラーティーは、これといって特徴のない美人で、演技もブラッシュアップが必要だが、伸びしろは感じた。
題名からは、いかにもターラーとビラールが対決するように見えるが、この二人がぶつかり合っていたのは序盤のみで、偽装結婚という同じ舟に乗ってからは、基本的に協力関係にあった。
「Tara vs Bilal」は、インドのロマンス映画の常套である結婚を巡る物語だ。ただ、順風満帆の結婚映画ではなく、結婚詐欺から始まり、偽装結婚を経て、真の結婚に至るというローラーコースターライドになっている。何か新しいことに挑戦したり、新境地を開拓したりしている映画ではないが、つまらない映画でもない。