コルカタの赤線地帯ソーナーガーチーに生まれた子供たちを題材にした米国のドキュメンタリー映画「Born into Brothels」(2004年)が2005年のアカデミー賞を受賞したことがあった。ムンバイーのスラム街ダーラーヴィーを部分的な舞台とした米国映画「Slumdog Millionaire」(2008年)も2009年のアカデミー賞を総なめした。インドを題材にした外国映画は、好んでスラム街や赤線地帯を取り上げる。
2014年3月7日に公開された「Sold」も、コルカタのソーナーガーチーを舞台にした米国映画である。米国人作家パトリシア・マッコーミック著の同名小説(2006年)を原作としている。
監督はジェフリー・D・ブラウン。キャストは、ニヤル・サイキヤー、ジリアン・アンダーソン、スィーマー・ビシュワース、スシュミター・ムカルジー、パラムブラタ・チャタルジー、アンクル・ヴィカル、ニールジャー・ナーイク、プリヤンカー・ボース、ティロッタマー・ショーム、デヴィッド・アークエットなど。ジリアン・アンダーソンはSFテレビドラマ「X-ファイル」でダナ・スカリー役を演じた女優、デヴィッド・アークエットは米国ホラー映画「スクリーム」(1996年)などの男優だ。それ以外はベンガル人俳優が多い。主役の少女ラクシュミーを演じたニヤル・サイキヤーは、ネパール人という設定だったが、実際にはアッサム人のようである。また、ジリアン・アンダーソンが演じた女性写真家ソフィアのキャラは、人権写真家リサ・クリスティンをベースとしている。
ネパールの農村からビムラー(ティロッタマー・ショーム)に連れられてコルカタまで来た少女ラクシュミー(ニヤル・サイキヤー)は、ムムターズ(スシュミター・ムカルジー)の経営する売春宿で売春に従事させられるようになる。彼女の最初の相手はヴァルン(アンクル・ヴィカル)という男性だった。 ラクシュミーは次第に売春宿での生活に慣れてくる。売春宿には、ムムターズやビムラーの他、アニター(ニールジャー・ナーイク)、モニカ(プリヤンカー・ボース)、シャハーナーなどの売春婦が働いており、彼女たちとの関係も構築されてくる。また、ハリーシュという人懐っこい少年も住んでいた。 一方、人身売買の被害に遭った子供たちを助ける活動をするNGOホープハウスで働き始めた米国人女性写真家ソフィア(ジリアン・アンダーソン)は、売春宿から助けを求めるラクシュミーをたまたま目撃し、彼女を助けたいと思うようになった。ホープハウスの一員であるヴィクラム(パラムブラタ・チャタルジー)は、家宅捜索には入念な準備が必要だと諭し、準備を始める。そして、ヴィクラムの下で働くサム(デヴィッド・アークエット)が顧客の振りをしてラクシュミーと接触する。 ある日、ホープハウスと警察による家宅捜索があるが、ラクシュミーたちは隠れ部屋に隠され、発見されなかった。だが、ラクシュミーはカーリー・プージャーの日、売春宿を逃げ出し、ホープハウスに逃げ込んで保護される。
米国映画なので、基本的には米国人女性写真家ソフィアの視点からインドの人身売買問題が描写されていた。ソフィアがソーナーガーチーを探索しているときにたまたま目が合った少女ラクシュミーの助けを求める姿が脳裏に焼き付き、彼女を救おうと尽力する。ソフィアが直接ラクシュミーを助けたわけではないが、入念に準備してきたラクシュミーは最終的に売春宿脱出に成功し、保護される。取り方によっては、外部の人間がインドの問題を解決する物語のように見えて、インド人にはあまり受けの良くないタイプの映画である。
ただ、インド人がラクシュミー保護に全く関与していなかったわけではない。人身売買の被害に遭った子供たちを救出するNGOホープハウスは、トリパーティー夫人やヴィクラムなどのインド人が運営しており、インド人がインドの問題を解決しようとする姿は十分映し出されていた。「Sold」の第一の目的は、インドのみならず世界中で横行している人身売買への意識を啓発することである。
しかしながら、「Sold」はラクシュミーの視点から見ると随分違った映画になる。ネパールの農村で生まれ育ったラクシュミーは、祭りで出会った女性ビムラーから、都会に行けばお金を稼げると誘われて、人生で初めて国境を越えてインドに入る。案の定、ラクシュミーは売春宿に連れ込まれてしまい、売春婦として働かざるを得なくなる。ここまではよくあるストーリーだ。
だが、「Sold」がユニークだったのは、売春宿での生活を意外に明るく映し出していたことである。普通に考えれば、騙されて売春宿に閉じ込められ、売春婦になってしまった少女の物語といえば、最初から最後まで陰鬱なものになって然るべきなのだが、ラクシュミーはそんな悲惨な生活の中にも笑顔になれるような小さな喜びを見つけて前向きに生きていた。特に、自分よりも年下の少年ハリーシュとの交流がどんなにか彼女の救いになったことか。もちろん、監禁状態の売春宿での生活の窮屈さや、乱暴な客から受ける暴行、そしてコンドームなしの性交の結果として起こるHIVウイルス感染など、負の部分も十分に映し出されていた。
ラクシュミーは田舎育ちではあったが賢い少女であり、脱出への準備を密かに着々と進めていた。カーリープージャーで街が騒然とする中、彼女は布を結び合わせて作ったヒモを窓から外に垂らし、それをつたって下に降りる。すぐに追っ手が追ってくるが、彼女は口の中に含んでいた唐辛子を相手の顔に吐き出して反撃する。最後には、カーリー女神に助けられる形となる。
ラクシュミーを演じたニヤル・サイキヤーが撮影時何歳だったのか分からないが、外見からは10代前半に見える。子役といってもいいだろう。その彼女に、強姦や性交のシーンがある売春婦役を演じさせるのは道義的にどうかとは感じたが、見事にはまった演技をしていた。さらに、ムムターズを演じたスシュミター・ムカルジーや、ビムラーを演じたティロッタマー・ショームなど、脇を固めるベテラン女優たちの名演が光った。売春婦を主題にした映画では、女優たちの出番が多くなり、自然と女優たちが腕を競い合う作品になる。「Sold」は正に女優たちの競演であった。
台詞はほぼ全て英語である。ラクシュミー、ビムラー、ハリーシュなど、主な登場人物は皆、英語を話し、英語でコミュニケーションを取っていた。米国映画であるためのそういう設定であろうが、現実的ではない。多少、現地語が混ざるが、ヒンディー語の台詞が多かったのは不思議だった。舞台はコルカタなので、当然のことながら、ベンガル語が主流とならなければならない。
「Sold」は、いかにも外国人がインドを題材に撮った映画だ。ネパールから売られてきた少女が売春婦となり、売春宿から脱出するまでを描いている。人身売買防止に向けた意識啓発映画という側面もあるが、純粋に映画として見ても見るべきもののある作品に仕上がっている。