今日はPVRアヌパム4で、本日(2006年8月18日)より公開の新作ヒンディー語映画「Ahista Ahista」を観た。題名の意味は「ゆっくりと、ゆっくりと」。監督はシヴァム・ナーイル、音楽はヒメーシュ・レーシャミヤー。キャストは、アバイ・デーオール、ソーハー・アリー・カーン、シャヤン・ムンシーなど。
アンクシュ(アバイ・デーオール)は、オールド・デリーの婚姻登記所で新郎新婦の臨時証人の仕事をして日銭を稼いでいた。ある日アンクシュは、ナイニータールから来たメーガー(ソーハー・アリー・カーン)と出会う。メーガーは、駆け落ちして恋人と婚姻登記所で落ち合うことになっていたが、恋人のディーラジ(シャヤン・ムンシー)はいつまで経っても現れなかった。アンクシュはメーガーを慰め、勇気付けると同時に、デリーでの滞在場所をアレンジする。 次第にアンクシュはメーガーに恋をするようになった。メーガーも、アンクシュの親切により、ディーラジに裏切られた悲しみを何とか克服できるようになり、彼に心を開くようになって来る。アンクシュは、メーガーの滞在費のために1万ルピーを稼がなければならなかったが、運よく銀行の営業職に就くことができ、条件付きだが出世もできた。定職に就くことができたアンクシュは、メーガーに結婚を申し込む。メーガーも数日考えていたが、最後にはプロポーズを受け容れる。 ところが、その頃ディーラジがデリーに現れ、メーガーを探していた。アンクシュはディーラジのメーガー捜索を邪魔し、何とかナイニータールへ帰らせそうと画策するが、うまく行かなかった。とうとうディーラジはメーガーの居所を探し出してしまう。 ディーラジが約束の日に現れなかったのには理由があった。ディーラジはナイニータールからデリーに向かっていたが、列車の中でテロリストと間違えられ、警察に拘束されていたのだった。それを聞いたメーガーは、どうしたらいいのか分からなくなる。結局、アンクシュはメーガーを諦め、ディーラジとメーガーの結婚の証人となり、二人の結婚を祝福する。
変わったストーリーの映画だったが、終わり方は無難ではあるが、観客の期待を裏切る形であり、映画館を出るときの気分は晴れなかった。中盤が最も盛り上がる映画である。
たとえディーラジに正当な理由があったとは言え、観客の同情はアンクシュに集まるだろう。今までまともに若い女性と接したことがなかったアンクシュは、婚姻登記所で一人立ち尽くす身寄りのないメーガーを必死になって支え、やがてプロポーズをする。アンクシュを応援したくなるのは人間の性であろう。ディーラジがデリーに来ていることを知った後のアンクシュの行動は卑怯だったかもしれないが、それはメーガーを手に入れたいがための行動であり、彼を責めることはできない。メーガーもアンクシュを受け容れる。だが、アンクシュとメーガーにとって不幸だったのは、ディーラジが故意にメーガーを裏切ったのではないことだ。メーガーは、ディーラジを差し置いてアンクシュと結婚することはできなかった。結局、アンクシュは元の孤独な生活に戻って行く。非常に現実的な終わり方ではあったが、アンクシュにとって非常に悲しいエンディングとなってしまっていた。また、ディーラジとメーガーの再会は、メーガーの住む教会の宿舎で行われていたが、どうせなら婚姻登記所で行われるべきだったと思う。その方がドラマチックだし、映画は盛り上がったことだろう。最後、ハッピー・エンディングではない上に、盛り上がりに欠けたために、尻すぼみ的なエンディングになってしまっていた。
いくつか下層のインド人の生々しい生活振りが伝わってくる要素があり、それが最も興味深かった。主人公のアンクシュは、婚姻登記所で臨時証人となって日銭を稼いでいた。臨時証人、と言ってもそんな職業は日本にはないので説明が必要だろう。どうやらインドの婚姻登記所では、婚姻届けを提出する際、花嫁側、花婿側、それぞれ2人ずつ、合計4人の証人の署名が必要となるらしい。しかし、駆け落ちなど、訳ありの結婚をしたカップルには、4人の証人を揃えるのが困難となる。そこで、アンクシュの出番となる。アンクシュは手数料200ルピーを取ってその場で証人を揃え、新郎新婦の婚姻を成立させる仕事をしていたのだった。
また、アンクシュは銀行口座開設の営業の仕事もし出す。こちらはもっと分かりやすい。銀行口座開設の契約をひとつ取るごとに500ルピーの報酬がもらえる。婚姻登記所で多くの新婚カップルと出会い、コマメに彼らの連絡先をメモして来たアンクシュは、その人脈を生かして短期間で多くの契約を取り付け、好成績を上げる。それが上司の目に留まり、彼はエリア・スーパーヴァイザーに出世するチャンスを得る。ただし、教養のない彼にとって最大の難関は、英語であった。英語が話せないとエリア・スーパーヴァイザーにはなれなかった。だが、アンクシュは、「オールド・デリーではヒンディー語しか話されていない」と上司を説得し、出世を勝ち取ったのだった。ただし、1ヶ月以内に英語を習得するという条件付きであった。エリア・スーパーヴァイザーになったアンクシュは、2万ルピーの月給をもらえるようになった。
「Socha Na Tha」(2005年)でデビューしたデーオール一族の新顔アバイ・デーオールは、まだまだ演技の勉強が必要であろう。素人以下の演技であった。彼の丸々肥えた顔は、とても低所得層のインド人には見えなかった。ソーハー・アリー・カーンは無難な演技をしていたが、この映画は特にキャリアの足しにはならないだろう。ディーラジを演じたシャヤン・ムンシーは、「Jhankaar Beats」(2003年)でデビューした男優である。ハンサムな顔をしているが、特に見せ場はなく、将来性は今のところなさそうだ。数ヶ月前、ジェシカ・ラール事件への関与で多少メディアに出ていた。彼は、同じく売れない若手女優ピヤー・ラーイ・チャウダリーの夫である。
音楽はヒメーシュ・レーシャミヤー。ヒメーシュ効果により、「Ahista Ahista」のサントラCDはけっこう売れている。いかにもヒメーシュらしい曲――タイトル曲「Ahista Ahista」、「Allah Kare」、「Love You Unconditionally」、「Dil Naiyyo Maane Re」など――で満たされており、ヒメーシュ・ファンは買いであろう。だが、最も叙情的に使われていたのは、カッワーリー曲「Aawan Akhiyan Jawan Akhiyan」であった。
デリーが舞台になっていたので、いくつも見慣れた場所が出て来た。オールドデリーのラール・キラー、ジャーマー・マスジド、チャーンドニー・チョーク、ダリヤー・ガンジや、コンノートプレイス、クトゥブ・ミーナールなどである。途中のミュージカルシーンで、ディーウらしき風景も見えた。
オールドデリーが舞台になっていたので、言語はオールドデリーで話されている言葉かと思いきや、それほどオールドデリーっぽくもなかった。アバイ・デーオールもうまくデリーっぽい言葉をしゃべれていなかった。
「Ahista Ahista」は、アバイ・デーオール、ソーハー・アリー・カーンという若手俳優の共演が注目ではあるが、わざわざ観る価値のある映画ではない。ただ、婚姻登記所に寄生して商売をする下層インド人たちの様子が少しだけ垣間見えて面白かった。