シャラトチャンドラ・チャットーパーディヤーイ

 他国の映画界と同様に、インドの各映画界においても、文学作品の映画化はよく行われている。おそらくインド人作家の中で、作品がもっとも映画化されているのは、ベンガル人作家シャラトチャンドラ・チャットーパーディヤーイ(Sharatchandra Chattopadhyay/1876-1938年)である。名前はアルファベットで「Saratchandra」と表記されることもあり、名字は英語風に「チャタルジー(Chatterjee)」と表記されることもある。

シャラトチャンドラ・チャットーパディヤーイ

 シャラトチャンドラは1876年に現西ベンガル州の農村に生まれ、現ビハール州のバーガルプルで少年時代の大部分を過ごした。大学まで行ったが、家は非常に貧しく、学費の支払いに困窮したことも多々あったようである。意外なことに彼の生まれ育った家庭は非常に保守的で、文芸を嗜むことは推奨されなかった。だが、シャラトチャンドラは、ベンガル地方の文豪であるラビンドラナート・タゴールやバンキムチャンドラ・チャットーパディヤーイなどの作品に感銘を受けている。

 多くのベンガル人知識層と同様にシャラトチャンドラは役人になり、1903年にはラングーン(現ヤンゴン)に転勤となった。ラングーンで13年過ごした後、ベンガル地方のハーウラーに戻り、文学雑誌を発刊した友人の要請に応じてベンガル語の作品を発表するようになる。これが高く評価され、以後、ベンガル語文学を代表する文学者に上り詰めた。活発に創作活動をしたのは1910年代から20年代にかけてで、30作以上の小説を書いている。彼の作品はベンガル地方のみならず、翻訳を通してインド全土で読まれるようになった。

 シャラトチャンドラの作品は主に現代を舞台としており、社会の規範に囚われない自由な意思を持った強い女性キャラが登場するのが特徴である。これは、ベンガル地方で起こっていた女性の地位向上運動と軌を一にしている。例えば、当時は寡婦の再婚が忌避されていたが、その社会通念を覆そうとする社会運動も起こっていた。シャラトチャンドラ自身も、一人目の妻を失った後、寡婦と再婚し、社会改革に貢献している。

 シャラトチャンドラの作品はインド人から非常に愛されており、映画の原作としても人気だ。特に最高傑作とされる「Devdas」(1917年)は、各言語で少なくとも16回映画化されている。ヒンディー語に限定しても、「Devdas」(1936年)、「Devdas」(1955年)、「Devdas」(2002年)と少なくとも3回映画化されており、アバンギャルドな翻案「Dev. D」(2009年)を含めれば4本となる。

「Devdas」(2002年)

 ヒンディー語映画では「Parineeta」(2005年)もシャラトチャンドラ作品原作である。「Devdas」も「Parineeta」も、保守的な環境の中で自分の意思を貫き通す強い女性が中心の物語だ。過去の作品では、「Biraj Bahu」(1954年)、「Majhli Didi」(1967年)、「Chhoti Bahu」(1971年)、「Khushboo」(1975年)、「Swami」(1977年)、「Apne Paraye」(1980年)などもシャラトチャンドラ作品原作のヒンディー語映画である。

「Parineeta」