2019年10月18日からHotstarで配信開始されたヒンディー語映画「Chhappad Phaad Ke」は、正直な人柄で尊敬を集めていた男性がある日大金を手にしたことで起こる出来事をブラックコメディータッチで描いた作品である。
監督はサミール・ヘーマント・ジョーシー。全く無名の新人監督である。主演はヴィナイ・パータク。他に、スィッダールト・メーナン、アーイシャー・ラザー・ミシュラー、シータル・タークル、マーダヴ・ヴァーズ、サンディープ・メヘターなどが出演している。
題名の「Chhappad Phaad Ke」は、本来ならば「Chhappar Phaad Ke(屋根を破って)」になるはずである。ヒンディー語の諺に、「神様は、与えるときは屋根を破って与える」というものがある。神様は信者に恩恵を与えるとき、小出しにはせず、一度にたくさんの恩恵を与えるという意味である。題名はそれに由来している。
時は高額紙幣廃止があった2016年、場所はムンバイー。シャラド・アートマーラーム・グプチュプ(ヴィナイ・パータク)は近所では正直者で知られた男性で、政党の党員として政治家を目指していたが、あまりに正直者すぎてなかなか出世できなかった。妻のヴァイシャーリー(アーイシャー・ラザー・ミシュラー)、息子のシュバム(スィッダールト・メーナン)、そして娘のケータキー(シータル・タークル)、そして父親のアートマーラーム(マーダヴ・ヴァーズ)と共に細々と暮していた。 あるとき、シュバムは森林の中で5千万ルピーが入ったバッグを見つけ、家に持ち帰る。その金は、偽の投資案件を持ちかけて人々から金を巻き上げた詐欺師が持ち逃げしていたものだった。シャラドもその投資案件に投資をしていた。また、シャラドは以前に交通事故に遭っており、その手術代のために家族はそれぞれ借金をしていた。ヴァイシャーリー、シュバム、ケータキーはその金を有効活用することを提案するが、シャラドは金を使わせようとしない。 ところが、友人のプラモード(サンディープ・メヘター)から、3千万ルピーぐらいあれば政治家になれると聞いたシャラドは考えを変え、その金を資金源にして政治家を目指すことを考え始める。プラモードは、詐欺の被害者を組織してその会の会長にシャラドを据える。シャラドは、家族の前では金を燃やした振りをして、実際には金を隠し持ち、それを自身の宣伝につぎ込む。 シュバムは異変に気づき、まずはヴァイシャーリーを疑って尾行する。すると、叔父に金を渡そうとしているのを見つけた。ヴァイシャーリーは夫の手術代のために叔父から金を借りていたのだった。また、シュバムはケータキーが自分の友人パレーシュと付き合っていることも知ってしまう。ケータキーも父親の手術代のためにパレーシュから金を借りており、返さなければならなかった。一方、シャラドから、シュバムが金を盗んだと聞いたヴァイシャーリーはシュバムを責めるが、シュバムは家中を探してシャラドが隠していた金を見つけ出す。そこへケータキーとシャラドも帰って来て乱闘になる。その混乱の中で、アートマーラームの腹にナイフが刺さって死んでしまう。 グプチュプ家の遺族四人は、アートマーラームが自然死したことにし、火葬を行う。そして何事もなかったかのように生活し、徐々に裕福な生活をするが、警察は犯行の手掛かりを見つけていた。
突然大金を手にしてしまった家族がトラブルに巻き込まれていく様子を追ったブラックコメディー映画だった。とはいっても、グプチュプ家が大金を手にしたことは、家族の外には知られない。金を巡って家族のメンバー同士が疑心暗鬼に陥り、次第に不幸な道へ突き進むことになる。
映画のスパイスとなっているのは、主人公のシャラドが自他共に認める正直者という設定になっていることだ。シャラドは信号無視もしないような徹底的法律遵守の男で、本来ならば拾った金をネコババするなどもってのほかだった。だが、彼には政治家になる夢があった。そして政治家になるにはまとまった金が必要だった。年率16%の利子を目当てに投資をした案件も詐欺と分かった今、彼はその降って湧いた5千万ルピーの金の前に日頃の主義主張を忘れてしまう。
正直者が一度不正を行ったら、どん底まで落ちるのに時間は掛からない。シャラドは家族を騙して金を独占しようとし、実の父親が瀕死の状態になっても、金をネコババしたことが警察にばれるのが嫌で、救急車を呼ばず、死ぬに任せてしまった。
だが、インド映画は一般的に道徳を重んじる。拾った金をネコババしたグプチュプ家がそのままお咎めなしというわけにはいかない。シャラドは自ら警察に手掛かりを渡してしまっていた。1枚だけ2000ルピー札を警察に献上していたのである。行方不明になった紙幣の記番号を警察が入手し、それと照合することで、シャラドがその金を持っていたことが分かってしまったのである。そこで映画は終幕となるが、グプチュプ家の身に今後待ち受けている未来は明るくないことだけは確かだ。
映画の時代は2016年。それが分かる理由は高額紙幣廃止である。2016年11月8日にモーディー首相が突然、1,000ルピー札と500ルピー札の廃止を宣言したが、その出来事が映画の中でも触れられていた。しかし、高額紙幣廃止を主題とした映画ではなく、それで主人公や一家が格別に困る様子も描かれていなかった。
モーディー首相が提唱したスワッチュ・バーラト(クリーン・インディア)運動にも触れられていたし、モーディー首相を賞賛する台詞もあった。あからさまではないものの、親モーディー的な思想を感じる映画でもあった。
ヒンディー語映画界で正直者を演じさせたら、シャルマン・ジョーシーかヴィナイ・パータクか、といったところだ。転落していく正直者をヴィナイ・パータクが熱演した。アーイシャー・ラザー・ミシュラー、スィッダールト・メーナン、シータル・タークルなども好演していた。
「Chhappad Phaad Ke」は、ある日突然大金を手にしてしまった家族が転落していく様子を追ったブラックコメディー映画である。意外に大事件は起こらないのだが、家族内で疑心暗鬼が拡大していく様子など、グリップ力のある展開が見物だった。また、ヴィナイ・パータクなどが熱演していた。観て損はない映画である。