
2025年7月11日からYouTubeで配信開始された「L.A.C. Battle of Galwan」は、2020年に印中国境地帯のガルワーン渓谷で発生した衝突を映画化した作品である。同じ出来事を映画化したサルマーン・カーン主演「Battle of Galwan」の製作が発表されているが、それとは全く別の作品だ。「Battle of Galwan」の方は「Shootout at Lokhandwala」(2007年)などのアプールヴァ・ラーキヤーが監督をしているが、「L.A.C. Battle of Galwan」はほとんど無名のニティン・クマール・グプターが監督している。
カシュミール地方は印パ両国が領有を主張していることで知られる。インドとパーキスターンがそれぞれ実効支配する領域の間にはLOC(Line of Control/管理線)と呼ばれる事実上の国境線が引かれている。一方、カシュミール地方には中国が実効支配している地域もある。アクサイ・チンである。インド領と中国領の間にはLAC(Line of Actual Control/実効支配線)と呼ばれる事実上の国境線が引かれている。ガルワーン渓谷はLAC沿いにある。
2020年の5月から21年1月にかけて、ラダック準州やスィッキム州のLAC各地でインドと中国の間で国境を警備する兵士同士の小競り合いがあり、両国の緊張が高まった時期があった。発端は「3 Idiots」(2009年/邦題:きっと、うまくいく)のロケ地として有名なパンゴン湖であった。東西に細長く伸びる高山湖であるパンゴン湖の上には実はLACが縦断しており、5月5日にそのLAC沿いで両国の兵士たちの間で衝突があった。その後、LAC各所で両国の兵士たちが対峙し、小競り合いに発展した場所もあった。その内のひとつがガルワーン渓谷である。
ガルワーン渓谷では1962年の中印戦争のときにも衝突があり「ガルワーンの戦い」と呼ばれているが、「L.A.C. Battle of Galwan」が主題にしているのは2020年の事件だと断定していいだろう。2020-21年の中印国境衝突には不明な点が多いのだが、伝えられるところでは、6月15日にガルワーン渓谷にて両国の兵士たちの間で武力衝突があり、双方に死者が出たとのことである。
特異なのは、現代戦なのにもかかわらず、このとき両国の兵士たちは銃火器を使用せず、素手、石、棍棒などの原始的な武器を使って戦ったことだ。これは、1996年に両国間で結ばれた協定が影響している。両国は国境地帯の緊張緩和のため、銃火器の携行をお互いに禁じていたのである。
2020年のガルワーン事件は、1967年のナトゥ・ラ事件以来、死者が出た最悪の中印武力衝突になった。インド国内では対中感情が悪化し、TikTokなど中国発アプリが禁止されたり、中国からの輸入品に依存しない体制の構築が呼びかけられたりするなど、大きな影響が出た。
近年、ヒンディー語映画界では愛国主義的映画の製作が盛んに行われており、愛国心高揚につながるような過去の戦争や軍事作戦が題材として好まれるようになっている。2020年のガルワーン事件が題材に選ばれたのは必然であった。ただ、「L.A.C. Battle of Galwan」は劇場一般公開されていない。もちろん、劇場一般公開を目的として作られた映画ではあるが、中央映画認証局(CBFC)の認可が下りず、やむなくYouTubeでの公開になった。認可が下りなかった理由は、ガルワーン事件で殉死した兵士の写真を使っていたことだと伝えられている。
だが、実際にこの映画を観てみたところ、CBFCから認可が下りなかった以上に多くの問題点を抱えた作品だと感じた。
まず、「L.A.C. Battle of Galwan」は、「インドで初めて全体をシングルショットで撮ったアクション映画」だと喧伝されている。映画のほぼ全編となる83分間、カットを入れずに長回しで撮っているというのだ。シングルショットで撮影されたことで話題になったNetflixドラマ「アドレセンス」(2025年)でも、各エピソードの時間は60分前後であったので、その主張が事実であるとすれば、かなり技術的に困難な挑戦をしたことになる。だが、実際に観てみたところでは、厳密な意味でのシングルショット映画ではないと感じた。途中、各所でつなぎ目があり、アルフレッド・ヒッチコック監督の「ロープ」(1948年)のような擬似的なシングルショット映画だと断定できる。しかも、シングルショットの技法は臨場感を出すために採用されるものであるが、ニティン・クマール・グプター監督の技術が未熟であるためか、全く緊迫感に欠け、シングルショットの良さが出ていなかった。
その大きな一因は俳優たちのやる気のなさである。キャストには、ラーフル・ロイ、ニシャーント・スィン・マルカーニー、ヴィピン・カウシク、ヴィシャール・シャルマー、ハニーフ・ボボ、ルーパーリー・ヤーダヴ、ステンジンなどの名前があるが、今まで聞いたこともない無名の俳優たちばかりだ。しかも、クレジットを見ると、俳優たちが裏方も担当している。むしろ、裏方が俳優をせざるをえなかったほど、低予算で作られた映画だということが分かる。なにしろニティン・クマール・グプター監督自身が悪役を演じているのである。このような烏合の衆が目も当てられない演技を繰り広げるのである。シングルショットに挑戦する前にやることがあるだろうと叱り飛ばしたくなる。
ガルワーン事件を題材にしながら、奇妙なことに中国や人民解放軍といった固有名詞は全く登場しない。敵は登場するが、国籍はあえて不明とされている。だが、どう見ても中国人ではない。演技も素人そのもので、まるで学芸会のようだ。
あらすじをいちいち説明する気力もないが、国境地帯に配備された若い軍人クンダン(ニシャーント・スィン・マルカーニー)とジャイ(ヴィピン・カウシク)が、部隊と共にガルワーン渓谷をパトロール中に「侵略者」と遭遇し、戦闘状態に入るという導入部の物語である。映画のほとんどで茶番劇のような戦闘シーンが延々と続き、間に全く蛇足なロマンスや友情のシーンが差し挟まれる。
もしCBFCから認可が下りていたとしても誰も配給をしなかったと思うし、もし万一配給会社が見つかったとしても、どの映画館もこのような駄作を上映したがらなかっただろう。結局、YouTubeで配信せざるをえなかったのは、作品の質があまりに低かったからだと邪推せざるをえない。
「L.A.C. Battle of Galwan」は、YouTubeで配信されている以上、誰でも鑑賞は可能だ。だが、観ていると頭痛がしてくる超駄作であり、観てはならない。