インド刑法(IPC)第295条は宗教感情を傷付ける行為を禁止している。そうでなくともインドでは宗教は非常にセンシティブなトピックで、特定の宗教もしくは宗教全般を揶揄するような内容の映画は作りにくい。それでも、宗教をも聖域にせずに題材にしたヒンディー語映画はいくつかある。「OMG: Oh My God!」(2012年)や「PK」(2014年)がその代表格だ。
2016年3月11日公開の「Global Baba」も宗教を題材にした映画のひとつである。「バーバー」とは宗教的な指導者に付けられる尊称であり、「尊師」などと訳すのが原義に近い。インドに数多く存在する怪しげなバーバーを取り上げた映画であり、宗教ビジネスを批判した内容である。「OMG」や「PK」とも共通している。
監督はマノージ・ティワーリー。同名の俳優出身政治家がいるが別人である。キャストは、アビマンニュ・スィン、パンカジ・トリパーティー、ラヴィ・キシャン、サンディーパー・ダル、アキレーンドラ・ミシュラー、サンジャイ・ミシュラーなど。演技派や個性派として知られる俳優たちばかりだ。また、「Holi Me Ude」というホーリー曲で、ボージプリー語映画で活躍する歌手・俳優のケーサリー・ラール・ヤーダヴがカメオ出演している。
ウッタル・プラデーシュ州警察のジェイコブ警部(ラヴィ・キシャン)はお尋ね者の殺し屋チッラム・ペヘルワーン(アビマンニュ・スィン)を捕まえ、フェイク・エンカウンターで殺そうとする。チッラムは後ろから2発打たれ、崖から落ちて激流に呑まれる。ジェイコブ警部たちは、チッラムは死んだものを考えた。ところがチッラムは生きており、サードゥに救われた。満身創痍のチッラムはサードゥの格好をしてヴァーラーナスィーまで行き、そこでかつての部下ダムルー(パンカジ・トリパーティー)と偶然再会する。ダムルーは「マウニー・バーバー(沈黙の尊師)」を自称して喜捨銭を集めていた。ダムルーはチッラムに、殺し屋稼業よりも宗教の方が儲かると吹き込む。 チッラムとダムルーはウッタル・プラデーシュ州カビールガンジに移動する。そこでチッラムは「グローバル・バーバー」を名乗り、ダムルーの補助を受けて、宗教活動を開始する。瞬く間に信者を集め、グローバル・バーバーのアーシュラム(道場)が建つ。その土地はアーディワースィー(先住民)のものだったが、州内務大臣ダッルー・ヤーダヴ(アキレーンドラ・ミシュラー)を抱き込み、認めさせる。しかし、カビールガンジの署長として赴任したジェイコブ警部は、いち早くグローバル・バーバーの正体を見抜き、監視を続ける。 TVレポーターのバーヴナー・シャルマー(サンディーパー・ダル)は、グローバル・バーバーに誘われて彼の下で働くようになる。だが、実は彼女はヤーダヴ大臣によってスパイをするために送り込まれていた。州選挙が近付いており、ヤーダヴ大臣は多くの信者を抱えるグローバル・バーバーを取り込んで選挙を有利に戦おうとするが、グローバル・バーバーはライバル政党のバーヌマティーとくっ付き、公認候補として立候補する。 ヤーダヴ大臣はグローバル・バーバーを追い落とすため、バーヴナーにグローバル・バーバーの秘密が入ったデータを盗み出させる。だが、お見通しのグローバル・バーバーはバーヴナーに別の小包を渡し、ヤーダヴ大臣のところへ届けさせる。ヤーダヴ大臣が演説集会を開いているところにバーヴナーはやって来るが、その小包の中には爆弾が入っており、群衆の中で爆発する。怖じ気づいたヤーダヴ大臣はグローバル・バーバーの軍門に降り、出馬を取り止めると同時に、先般の爆発事件を外国勢力の仕業と公表する。 ダムルーはグローバル・バーバーと仲違いし、秘密のデータを持ってジェイコブ警部を訪れる。ジェイコブ警部はそのデータを見てほくそ笑む。
この映画がもっとも訴えたいのは、宗教の名の下に多額の金を集め、政治や行政を意のまま動かす怪しげな新興宗教の指導者たちへの警鐘である。一般にインド人は非常に信心深く、バーバーのような異形の者たちを簡単に信じてしまう。バーバーと呼ばれる人々の過去は公表されないことが多く、中には犯罪歴のある者もいるとされており、教団内でのトラブルも絶えない。無学な一般庶民ならまだしも、政治家や警察官僚のような社会的な地位のある人々も取り込まれてしまうことがある。外国人の信者までできることすらある。「Global Baba」で「グローバル・バーバー」を名乗って信者を集めた人物は、元々殺し屋であった。この映画は、人々に、もっと理性的になって宗教と付き合うことを促す映画である。
それに加えて、「Global Baba」はウッタル・プラデーシュ州政治の風刺でもあった。ウッタル・プラデーシュ州の政治といえば、ずばりカースト政治だ。物語の裏では州議会選挙が進んでおり、主に2つの政党が覇を争っていた。バーヌマティーのバーラティーヤ・ソーシャリスト・パーティー(インド社会党)と、ダッルー・ヤーダヴのソーシャリスト・パーティー(社会党)である。バーヌマティーが大衆社会党(BSP)のマーヤーワティーをモデルにしていることは確実であるし、ソーシャリスト・パーティーがサマージワーディー・パーティー(社会党/SP)に対応していることは一目瞭然だ。BSPは不可触民を票田としており、SPはヤーダヴ・カーストを中心としたOBC(その他の後進階級)を票田としている。そして、グローバル・バーバーはヒンドゥー教をモチーフにしており、ヒンドゥー教徒を票田とするインド人民党(BJP)と比較することができる。また、ジェイコブ警部はアーディワースィー(先住民)であり、彼がカビールガンジの署長に任命されたのも、州議会選挙を意識した人事であった。ヤーダヴ内相は彼を要職に就けることで、アーディワースィーの票を獲得しようとしたのである。しかしながら、最終的にグローバル・バーバーはバーヌマティーの党から出馬することになる。グローバル・バーバーの信者の中には上位カーストも多かったため、不可触民と上位カーストを票田とすることに成功した。ウッタル・プラデーシュ州政治でかつてあったような状況である。
グローバル・バーバーを演じたアビマンニュ・スィンは、「Rakht Charitra」(2010年)などで好演していたものの望ましい飛躍ができず、脇役俳優に甘んじてきた。だが、「Global Baba」では主役といってもいい役柄を任され、このチャンスを大いに物にしている。強面でどうしても悪役が似合うのだが、どんな役でも演じられる俳優である。
変幻自在の演技を見せるパンカジ・トリパーティーの魅力も十分に引き出された映画だ。また、ボージプリー語映画のスター俳優であるラヴィ・キシャンもヒーロー的な役で起用されている。サンジャイ・ミシュラーやアキレーンドラ・ミシュラーの演技も申し分ない。
ヒロイン扱いのサンディーパー・ダルは「Isi Life Mein」(2010年)でデビューした女優である。デビュー作の後はあまりいい役をもらえていないが、悪い女優ではない。ただ、今回は最後に爆死してしまう可哀想な役だった。
全体的に地味ではあるが、テンポ良く進む映画でウィットにも富んでおり、社会的なメッセージも入っていた。隠れた名作と呼ぶこともできたかもしれないが、所々でストーリーのつながりが切れるところがあり、その点が残念だった。例えばバーヌマティーが急にグローバル・バーバーとくっ付いた場面は唐突であり、もう少し説明が欲しかった。バーヴナーのキャラも完全には活かせていなかったし、最後も尻切れトンボに感じた。チッラムの犯罪者ぶりにもう少し時間を割いても良かったのではないかとも思う。
「Global Baba」は、「OMG」や「PK」と並ぶ、宗教ビジネス批判の映画である。スター俳優の出演はないが、演技派俳優たちで固めた布陣で安定した楽しさがある。ただ、細かい部分で不足があり、勝手ながらもっといい映画にできたのではないかと思えてしまう。