ジャイナ教はインド特有の宗教である。世界史の教科書で一般に教えられているように、開祖をマハーヴィーラとすれば、成立は仏教と同じくらいか、それよりも少し古いことになる。だが、ジャイナ教によれば、マハーヴィーラは24番目のティールタンカラ(救済者)に過ぎない。そうだとすると、それ以前にも23人のティールタンカラがおり、遙か昔からジャイナ教の教えを綿々と守り続けてきたことになる。
ジャイナ教はインドでもっとも厳格で、かつユニークな宗教である。ジャイナ教の特徴は、非暴力主義、非絶対主義、非所有主義の3つに集約される。一般にジャイナ教徒は菜食主義者だが、その菜食主義の根拠となる不殺生に関する考え方は、他のどの宗教よりも徹底している。肉を食べないのはもちろんのこと、生き物を殺す可能性のある野菜も食べない。代表的なのは根菜である。根菜は、収穫することでその作物自体の命を奪ってしまう上に、掘り起こすときに地中の虫などを殺す可能性があるため、禁止の食材とされている。
ジャイナ教は大きく2つの宗派に分かれる。空衣派(ディガンバル)と白衣派(シュエーターンバル)である。空衣派の出家者は衣服を身につけず、素っ裸で生活し、素っ裸で移動する。大都会においても、裸の人が道を歩く姿を時々見掛ける。その姿は、一切のものを所有せず、執着しないという非所有主義を端的に体現している。ジャイナ教徒の出家者に許されている所有物は、托鉢用のお椀や、前の道を掃き清めるための箒などのみである。不動産に対する執着を防ぐため、一ヵ所に滞在することもできず、常に移動し続けなければならない。雨季の3ヵ月のみ、雨をしのげる場所での逗留を許されている。また、ジャイナ教徒は禁欲主義を貫き、性欲を克服しようとする。局部を見せて生活するのは、性欲の克服を周囲に知らしめるためでもあると聞いたことがある。「ジャイナ」とは「勝者」という意味である。一方、白衣派の出家者や女性のジャイナ教徒は白い布を身にまとっている。
仏教がアジア一帯に広まったのに対し、ジャイナ教はインド亜大陸を出なかった。それには、ジャイナ教の厳しい教義が関係しているとされている。ジャイナ教徒の出家者はあらゆる文明の利器を遠ざけた生活を送っている。現代医学にも頼ることができない。そして、履物すら履かないジャイナ教僧侶は、乗り物に乗って移動することができない。よって、インド亜大陸の外にジャイナ教を広めることができなかったのである。ただ、仏教がインド亜大陸でほぼ滅びたのに対し、ジャイナ教は現代まで生き続け信仰され続けている。両者の比較は興味深い。
ヒンディー語映画にジャイナ教徒の登場人物が登場する機会は非常に少ない。あまりに厳格な教義を守っている独特なコミュニティーであるため、映画で気軽に触れにくい存在なのかもしれない。ジャイナ教徒が主要人物として登場するヒンディー語娯楽映画は、「Baazaar」(2018年)ぐらいしか思い付かない。この映画でサイフ・アリー・カーンが演じたシャクン・コーターリーは裕福な実業家であったが、ジャイナ教徒は殺生と無縁な貿易業や金融業に関わることが多く、一般に非常に裕福である。その富を惜しげなく寺院に寄進するため、ジャイナ教寺院はどれも大理石造りの立派な建築になっている。ジャイナ教徒の人口はインド全土に450万人ほどしかいないが、そのプレゼンスは非常に高い。
宗教問題を扱った「PK」(2014年/邦題:PK ピーケイ)では、インドの数ある宗教の中でジャイナ教にもきちんと触れられているが、これは例外といっていいだろう。ソングシーン「Bhagwan Hai Kahan Re Tu」には、ジャイナ教の聖地シュラヴァナベーラゴーラーのマハーマスタカービシェーカ(大灌頂祭)のシーンや、道を歩くジャイナ教白衣派行者たちの姿が見える。
純粋なヒンディー語映画ではなく、娯楽映画でもないが、英語のオムニバス映画「Ship of Theseus」(2013年)には、ジャイナ教僧侶が主人公のエピソードが収められている。動物愛護運動を主導するジャイナ教僧侶が肝硬変を患い、動物実験の上に成り立つ現代医学の恩恵を被るべきか否か葛藤するという内容である。
「Ship of Theseus」の中でニーラジ・カビー演じる僧侶はサッレーカナー(Sallekhana)をするが、これはジャイナ教の出家者が最期に行う儀式である。サンターラー(Santhara)ともいう。食べるものや回数を少しずつ減らしていき、最後には餓死をするというもので、死を受け身で受け入れるのではなく、死に積極的に向かっていく美しい行為だとされている。サッレーカナーについては、英国人作家ウィリアム・ダルリンプル著、パロミタ友美訳「9つの人生:現代インドの聖なるものを求めて」(集英社)を読むといいだろう。
「ジャイン(Jain)」という姓を持っていれば、その人がジャイナ教徒である可能性は高い。ヒンディー語映画界にも「ジャイン」姓を持つ人々は何人かいる。たとえばラージ・カプールの孫にあたる、「Lekar Hum Deewana Dil」(2014年)のアルマーン・ジャインと、「Hello Charlie」(2021年)のアーダル・ジャインの兄弟だ。彼ら自身がどこまでジャイナ教の教義に従っているかは分からないが、ジャイナ教に属することは名前から見て取れる。
だが、「ジャイン」姓以外でもジャイナ教を信仰していることがある。その事実を知ると意外に感じる人は多いのではなかろうか。たとえば、「Devdas」(2002年)や「Padmaavat」(2018年/邦題:パドマーワト 女神の誕生)のサンジャイ・リーラー・バンサーリー監督はかなり敬虔なジャイナ教徒である。また、「Prem Ratan Dhan Payo」(2015年/邦題:プレーム兄貴、王になる)のスーラジ・バルジャーティヤー監督もジャイナ教徒だ。
ジャイナ教徒の女優として有名なのはティナ・ムニームである。ミスコンから女優に転身し、「Karz」(1980年)などのヒット作に出演した。現在はリライアンス・グループのCEOでインド随一の大富豪アニル・アンバーニーの妻になっている。
ヒンディー語映画を鑑賞する際にジャイナ教の知識は必ずしも必要ではないが、知っておいて損はないだろう。