Thithi (Kannada)

4.0
Thithi
「Thithi」

 印米合作のカンナダ語映画「Thithi」は、2015年8月8日にロカルノ国際映画祭でプレミア上映され金豹賞を受賞したのを皮切りに、世界中の映画祭で上映され絶賛された作品である。カルナータカ州南部マーンディヤー県に位置する農村が舞台で、101歳で大往生を遂げた老人の息子、孫、ひ孫が、「ティティ」と呼ばれる法事を巡って織り成すドラマを写実的に追っている。Netflixで日本語字幕付きで配信されていたことがあり、「ガウダ爺さんのお葬式」という邦題が付いていた。

 監督のラーム・レッディーは、父親イーレー・ガウダと共に故郷ノデコッパル村を舞台にした映画を撮ろうと思い立ち、プラハ映画学校で映画作りを学んだ後、そのプロジェクトに取りかかった。彼は父親と共に脚本を仕上げ、演技未経験の村人たちからキャラクターに合った人物を起用して「Thithi」を撮った。よって、この映画に出演しているのは皆、ノデコッパル村に住む村人たちである。

 映画に登場する一家のカーストは、ガウダ姓であることから、カルナータカ州南部に分布するオッカリガ(Vokkaliga)だと特定できる。オッカリガは、北インドのクシャトリヤやラージプートに相当する地主階級である。

 ノデコッパル村に住む101歳のセンチュリー・ガウダが死んだ。センチュリーの長男ガッダッパーは酒を飲んで村中を歩き回っており、役に立たなかった。ガッダッパーの息子タンマンナーは幾分責任感があり、父親に代わって葬儀を行おうとする。タンマンナーにはアビという思春期の息子がいた。

 センチュリーの葬儀は終わったが、僧侶から11日後に「ティティ」の儀式を行うことを指示される。そのためには資金が必要だった。タンマンナーは、センチュリーの名義になっていた土地を売ろうとする。だが、センチュリーが死んだ今、その土地の所有権はガッダッパーにあった。ガッダッパーは息子の言うことを聞きそうにない。そこでタンマンナーはガッダッパーの死亡証明書を偽造し、その土地をセートゥという木材商に売り払おうとする。死亡証明書を偽造するためには高額の手数料が必要であり、タンマンナーは高利貸しのカマラーから借金をする。土地が売れればすぐに返済できると考えていた。

 また、死亡証明書の偽造にあたって、ガッダッパーを村から遠ざける必要があった。タンマンナーはガッダッパーに金を渡し、半年間旅をしてくるように言う。ガッダッパーはバスに乗って村を出るが、すぐに降りてしまう。

 ところで、アビは遊牧民の少女カーヴェーリーを追いかけていた。ガッダッパーはたまたまその遊牧民の集団と会い、親しくなって、共に過ごすようになる。ガッダッパーは気前よく彼らに肉や酒を振る舞う。その晩、遊牧民が連れていた羊の内、何頭かが盗まれる。盗んだのはアビと彼の友人たちだった。アビは、ティティのときの宴会に必要な羊を購入するために父親から現金を預かっていたが、それを賭博で使い果たしてしまっていた。困ったアビは遊牧民から盗んだのだった。

 ガッダッパーは、孫のしたこととは露知らず、手持ちの現金を遊牧民に分け与える。だが、盗難があったことでもうその土地にはいられなくなり、彼らは移動を開始する。ガッダッパーは遊牧民の集団に付いていく。その途中で、タンマンナーが主催するティティに出くわす。村人たちはガッダッパーを見つけ、ティティに呼び込む。そのときちょうど、タンマンナーが土地を売ろうとしていたセートゥが土地の検分に訪れており、ガッダッパーが生きているのを見て詐欺だと気付く。タンマンナーは土地の売買が破談になったことでガッダッパーを責める。その頃、アビとカーヴェーリーは牛舎でセックスをしていた。

 インド映画を分析する上で重要な概念は「カルマ(業)」だ。作用すれば反作用があるように、行動には必ず結果が伴い、それはしばしば世代を越えて実を結ぶ。「Thithi」のストーリーはランダムな事件の羅列に見えるが、そこには親から子へ受け継がれていくカルマの流れや、因果応報がまた逆流する様子を見出すことができる。

 ガウダ家の最年長者であるセンチュリーは、出番は少ないものの、強烈なインパクトを残すキャラクターだ。映画の冒頭、センチュリーは村の路地の片隅に座り、道行く人々に罵声を浴びせかける。101歳まで生きたことで周辺地域では名が知られていたが、決して周囲の人々から尊ばれていた人物ではないことが分かる。終盤になると、彼が息子ガッダッパーの妻に手を出し、彼女の自殺を引き起こしたことが判明する。センチュリーは立ち上がり、少し歩いた後、急に倒れ込んでそのまま息を引き取る。

 ガッダッパーは「Thithi」の中でももっともエキセントリックなキャラクターだ。髭は伸び放題で、酒瓶をポケットに忍ばせ、常に村のあちこちを歩き回っている。父親が死んだと聞いても彼は全く動じない。家族にもっとも迷惑を掛けている人物に見えるが、センチュリーのしでかしたことが分かると少し同情の気持ちも芽生える。それでも、ガッダッパーの息子タンマンナーにとってはやはり困った父親であった。

 タンマンナーは、祖父の名義だった土地のことで頭がいっぱいだった。祖父が死んだことでその土地は父親のものになるのだが、父親は放浪者のような生活を送っており、土地に全く興味がない。一方で、ガッダッパーの兄弟たちはその土地を虎視眈々と狙っている。タンマンナーは一刻も早くその土地を売り払って現金化したかった。祖父のティティのためにも資金が必要だった。ガッダッパーの協力が得られないことが分かると、タンマンナーは父親の死亡証明書を偽造して土地を売る違法行為に出る。

 タンマンナーの息子アビは、父親からこき使われ、不満を抱いていた。思春期真っ只中で異性に興味があり、遊牧民の少女カーヴェーリーを見初め、追いかけて口説き落とす。アビは、賭博で失敗し、ティティで必要な羊を買うために父親から預かった金を使い果たしてしまい、遊牧民から羊を盗み出す。

 この遊牧民の集団にはたまたまガッダッパーがいた。タンマンナーは、死亡証明書を偽造するにあたってガッダッパーを村の外に追い出す必要があり、彼に多額の現金を与えて旅に出していたのだった。だが、ガッダッパーはそれほど遠くに行かず、すぐにバスを降りてしまい、ノデコッパル村近くに野営していた遊牧民に迎え入れられていたのだった。ガッダッパーは、羊を盗まれた遊牧民に同情し、彼らに手持ちの現金を気前よく分配してしまう。

 その頃、タンマンナーはガッダッパー抜きでティティを実施していたが、盗難事件をきっかけに移動を開始した遊牧民がたまたまそばを通りかかり、ガッダッパーは見つかってしまう。ガッダッパーがティティに参加したことで、彼が死んでいないことが、タンマンナーが土地を売ろうとしていた相手にばれてしまう。取引が破談になって怒ったタンマンナーはガッダッパーから金を取り戻そうとするが、既に遊牧民に分配した後だった。また、タンマンナーはガッダッパーに、半年間村には戻らないと、アビを賭けて誓わせていた。その誓いが破られたことで、今後アビの身に不幸が訪れることも容易に予想される。とりあえずアビは、遠くへ去ろうとするカーヴェーリーを捕まえて牛舎でセックスをしていたが、前途は多難である。

 ノデコッパル村は実在し、そこで撮影が行われた上に、演技未経験の村人たちを起用して撮られた作品であるため、作り物ではない強烈なリアルさがある。特にセンチュリー役やガッダッパー役を演じたお爺さんたちは、まるでこの役を演じるために存在したかのようだ。葬列の先頭で踊るお爺さんもいい味を出している。そう、お爺さんがとてもいいのである。

 「Thithi」は、101歳まで生きた老人が大往生を遂げたことで広がった波紋を、複数の世代にまたがる因果応報を軸に丁寧に描きだした、カンナダ語映画の傑作だ。キャラが個性的すぎて、まるで童話のようだが、そこで描出されているのは残酷なまでの現実である。素人俳優たちのはまり役の演技も素晴らしい。必見の映画である。