2009年8月28日公開の「Kisaan(農民)」は、その名の通り農民を主人公にした映画である。基本的にはヒンディー語映画だが、パンジャーブ州の農村を舞台にしているため、台詞の半分はパンジャービー語だ。サルマーン・カーンの弟ソハイル・カーンが主演の他にプロデューサーやストーリーを務めている。
監督はプニート・スィラー。かつてソハイル・カーン主演の「I Proud to Be an Indian」(2004年)を撮った監督だ。キャストは、ソハイル・カーン、アルバーズ・カーン、ディーヤー・ミルザー、ジャッキー・シュロフ、ナウヒード・サイルスィー、ダリープ・ターヒル、シャラト・サクセーナー、ロミオなど。また、バングラ-歌手のダレール・メヘンディーがエンドクレジット曲「Mere Desh Ki Dharti」で特別出演している。
パンジャーブ州の農村で農民をするダヤール・スィン(ジャッキー・シュロフ)には二人の息子がいた。長男のアマン(アルバーズ・カーン)と次男のジガル(ソハイル・カーン)である。無学だったダヤールは、アマンをチャンディーガルに送って法律を学ばせるが、ジガルは自分の元に残し、農民として育てた。 15年後、法学を修め、弁護士になったアマンは、友人たちと共に村に戻ってくる。アマンは恋人のプリヤー(ディーヤー・ミルザー)も父親に会わせようと連れてきていた。ダヤールとジガルはアマンとその友人を歓迎する。 ところで、村では実業家ソーハン・セート(ダリープ・ターヒル)が商業施設を造るために農民たちから土地を買い上げようとしていた。それを承諾した人もいたが、なかなか売ろうとしない人もいた。アマンは、土地を売るか売らないかは所有者の自由だと主張する。だが、ニルマル(ロミオ)やカークーなど、ソーハンの息の掛かった村人たちは、土地売却に反対する農民たちを次々に殺していく。また、ダヤールが公衆の面前でカークーに平手打ちをされる。それに怒ったジガルはカークーの右手を切り落としてしまう。 ジガルは逮捕されてしまう。ソーハンはこれを好機と捉え、アマンを懐柔しようとする。彼を自分の会社に雇い入れ、プリヤーとの結婚を推し進める。ダヤールは心臓発作を起こして倒れるが、ソーハンはアマンとプリヤーにわざとその知らせを伝えず、彼らをハネムーンに送り出す。ダヤールは一命を取り留めるが、右半身不随となる。こうしてダヤールとアマンの間に大きな亀裂が生じてしまう。 ジガルは釈放され、幼馴染みのティトリー(ナウヒード・サイルスィー)と結婚する。プリヤーはソーハンの身辺調査を始め、書類にまとめる。だが、ニルマルやカークーはダヤールの畑に火を付け、プリヤーを焼き殺す。プリヤーは身籠もっていたことも後から分かる。プリヤーを失ったアマンは絶望に打ちひしがれ、ダヤールやジガルともまずます疎遠になってしまった。 ダヤールとジガルはニルマルたちに復讐をし、皆殺しにする。一方、アマンは、プリヤーが残した書類を発見し、それを使ってソーハンの悪事を通報する。ソーハンは中央捜査局(CBI)に逮捕される。
2009年公開の映画だが、1990年代のB級映画の雰囲気を引きずった作りである。サルマーン・カーンの2人の弟アルバーズ・カーンとソハイル・カーンが主演しており、ディーヤー・ミルザーがヒロインを務めているなど、キャストに一定の豪華さはあるが、それ以外は非常にチープで、ストーリーも大味だ。農民の問題を非常に表層的に捉えただけであり、結局は農村を舞台にした血なまぐさい抗争劇になっていた。
ただ、完全に絵空事のような話ではなかった。例えばダヤールは2人の息子の内1人を街に送って勉強させるが、これはインドの農村でよくある教育方法だ。兄弟の全員に学を付けさせると村に残って農業を継ぐ者がいなくなってしまうし、経済負担も大きくなるため、兄弟の中でもっとも勉学に秀でた者に教育投資を集中させる傾向がある。また、都市が周辺の農地を呑み込んで拡大する中、農民たちは農地を行政や企業に売却する決断を強いられる。うまくすれば莫大な現金が手に入るが、今まで農業しかして来なかった農民が農地を失うことで、恒常的な収入源をなくすリスクもある。一夜にして手に入った大金を使いこなせずに散財してしまう元農民も多い。
このような、発展や開発の進む農村で現代の農民たちが抱える新たな問題をシリアスに取り上げていく味付けもあり得たと思うが、プニート・スィラー監督の作風であろう、ソハイル・カーンらが暴れ回って解決するタイプのアクション映画になっていた。しかもグロテスクなシーンが多い。
この映画はインドの農民に捧げられているとされていたが、農民だけの力では巨大な企業の圧力や搾取などに立ち向かえなかっただろうし、とてもじゃないが農民を礼賛するようなストーリーにはなっていなかったと感じた。
「Kisaan」は、ソハイル・カーンとアルバーズ・カーンの兄弟が主演の農民アクション映画である。ディーヤー・ミルザーがヒロインを務めているのも目を引く。だが、時代遅れなチープさがそこかしこから感じられる映画で、ストーリーにも捻りはなく、観るに値する要素は少ない。