ホラー映画にもいろいろな種類があるが、実際にお化けや殺人鬼が登場するタイプのホラー映画は実はあまり怖くない。一番怖いのは、超常現象を使わず、現実世界そのままでホラーを演出するタイプのホラー映画だ。その点、密室に一人で閉じ込められた2歳児の行動をひたすらカメラが追い掛ける「Pihu」は最高に怖いホラー映画だ。しかも、実話に基づくストーリーということで、より迫真性が増す。
「Pihu」のプレミア上映は2016年9月30日のバンクーバー国際映画祭。インドでの劇場一般公開は2018年11月16日である。監督は「Miss Tanakpur Haazir Ho」(2015年)のヴィノード・カープリー。主演というよりほぼ唯一のキャストは2歳児のピーフー・マイラー・ヴィシュワカルマーという前代未聞の映画である。母親を演じるのはピーフーの本当の母親であるプレールナー・ヴィシュワカルマー。声のみでラーフル・バッガーとリシター・バットが出演している。
舞台はデリー。高層マンションの一室に住むガウラヴ(ラーフル・バッガー)とプージャー(プレールナー・ヴィシュワカルマー)の間にはピーフーという女児がいた。ピーフーは2歳の誕生日を迎えたばかりだった。 誕生日パーティーの翌朝、ピーフーは目を覚ます。早速母親のところへ行くが、なかなか目を覚まさない。ピーフーは気付かなかったが、前の晩に両親は喧嘩をし、父親は家を出て、母親は睡眠薬自殺をしていた。 ピーフーは一人でトイレへ行ったり食べ物を探したりする。2歳児にとって家の中には危険がいっぱいだった。アイロン、冷蔵庫、電子レンジ、ガスコンロ、ギザ(電気温水器)、殺虫剤、睡眠薬などである。また、ピーフーはベランダから落ちそうにもなる。 夕方、ようやくガウラヴが家に帰る。家の中は煙が充満し、水浸しになっていたが、死んだ母親が横たわるベッドの下でピーフーが無事でいるのを発見する。
まず、どうやって撮ったのか分からない映画だ。映像通りのことが行われたとすると、主演を務めるピーフーにかなりの危険を冒させたことになる。例えば、電源が付いたアイロンが高めのアイロン台の上に置かれており、今にもピーフーの上に落ちそうになっている。ピーフーがベランダの柵をよじ登って階下をのぞき込むシーンもあり、ヒヤヒヤする。ピーフーが睡眠薬をパクパク食べてしまうシーンもあった。もちろん、きちんと安全を確保して撮影されたのであろうが、あまりに映像がリアルなので、ピーフーが本当に映像通りのことをしているように感じてしまう。
どうも事前にほとんど台本を用意せず、ピーフーを自由に行動させ、それに従ってストーリーを組んでいく方式で一本の映画にまとめ上げたようである。ピーフーはほとんどカメラ目線をせず、ごく自然に子供らしい仕草をしていたが、ピーフーの演技がどうのこうのというよりも、監督の撮り方が非常にうまいということだろう。
基本的にはスリルを楽しむための映画だが、もしそこに無理に何らかのメッセージ性を読み取るとしたら、日常生活に潜む危険への警鐘であろう。通常、2歳児がいる家には一緒に大人がいて危険を管理しているものだが、いざ何らかの事情で2歳児が自由に行動するようになると、数々の危険に囲まれていることに気付く。しかしながら、「Pihu」の中でピーフーが見せていた行動の中には、2歳児にそんなことができるのかというものも含まれていた。例えば電子レンジやガスコンロでローティーを温めようとしていたが、そんなことまでできるのかと驚く。
また、既にピーフーはだいぶ言葉をしゃべれるようになっていたが、既にヒンディー語と英語のバイリンガルであった。多言語生活をするインド人の子供なら十分にあり得る話だが、日本人の視点から改めて見るとこれも驚愕である。
ピーフーが一人で取り残されてしまったのは、両親が夫婦喧嘩をし、父親が家を出た後に母親が自殺をしたことが原因だった。母親はピーフーも道連れにしようとしたができず、単独での死を選んだ。しかしながら、いくらパニック状態にあったからといって、2歳児を一人で後に残して自殺する母親がいるだろうか。また、もし誰の日常にでも起こり得る出来事として観客に提示してより恐怖を煽ろうとするならば、母親の死は自殺ではなく突然死などにした方がより現実感があったのではないかとも感じた。
「Pihu」は、まずアイデアが秀逸な映画であり、次にそれを実現したところにすごさがある。ほぼ一人の2歳児のみを延々と映し出すことでひとつの作品を作り上げてしまったことにも驚きだが、きちんとストーリーになっており、しかも下手なホラー映画よりよほど怖い。低予算映画ではあるが、このような秀作を送り出したヴィノード・カープリー監督に拍手を送りたい。