
1965年5月7日公開の「Kapurush(臆病者)」は、サティヤジト・ラーイ(サタジット・レイ)監督が最高傑作の誉れ高い「Charulata」(1964年/邦題:チャルラータ)の直後に撮った67分の短編映画である。主演は、「Mahanagar」(1963年/邦題:ビッグ・シティ)と「Charulata」でも主演をしていたマーダビー・ムカルジー。これら3本はしばしば、ラーイ監督のフィルモグラフィー初期を彩る「Pather Panchali」(1955年/大地のうた)、「Aparajito」(1956年/邦題:大河のうた)、「Apur Sansar」(1959年/邦題:大樹のうた)の「オプー三部作」と対比して、「都会三部作」または「マーダビー・ムカルジー三部作」と呼ばれる。「Kapurush」では前2作と同様に都会人の精神性に焦点が当てられている。
公開当時、「Kapurush」は「Mahapurush」(1965年)との二本立てだった。2025年、「サタジット・レイ・レトロスペクティブ」を構成する一作品として日本で初公開されたとき、この2作は別の作品として扱われた。「Kapurush」の邦題は「臆病者」である。
原作はベンガル語文学作家プレーメーンドラ・ミトラの「Janaiko Kapuruser Kahini(ある臆病者の物語)」(1963年)。音楽はサタジット・レイ自身が作曲している。キャストはソウミトラ・チャタルジー、マーダビー・ムカルジー、ハーラーダン・バンドーパーディヤーイである。
カルカッタで脚本家として生計を立てるアミターバ・ラーイ(ソウミトラ・チャタルジー)は、題材を探す旅に出て、ハースィマーラーへ向かっていた。だが、途中でタクシーが故障してしまう。修理のために立ち寄ったガレージでアミターバはビマル・グプター(ハーラーダン・バンドーパーディヤーイ)と出会う。ビマルはアミターバを自宅に招待する。彼は茶園のオーナーであった。
ビマルの家に着いたアミターバは、彼の妻カルナー(マーダビー・ムカルジー)を見て驚く。カルナーは、アミターバが学生時代に付き合っていた女性だった。だが、カルナーは彼によそよそしい態度を取る。そんなことは知らないビマルはアミターバを歓待する。その夜、眠れなかったアミターバが居間に出るとカルナーに出くわす。カルナーは彼に睡眠薬を渡す。
翌朝、ビマルは駅までアミターバを送るついでに妻を連れてピクニックに出掛ける。ビマルは川辺で寝転がっている内に眠ってしまった。その隙にアミターバはカルナーに手紙を渡す。もしまだ自分のことを愛してくれていたら駅まで来てくれ、という内容だった。
駅まで送ってもらったアミターバはカルナーを待ち続けた。その内アミターバは眠ってしまうが、目を覚ますとカルナーがいた。だが、カルナーは彼に睡眠薬を返してもらいに来ただけだった。アミターバから睡眠薬を受け取るとカルナーは去って行く。
アミターバは大学を卒業したインテリ層で、映画の脚本を書く文化人であった。彼が偶然、大学時代の元恋人カルナーと再会したときの心理描写が中心の映画であり、途中何度か入るフラッシュバックによって二人の過去の関係が徐々に明かされていく構成になっている。
おそらくカルナーの後見人であった叔父は、彼女とアミターバの関係を好ましく思っておらず、彼女からアミターバを引き離すためにパトナーに転勤しカルナーを連れて行くことにした。カルナーはそれを伝えにアミターバの家を訪れる。このときカルナーは駆け落ちも辞さない考えであったに違いない。だが、臆病なアミターバは二の足を踏んでしまう。彼の煮え切らない態度に業を煮やしたカルナーは彼を見捨てて去って行く。だが、その後もアミターバはカルナーのことが忘れられず、独身を通していた。そんなアミターバが偶然にカルナーと再会したのである。だが、既にビマルの妻になっていた。
ビマルは茶園のオーナーをして経済的に裕福だったが、美しく教養も高いカルナーに釣り合うような男性には見えなかった。二人の間に子供もいなさそうだった。アミターバは思い切ってカルナーを奪おうとする。だが、カルナーは彼の誘いには乗らなかった。
アミターバは、大学時代、勇気がなかったばかりに失ったカルナーを、今、勇気を振り絞って奪い取ろうとする。だが、勇気を振り絞ったとはいっても、彼がしたことは、カルナーに手紙を渡しただけだった。大学時代、カルナーは勉学も生活も名誉も全てを投げ打ってアミターバの元に駆け込んだ。アミターバはその思いに応えてあげられなかったが、彼の臆病さは今になって直っているだろうか。彼は少しもリスクを冒していない。もしアミターバと一緒になろうと思ったら、またリスクを冒さなければならないのはカルナーの方だ。果たしてこれが勇気ある行動であろうか。もし勇気があれば、アミターバはビマルに堂々とそのことを言えばいい。それをせず、こっそりカルナーを連れ出そうとする。そういう態度にカルナーは再び失望したのだ。
アミターバは駅でカルナーがやって来るのを待つ。カルナーはやって来るが、彼と一緒に行くためではなかった。アミターバが家から持ち出した睡眠薬を返してもらうためだった。睡眠薬という小道具は原作にはなかったもので、サティヤジト・ラーイ監督の追加である。ビマルはいびきがうるさく、睡眠薬がないと眠れないだけなのかもしれないが、カルナーが睡眠薬を常用していることから、彼女が幸せな結婚生活を送っているイメージは沸かない。それでも彼女はアミターバと一緒に行くことを拒否したのだ。なぜなら臆病なアミターバよりもビマルの方がまだマシだったからだ。
アミターバ役のソウミトラ・チャタルジーとカルナー役のマーダビー・ムカルジーはどちらも主演扱いだといえる。アミターバの視点から語られる物語であり、彼の心理描写が主体となるが、彼の視点からカルナーの心理が探られることになり、より注目されるのは彼女の心理の方だ。そしてそれは見事に行き違う。男性には女心が全く分からないことを示しているといえる。
西ベンガル州で茶園というとダージリンが有名だが、アミターバの向かっているハースィマーラーはアッサム州に近い地域にあり、この辺りが舞台になっていると考えられる。ちなみにダージリンは山の上にあり、ダージリンの茶園は山の斜面に広がっている。一方、アッサムティーの茶園は平野に広がっている。ビマルの茶園で栽培されているのはダージリンティーではなくアッサムティーの茶葉なのではないかと推測される。
「Kapurush」は、短編ながらも登場人物の心理描写に集中し、都会人の優柔不断さを巧みに描き出した作品だ。人生には取り返しの付かない失敗があること、そして、時には後先考えず勇気のみを持って前へ進まなければならないことに気づかせてくれる。
