Tadap

3.0
Tadap
「Tadap」

 ヒンディー語映画界でネポティズム(縁故主義)が批判されるようになって久しいが、スターキッドのデビューは続いている。2021年12月3日公開の「Tadap(もだえ)」では、俳優スニール・シェッティーの息子アハーン・シェッティーがデビューした。この作品はいわゆるローンチパッド映画のひとつだ。無難なボーイ・ミーツ・ガール的映画かと思ったが、終盤でまさかのツイストがあり意外性のある結末となっている。テルグ語映画「RX 100」(2018年)のリメイクである。

 監督は「Once Upon a Time in Mumbaai」(2010年)などのミラン・ルトリヤー。プロデューサーはサージド・ナーディヤードワーラー。主演アハーン・シェッティーの相手役を務めるのは「Student of the Year 2」(2019年)でデビューしたターラー・スターリヤー。他に、サウラブ・シュクラー、クムド・ミシュラー、ラージェーシュ・ケーラー、スミト・グラーティーなどが出演している。

 舞台はウッタラーカンド州マスーリー。イシャーナー(アハーン・シェッティー)は孤児だったが、映画館を経営するダディー(サウラブ・シュクラー)の養子となり、彼のことを実の父親のように慕っていた。ダディーは、地元選出の州議会議員ダーモーダル・ナウティヤール(クムド・ミシュラー)の選挙を手伝っていた。

 あるとき、ダーモーダルの娘ラミーサー(ターラー・スターリヤー)が留学先のロンドンから帰ってくる。イシャーナーとラミーサーは恋に落ちる。だが、ダーモーダルはラミーサーをアヌラーグという男性と結婚させる。そしてラミーサーはイシャーナーに何も言わずにロンドンに帰っていく。

 以降、イシャーナーはラミーサーのことが忘れられず、荒れ狂っていた。そしてダーモーダルの妨害ばかりをしていた。

 それから3年後、ラミーサーがマスーリーに帰ってくる。イシャーナーはラミーサーに会いに行き、彼女を連れて逃げようとするが、ダーモーダルとダディーに止められる。

 実は、ラミーサーが結婚したアヌラーグは、イシャーナーに出会う前からの恋人だった。ラミーサーはイシャーナーの心を弄んでいたのだった。だが、アヌラーグがマスーリーに来ることになり、イシャーナーの存在が邪魔になったため、ラミーサーはイシャーナーを殺すために刺客を送る。イシャーナーはラミーサーに裏切られたことに大きなショックを受けながらも刺客を倒し、ラミーサーのところへ現れる。そしてラミーサーの首を絞めようとするが力尽き、絶命する。

 映画は、イシャーナーが狂ってしまっている現在から始まる。イシャーナーがなぜ狂ってしまったのか、それにはどうも、ラミーサーという女性が関わっているらしいことが示唆されるが、その詳細は中盤にならないと明かされない。明かされたところでは、案の定、ラミーサーはイシャーナーの恋人であった。だが、てっきり何らかの事件によって死んでしまい、それがイシャーナーを狂わせてしまったのかという予想は外れる。ラミーサーは結婚しロンドンに行ってしまっていた。

 ただ彼女がロンドンにいるだけなら、イシャーナーにガッツさえあれば、何とかしてロンドンに渡って彼女に会いに行くことはできたはずである。たとえば「Namaste England」(2018年)はその種の筋の映画だった。自ら行動を起こさず、ずっとマスーリーでくすぶり続け、周囲に八つ当たりをしまくっているイシャーナーはヒーロー失格であり、なかなか同情心が湧かない。ラミーサーが死んでしまったなら仕方がないが、生きているなら何とかすべきである。

 ただ、ひょんなことからラミーサーがマスーリーに帰ってきたことで、物語は急展開を迎える。イシャーナーの思い出の中ではラミーサーは常に純粋で美しい女性であったが、実際のラミーサーは正反対だった。ロンドンに恋人がいながら、マスーリーでイシャーナーという遊び相手を作り、彼を誘惑しただけだった。そしてアヌラーグと結婚し、イシャーナーを見捨ててロンドンに去っていった。もうイシャーナーは自分のことを忘れているだろうと思って帰ってきたが、イシャーナーはまだ彼女のことを想い続けていたため、問題が起きる。

 イシャーナーの養父ダディーは、ラミーサーの本性を知っていた。ラミーサーの父親ダーモーダルも薄々勘付いていた。彼らはイシャーナーを助けるために、彼をラミーサーから引き離そうとしていたのだった。だが、田舎育ちで純朴なイシャーナーは、自分がラミーサーから騙されたとは露にも思っていなかった。

 単なるボーイ・ミーツ・ガール的なロマンス映画ではなく、意外なツイストのある作品だったため、この映画でデビューしたアハーン・シェッティーとしては冒険でもあっただろう。彼の演じたイシャーナーというキャラには深みが足りなかったが、十分に惹き付けるものを持つ俳優であることをアピールできていた。

 相手役のターラー・スターリヤーは、まだ駆け出しの女優であるが、ヒロインから悪役に化ける難しい役に挑戦しており、しっかりと演じ切っていた。清純派から悪女に転換するシーンの表情の使い方がうまかった。

 サウラブ・シュクラーやクムド・ミシュラーなどの脇役もしっかりと物語を盛り上げる演技をしていた。

 数曲の挿入歌があり、プリータムが作曲をしていたが、「Tadap」の音楽は弱かった。いい曲がひとつもなかった。プリータムが手を抜いたとしか思えない。そしてなぜか彼が作曲した、「Jab We Met」(2007年)の「Mauja Hi Mauja」が何のアレンジもなくそのまま使われていた。

 映画の舞台はウッタラーカンド州の避暑地マスーリーで、実際に当地で撮影されたと思われる。イシャーナーが乗っていたバイクは、インドのカスタムバイク屋ヴァルデンチ(Vardenchi)のもののようだ。ロイヤルエンフィールドをカスタムしたものらしく、あまり見ない独特のデザインだった。このヴァルデンチのバイクでヒマーラヤ山脈の山道を疾走するシーンは爽快だった。

 「Tadap」は、スニール・シェッティーの息子アハーン・シェッティーのデビュー作であり、第一には彼のために作られた映画である。大ヒットしたテルグ語映画のリメイクだが、おそらく原作よりもパワーダウンしており、チグハグな印象を受ける映画であった。ただ、アハーンの演技は良かったし、ヒロインのターラー・スターリヤーも難しい役に挑戦していた。次世代のスターたちの今後につながる作品だといえる。