2020年6月19日からNetflixで配信開始された「Chaman Bahaar(春の庭)」は、パーン屋を始めた青年のホロ苦いラブストーリーである。ヒンディー語圏ながらヒンディー語映画の舞台になることが少ないチャッティースガル州が舞台になっている点も目を引く。
監督は新人のアプールヴァ・ダル・バルガイヤーン。キャストは、ジテーンドラ・クマール、リティカー・バディヤーニー、アーラム・カーン、アシュワニー・クマール、ブヴァン・アローラー、ディーレーンドラ・ティワーリー、バグワーン・ティワーリーなど。
舞台はチャッティースガル州ロールミー。ビッルー(ジテーンドラ・クマール)はパーンの屋台「チャマン・バハール」を始めたが、行政区画再編のために立地が悪くなってしまい、閑古鳥が鳴いていた。 ある日、ビッルーの屋台の前にあった空き家に入居者が入る。その家族には、都会的なファッションをした女の子リンクー・ナノーリヤー(リティカー・バディヤーニー)がいた。すぐにリンクーの噂はロールミー中に伝わり、彼の屋台には、リンクー見たさに多くの若者が集うことになった。地元政治家シラー(アーラム・カーン)や実業家アーシュー(アシュワニー・クマール)もビッルーの屋台に通うようになる。おかげでパーン屋は大盛況だった。 しかし、ビッルーもリンクーに恋をしており、次第に屋台に集まる男たちを煩わしく感じるようになった。お互いに争わせたり、悪口を吹き込んだりして、密かにライバルを蹴落としていく。そして、隙を見てリンクーにラブレターを渡そうとするが、それが彼女の父親に渡ってしまう。 通報を受け、暴力警官として恐れられているバダウリヤー(バグワーン・ティワーリー)がやって来て、屋台を破壊し、ビッルーを捕まえる。シラーやアーシューはビッルーの釈放のために警察署の前で抗議活動を始めるが、リンクーの両親は保釈金を払ってビッルーを保釈してくれた。 ビッルーが謝りにリンクーの家に行くと、彼女の両親からも謝られる。そして、もうすぐ引っ越す予定だと告げられる。傷心のビッルーであったが、また別の家族がその家に引っ越してきた・・・。
まずは、映画のストーリーに組み込まれている細かいシチュエーションがどれも「インドならさもありなん」と思わせられるものばかりで感心してしまった。思い切ってパーン屋を開いてみたら、そこが行政区画の変更によって幹線から外れてしまい、全く儲からなくなってしまったこと。露出度の高い都会的な女性がパーン屋の前に引っ越してきたことで、町の若者たちがこぞって集うようになり、一気に商売繁盛になったこと。そしてその家族が引っ越してしまったことで、また閑古鳥が鳴くようになったことなどなど。恋をした女性になかなか話しかけることができない、いじらしい恋愛の姿や、とにかく好きな女性を「見る」というインド人男性の習性も赤裸々に描写されていた。そんなリアルで細かい「インドあるある」を積み重ねて一本の映画にしており、インドに住んだことのある身としては、映画を観ている間、あたかもインドに身を置いているかのような錯覚に陥った。
実は実際の事件もストーリーに組み込まれている。片思いの相手リンクーから裏切られたと感じたビッルーは、何枚もの紙幣に「リンクー・ナノーリヤーは不誠実だ」と書いてばらまいた。これは、2016年に「ソーナム・グプターは不誠実だ」と書かれた紙幣が市場に出回り話題になった事件をベースにしている。
映画中にはいくつかの地名が出て来るが、どれも実在のものだ。映画の主な舞台となっているロームリーをはじめ、ビラースプル、ムンゲーリー、ジャバルプルなど、どれもチャッティースガル州北部からマディヤ・プラデーシュ州にかけて主要幹線でつながっている都市である。ここまでローカルな物語を書けるのは地元の人しかいないだろう。
エンディングは、2つのアイデアを両方採用してしまったような形だった。ひとつは、リンクーのいなくなった空き家で、彼女が描いたビッルーの絵を見つけるというもの。もうひとつは、空き家に別の家族が引っ越しきて、その中にまた若い美女がおり、再びビジネスチャンスと恋のチャンスが転がり込んできたというもの。どちらもいい終わり方だと思ったが、どちらも採用してしまうのは欲張りすぎだと感じた。前者の終わり方の方が個人的には好きだ。
主演ジテーンドラ・クマールはインド工科大学(IIT)カラグプル校卒のエリートだが、外見は庶民的で、今回のような庶民層の役柄がとてもよく似合う。「Gone Kesh」(2019年)や「Shubh Mangal Zyada Saavdhan」(2020年)などに出演しており、注目の俳優の一人だ。
ヒロインのリティカー・バディヤーニーは、幼すぎるようにも感じたが、浮世離れしたミステリアスな美しさが滲み出ていた。彼女はほとんど台詞をしゃべらなかった。
「Chaman Bahaar」は、低予算の映画ではあるが、インドで起こり得る事件がよくストーリーに織り込まれており、ものすごくリアルに感じる物語だった。一般的なインド人の恋愛の仕方もよく再現されている。地味ではあるが、インド在住経験のある人にはヒットする映画である。