Hotel Milan

2.5
Hotel Milan
「Hotel Milan」

 2017年、ウッタル・プラデーシュ州で州議会選挙が行われ、インド人民党(BJP)が圧勝し、ヒンドゥー教僧侶のヨーギー・アーディティヤナートが州首相に就任した。ゴーラクナート僧院のマハント(主管僧侶)を務める高僧のヨーギーが州首相に選ばれたのは驚きをもって迎えられた。就任早々彼が着手したのが「アンチ・ロミオ・スクワッド」である。元々は、女性たちに嫌がらせをする男性を取り締まるための部隊だったが、いつの間にか公共の場でデートをするカップルを取り締まる部隊になり、批判も浴びるようになった。

 2018年11月16日公開の「Hotel Milan」は、アンチ・ロミオ・スクワッドが暴走するヨーギー政権下のウッタル・プラデーシュ州カーンプルを舞台にした映画である。監督は「Coffee with D」(2017年)などのヴィシャール・ミシュラー。キャストは、クナール・ロイ・カプール、「Pyaar Ka Punchnama 2」(2015年)のカリシュマー・シャルマー、ズィーシャーン・カードリー、ジャイディープ・アフラーワト、ラージェーシュ・シャルマー、ザーキル・フサインなどである。

 舞台はカーンプル。僧侶の息子ヴィプル(クナール・ロイ・カプール)は、高校も中退し、無為に過ごしていた。恋人のシャーヒーン(カリシュマー・シャルマー)にも振られてしまった。折しもカーンプルでは、アンチ・ロミオ・スクワッドがカップルの取り締まりを行っており、地元の青年政治家ゴールディー・カウシク(ジャイディープ・アフラーワト)が自身の政治キャリアを上向かせるために大いにこの運動を利用していた。

 ヴィプルは、親友のサウラブ(ズィーシャーン・カードリー)の叔父(ザーキル・フサイン)所有の古い屋敷を借り受け、そこで「ホテル・ミラン」と名付けて、カップルのために部屋を時間貸しするビジネスを始めた。瞬く間にホテル・ミランは人気になり、カーンプル中のカップルが利用するようになる。

 カップルの恋愛を助長するホテル・ミランの存在を知ったゴールディーは、ヴァレンタインデーの2月14日にホテル・ミランを襲撃する。そのときたまたまヴィプルは仲直りしたシャーヒーンと共に外にいたのだが、帰ってくるとホテルはメチャクチャにされており、叔父やサウラブ、それに客が暴行を受けた後だった。

 ヴィプルはグプター(ラージェーシュ・シャルマー)を弁護士に立ててゴールディーを訴える。グプターは頼りない弁護士で、しかも法廷に、別れた元妻が出て来てピンチとなるが、それでも鋭い弁舌をして、ヴィプルの勝訴を引き出す。だが、ゴールディーもただでは転ばず、ヴィプルを自党に引き入れる。

 2014年に中央政府でBJPが与党になって以来、ヒンディー語映画界では、BJPを上げ、BJPのライバル政党である国民会議派(ICP)を下げる内容の映画が増えたのだが、この「Hotel Milan」からは珍しく反BJP色が感じられた。BJP政権下では、高額紙幣の廃止やパーキスターン領内のテロリスト拠点へのサージカルストライクなど、未曾有の革新的な強硬策が次々に実行に移されているのだが、やはりヒンドゥー教至上主義を掲げる政党の政権なだけあって、保守的な政策も目立つ。その中でもアンチ・ロミオ・スクワッドによるカップルの取り締まりは評判が悪い。「Hotel Milan」は、第一には、政府が男女の恋愛を取り締まろうとするアンチ・ロミオ・スクワッド政策への批判のために作られた映画だといえる。

 男女の自由恋愛を規制しようとする保守政党がよく引き合いに出すのが「インド文化」である。インドでは、公共の場で男女が自由に手をつないで歩いたりキスをしたりすることは許されていないというのが彼らの主張だ。だが、「Hotel Milan」の冒頭では、マディヤ・プラデーシュ州にある世界遺産カジュラーホー寺院の壁面を埋め尽くすミトゥナ(男女交合)像が映し出され、「インド文化」に存在する寛容な性描写の姿が提示される。そして、物語を通して、アンチ・ロミオ・スクワッドが、「ジュリエット」の意思を確認せずに「ロミオ」を取り締まっている現状が指摘され、行き過ぎた取り締まりが社会を窮屈なものにしているという主張がなされる。

 ただ、主人公のヴィプルが始めた「ホテル・ミラン」は、日本人にとっては別の意味で目新しいだろう。ホテル・ミランの特徴は、時間単位で部屋を借りることのできるシステムにある。インドでは、そのようなホテルは存在しない。だから斬新だったのだが、日本人なら必ず思うだろう。「それはつまりラブホテルではないのか」と。「ホテル・ミラン」は全くもってラブホテルなのだが、インドでは男女が性行為などを行うためだけの宿泊施設など誰も想像していないため、物語の主題になり得るのである。

 着眼点は面白い映画ではあったが、全体的な作り、台詞回し、キャスティングなどに低予算映画特有の素人っぽさがにじみ出ており、しかも後半は法廷ドラマ化してしまって場面転換が少なくなり退屈になってしまう。主演のクナール・ロイ・カプールとカリシュマー・シャルマーの演技もそれなりであった。

 「Hotel Milan」は、ヨーギー政権下のウッタル・プラデーシュ州カーンプルを舞台に、カップルの取り締まりを行うアンチ・ロミオ・スクワッドに対抗して、主人公が日本のラブホテルにそっくりなシステムの「ホテル・ミラン」を始めるという筋書きの物語である。インド特有の社会事情を背景にしている点は面白いが、映画としての完成度は高くない。