クリケットでは、打者はアウトになるまで延々と打席に立ってボールを打ち続ける。アウトになっていない打者がこれまで得た得点は「○ Not Out」と示される。100点はひとつの区切りであり、「センチュリー」と呼ばれる。
2018年5月4日公開の「102 Not Out」は、102歳の陽気な老人が主人公のコメディー映画である。102歳になってもまだ元気な状態をクリケットの習慣でたとえ、「102 Not Out」としている。同名のグジャラート演劇が原作である。
監督は「OMG: Oh My God!」(2012年)のウメーシュ・シュクラー。102歳の老人を演じるのはアミターブ・バッチャン。アミターブの息子役を演じるのはリシ・カプール。アミターブはリシの10歳年上だが、もちろん父子ほどの年の差ではない。二人が共演するのは27年振りだという。
その他のキャストは、ジミト・トリヴェーディー、ダルメーンドラ・ゴーヒルなどである。また、ヴィジャイ・ラーズが冒頭のナレーションを担当している。
ムンバイー在住のダッタートレーヤ・ヴァカリヤー(アミターブ・バッチャン)は102歳の陽気な老人だった。ところが、息子のバーブーラール(リシ・カプール)は神経質な性格の典型的な老人で、父親よりも老いて見えた。 ある日、ダッタートレーヤは世界最高齢を目指すと宣言する。長生きするためには退屈な人間を遠ざける必要があるとし、バーブーラールを老人ホームに送ることにする。突然の宣言に驚いたバーブーラールは断固拒否する。すると、ダッタートレーヤはいくつかの条件を出し、それをクリアすれば老人ホームに送らないと約束する。 ダッタートレーヤが出した条件とは、死んだ妻にラブレターを書くこと、毎日通い詰めている医者と縁を切ること、子供の頃から大事にしているショールに穴を開けること、市内の思い出の地を巡ること、いつものベッドではなくソファーで寝ることなどであった。バーブーラールは渋々それらの条件をクリアしていくが、その内に彼は、今まで固執していたものから解放され、気分が明るくなっていく。 ところが、最後のダッタートレーヤが出した条件はバーブーラールにとって不可能に近いものだった。バーブーラールにはアモール(ダルメーンドラ・ゴーヒル)という息子がいたが、米国に行ったままになっていた。アモールは、母親が死んでも帰って来なかった。だが、バーブーラールは息子を溺愛していた。そのアモールが久しぶりにムンバイーに戻ってくることになった。そこでダッタートレーヤはバーブーラールに、最後の条件として、アモールを家から追い出すことを言いつける。それを聞いたバーブーラールは激昂する。 しかし、アモールがムンバイーに帰ってくるのは、父親に会うためではなく、資産の分与の話をするためだった。また、ダッタートレーヤは脳腫瘍ができ、余命幾ばくもないことを明かす。逡巡したバーブーラールは、空港でアモールを追い返す。ダッタートレーヤは亡くなり、後に残されたバーブーラールはすっかり明るくなり、自分が世界最高齢を目指すことを誓う。
1913年の誕生以来、様々な変化を経てきたインド映画がぶれずに堅持し続けている価値観が家族愛である。インド社会も家族至上主義であるが、インド映画も家族を絶対視し、何よりも優先する。ロマンス映画はよく男女の愛が家族の意向と対立するが、最終的には家族の了解を得て恋愛結婚するという筋書きがもっとも好まれる。家族を蔑ろにすることを勧めるような映画はインド映画ではないと言い切ってもいい。逆にいえば、家族に関してインド映画は単純明快であり、一切ぶれがない。
その点、「102 Not Out」は、家族に関して珍しく複雑な主張を発信していたといっていい。映画には、グジャラーティー系の家族であるヴァカリヤー家の三世代が登場する。102歳のダッタートレーヤ、75歳のバーブーラール、そしておそらく50歳前後のアモールである。ダッタートレーヤは息子のバーブーラールを老人ホームに送ろうとし、そうしない条件として最終的にアモールを勘当させようとする。アモールについても、米国留学を機に向こうに住み着いてしまい、多忙を言い訳にしてインドに戻らず、勝手に現地で結婚し、子供を親に会わせようともせず、母親が死んでも帰って来ない親不孝者だった。この簡潔な人間関係を読んだだけでは、ヴァカリヤー家が家族崩壊していると受け取っても仕方がないだろう。
だが、「102 Not Out」はやはり家族愛の映画だった。ダッタートレーヤがバーブーラールにアモールを勘当させようとしたのは、親不孝な子供にいつまでも尻尾を振って生き続けることを潔しとせず、ならばいっそのこと忘れてしまえ、という信念からだった。言い換えれば、家族を大切にしない者は家族と認めないということであり、やはり家族を重視する価値観は根強く残っている。また、それは死期を悟ったダッタートレーヤが自分の死後に、溺愛するアモールからバーブーラールが搾取されないようにと考えて行ったことであり、これも家族愛の一種だといえる。
死を前にした人間が、これからも生きる人々を勇気づけるタイプの映画は古今東西でいくつも作られている。インドでそういう筋書きの映画の代表作といえば「Anand」(1971年)であり、アミターブ・バッチャンが出演していた。近年では「Kal Ho Naa Ho」(2003年)がそれに近い。「102 Not Out」は途中まで陽気に進んでいたので、このまま明るいエンディングを迎えてくれればとも思っていたが、ダッタートレーヤの死によってしんみりと終わっていた。最後にダッタートレーヤがバーブーラールに残したメッセージは感動的だったが、このままダッタートレーヤが生き続けて世界最高齢を目指すというエンディングにしてもよかったのではないかと感じた。
アミターブ・バッチャンとリシ・カプールは既に高齢者になっているが、この年になって実年齢よりもさらに高い年齢の役を演じることになるとは思わなかったのではなかろうか。アミターブは約30歳上、リシは10歳上の役であった。ベテラン俳優二人の掛け合いはとても巧妙で、思わず笑ってしまうシーンがいくつもあった。
舞台劇が原作の映画は得てして場面が固定され、台詞が中心で進んで行くような凝り固まった映画になりがちだが、「102 Not Out」は全くそんなことがなかった。確かにヴァカリヤー家の邸宅が主な舞台ではあるが、ムンバイーを巡ったりするシーンもあり、場面の転換が頻繁にあったため、舞台劇が原作と気付かなかった。これは第一に監督の手腕であろうし、それと同じくらい、アミターブとリシの演技力が貢献していた。
映画の中では、男性として世界最高齢記録の保持者は中国人男性ということになっていたが、調べてみたら、世界最高齢を記録したのは日本人で、116歳で死去している。公式記録で115歳以上生きた中国人男性はいない。ただし、非公式には、李青曇という中国人男性が1677年から1933年まで生き、256歳を記録したとされている。
「102 Not Out」は、アミターブ・バッチャンとリシ・カプールがそれぞれ102歳と75歳の父子を演じるユニークなコメディー映画である。二人のベテラン俳優の巧妙な掛け合いに思わず笑いをこぼし、最後にはホロリとさせられる、とても完成された作品だ。観て損はない。