
2025年6月20日公開のテルグ語・タミル語映画「Kuberaa」は、テルグ語映画界のスーパースター、ナーガールジュナとタミル語映画界のスーパースター、ダヌシュが共演したアクション・スリラー映画である。テルグ語とタミル語で同時に撮影が行われ、劇場公開時にはこの2言語のバージョンが上映された。ただし、同年7月18日にAmazon Prime Videoで配信されたときには、ヒンディー語版、カンナダ語版、マラヤーラム語版も配信された。鑑賞したのはヒンディー語版である。
監督は「Happy Days」(2007年)、「Life Is Beautiful」(2012年)、「Fida」(2017年)などのシェーカル・カンムラ。基本的にはテルグ語映画界の映画監督であり、2言語で撮影されたこの作品もテルグ語の方がメインであると考えることができる。音楽監督はデーヴィー・シュリー・プラサード。
ナーガールジュナとダヌシュの共演は本作が初である。ヒロインは絶好調のラシュミカー・マンダーナー。他に、ジム・サルブ、ダリープ・ターヒル、サーヤージー・シンデー、ハリーシュ・ペーラディ、スナイナー、ナーサル、ジャヤプラカーシュなどが出演している。
ベンガル湾で巨大な油田が発見された。実業家のニーラジ・ミトラー(ジム・サルブ)はその油田を独り占めしようとし、ガソリン・天然ガス大臣のスィッダッパ(ハリーシュ・ペーラディ)と取引をする。スィッダッパ大臣は1兆ルピーの賄賂を要求する。その内の半分はホワイトマネーでの支払いを求めた。ニーラジは父親(ダリープ・ターヒル)と相談し、4人の乞食の名義を使ってペーパーカンパニーから支払う手段を採ることを決める。そのためにニーラジは、大臣の汚職を暴こうとして濡れ衣を着せられ刑務所で服役していた元CBI(中央情報局)オフィサーのディーパク・テージ(ナーガールジュナ)に白羽の矢を立てる。ディーパクは、妻子と幸せな生活を送るため、ニーラジのオファーを受け入れ、彼のために働くことになる。
ニーラジの忠実な部下パーティルは、インド中から4人の乞食をムンバイーに集めて来る。ケールー、ディビヤー、クシュブー、そしてデーヴァー(ダヌシュ)であった。デーヴァーはティルパティで乞食をしていたが、仕事をオファーされ、ムンバイーに連れて来られていた。ディーパクはまず彼らの身なりを整えさせ、次に彼らに経営者としてのマナーを身に付けさせる。そして彼らのIDを作成し、ペーパーカンパニーを作らせ、彼らを経由して1,000億ルピーを汚職に関連する大臣に口座に振り込ませる。そして、用が済んだら彼らは一人一人殺されていった。
デーヴァーも殺されそうになるが、彼を使った振り込みが失敗し、彼の存在が必要になる。だが、デーヴァーは隙を見て逃げ出していた。逃亡中にデーヴァーはサミーラー(ラシュミカー・マンダーナー)と出会う。サミーラーはデリー出身だったが、恋人のラージューと駆け落ち結婚しようとし、ムンバイーにやって来ていた。だが、怖じ気づいたラージューは集合場所に現れず、サミーラーは途方に暮れていた。サミーラーは腹を空かせたデーヴァーにチョコレートを与え、デーヴァーは自殺しようとしたサミーラーを止める。サミーラーは彼に携帯電話を貸し、ハージー・アリー・モスクまで送る。
ディーパクはデーヴァーを探してサミーラーのところまでたどり着く。サミーラーからデーヴァーの居場所を聞き、ハージー・アリー・モスクに直行するが、デーヴァーは追っ手の姿を見て逃げ出した。デーヴァーはディーパクの家に戻り彼に会おうとするが、大勢の追っ手が来たため、恐れをなして逃げ出す。
一方、サミーラーはデリーに戻ることもできず、ムンバイーの女子寮に入っていた。デーヴァーはサミーラーに会いに行き、彼女から助言をもらう。デーヴァーは会社を登記したときに会った登記官ナーラーヤン・ガーイクワードに会いに行くが、彼は既に殺されていた。デーヴァーは不審者扱いされ、アショーク・ゴードボーレー警部補(サーヤージー・シンデー)の尋問を受ける。アショークは、デーヴァーの話から汚職事件を嗅ぎ取り、彼を連れてガーイクワードの隠れ家まで行く。そこで大量の現金や金塊を見つける。さらに、アショークはデーヴァーのペーパーカンパニーが関与する建築現場までたどり着くが、そこでディーパクに殺される。デーヴァーはまたも脱出に成功する。
デーヴァーはサミーラーを連れてガーイクワードの隠れ家へ行き、そこに隠してあった現金や金塊を見せる。サミーラーは、その金を持って逃げるようにデーヴァーに言うが、デーヴァーはディーパクに復讐すると言い張る。デーヴァーはディーパクをおびき出して捕まえるが、ディーパクは一緒にニーラジの不正を暴こうと提案する。ディーパクは、用が済んだら自分も殺されることに気付いており、妻子をドバイに逃がして、機会をうかがっていた。ディーパクは、殺さずに密かに生かしていたクシュブーをデーヴァーと引き合わせ、彼の信頼を得る。だが、パーティルたちがやって来てデーヴァーを連れて行こうとする。このとき、妊娠していたクシュブーは男児を出産して死に、ディーパクもデーヴァーたちを守って命を落とす。デーヴァーはディーパクから、ニーラジの不正の証拠を受け取っていた。
デーヴァーはニーラジに対し、証拠が欲しければ1日だけでもいいから乞食をしろと言う。ニーラジは1日乞食をする。デーヴァーはニーラジを誘拐し、彼と戦って殺す。そして、クシュブーが生んだ男児ラージャーとサミーラーを連れてティルパティに帰る。
題名の「Kuberaa」とはインド神話に登場する富の神クベーラのことだ。日本では毘沙門天として知られている。その題名からは金銀財宝ザックザクの豪華絢爛な映画を想像したが、蓋を開けてみれば、ダヌシュが乞食を演じるという、全く正反対の映画であった。ただし、3億4,000万バレルの油田と1兆ルピーの汚職を巡る物語であり、数字だけはクベーラ級に大きい。
ジム・サルブ演じる大富豪ニーラジと、ダヌシュ演じる乞食デーヴァーがなぜ接点を持ったかといえば、「ベーナーミー」と呼ばれる違法取引に乞食が必要だったからだ。ニーラジは、発見された油田を密かに国から買い取ろうとしていたが、その対価として大臣から1兆ルピーを求められていた。その内の5,000億ルピーはホワイトマネーで払わなくてはならなかった。タックスヘイブンに作ったペーパーカンパニーから、この汚職に関わる各大臣の口座に支払われることになったが、そのペーパーカンパニーの名義人が必要だった。一度はそのペーパーカンパニーに大金が振り込まれるため、少しでも知恵と欲のある人物を名義人にすることは危険である。そのため、読み書きができない乞食をペーパーカンパニーの創業者に仕立て上げることにした。そうして集められた乞食の一人がデーヴァーだったのである。
乞食とはいってもタミル語映画界のスーパースターであるダヌシュが演じているため、インド映画の定型パターンとして、デーヴァーには何らかの特殊能力があることが予想された。だが、デーヴァーは本当に読み書きができなかった。記憶力だけは少し良かったが、それ以外に彼が秀でたところは見当たらなかった。強いていえば、乞食の人生を歩んでいながらも、常に生きることに前向きだったことがあげられる。その持ち前のポジティブさは、駆け落ち結婚に失敗して自殺しようとしていたサミーラーを勇気づけることになった。
「Kuberaa」の最大の見どころはナーガールジュナとダヌシュの初共演である。今回、ナーガールジュナが演じたのは、元CBIオフィサーのディーパクであった。CBI時代の彼は有能かつ正直な公務員であったが、濡れ衣を着せられ刑務所にぶち込まれたことで当局への忠誠を失い、ニーラジの汚職に加担することになった。元CBIオフィサーだっただけあって汚職の手口をよく理解しており、彼の知見にもとづいて資金移動が行われていた。ただ、デーヴァーを使った資金移動にだけ失敗する。それでも、彼の中には良心が残っており、デーヴァーを追う中で彼はニーラジの不正を暴く側に回ろうとする。ただし、ディーパクは最後に命を落としてしまう。ストーリーの上でより重要なのはダヌシュの方であり、決してナーガールジュナとダヌシュは対等なヒーローではなかった。ドバイに逃げたディーパクの妻子がその後どうなったのかが描かれることがなかったのも、彼の扱いが低かったことを物語っている。
ラシュミカー・マンダーナーが演じたサミーラーの役も、正統派ヒロインではなかった。駆け落ち結婚に失敗し、デーヴァーと出会っていたが、彼女は常に巻き込まれ役であり、物語が進行するにつれてますます添え物になっていく。デーヴァーとサミーラーの関係も発展しなかった。
もし社会的なメッセージが込められているとしても、それは中途半端で終わってしまっている。インド社会の最底辺に位置する乞食たちにスポットライトを当てた作品だと読み取ることができるが、そこに真剣なまなざしを見出すことは困難である。デーヴァーは自分の名義になっている1,000億ルピーをインド中の乞食のために使おうとするが、それも結局は実現しなかった。映画の最後で悪役ニーラジは死んだが、多くの問題は未解決のまま残っていた。娯楽映画と社会派映画のアンバランスな融合だと評せざるをえない。
演技面ではナーガールジュナとダヌシュが一歩も譲っておらず、彼らの共演は間違いなく大きな見どころだ。特にダヌシュは元々細身かつ色黒であるため、乞食の外見をすると本当に乞食に見えてしまう。庶民の役に完全になりきることができる希有なスーパースターだ。悪役のジム・サルブも出番が多く、本領を発揮できていた。
テルグ語およびタミル語の映画でありながらムンバイーが舞台であり、セリフの中にもヒンディー語が多く混じっていて、近年流行している汎インド映画の特徴を有している映画だ。マラヤーラム語を話すキャラもいた。ただ、劇場で公開されたのはテルグ語版とタミル語版のみであった。雰囲気が暗かったため、ヒンディー語圏などの配給業者から買いが入らなかったのかもしれない。
「Kuberaa」は、初共演したナーガールジュナとダヌシュが激突する映画だ。特にダヌシュが乞食役を演じるということで、一定の話題性がある。ただ、ストーリーからは同じ場所をグルグル回っている印象が強く、下手に社会的なメッセージを発信しようと色気を出したためにバランスを失っている。興行的には成功したとされているが、2人の大スターが初共演した映画としては寂しい数字だ。あまり期待せずに観るくらいがちょうどいい作品である。