「アンタークシャリー(Antakshari)」はインド人の間で人気の遊びだ。映画の中でも時々出て来る。ヒンディー語で「अंताक्षरी」と書くが、これは「最後の文字」という意味になる。日本でもっとも近い遊びは「しりとり」である。ただ、しりとりは基本的に単語を単位とする遊びであるのに対し、アンタークシャリーは歌を単位としている。歌を歌い、ときには踊りも踊りながら、しりとりをしなければならないので、日本のしりとりよりも難易度も高い。また、アンタークシャリーで歌われる歌は通常、映画音楽から引かれる。「アンタークシャリー」は「歌しりとり」と訳すのが最適であろう。
アンタークシャリーは、2名以上、または2チーム以上で遊ばれる。まずは最初の歌が歌われる。冒頭の一節をフルで歌うことが求められる。その最後の単語の最後の文字が、次の人が歌う歌の最初の一文字になっていなければならない。日本のしりとりほど厳密ではなく、子音が同じならばよい。母音が最後に来たならば、母音の長短は関係なくなる。
歌を思い付かなかったり、冒頭の一節を歌いきれなかったりした場合は、その人またはチームの負けになる。また、同じ歌を歌うのも禁止されている。日本のしりとりでは「ん」で終わる単語を言った人が負けになるルールがあるが、インドのアンタークシャリーにはそのようなルールはない。基本的にどの単語からも次の歌を続けていくことができる。
アンタークシャリーに似たゲームは古代からあったとされるが、現在の形になったのは20世紀だとされている。そもそもインド映画の歴史が100年余りであり、映画に歌曲が入るようになったのは1930年代にトーキー化して以降だ。よって、それよりさかのぼることはない。さらに、アンタークシャリーの普及に貢献したのはラジオやテレビであり、伝統的な遊びというよりは、現代に生まれた大衆ゲームだといえる。
テレビが普及する前にインド人に娯楽を提供したのはラジオだった。インドでは映画音楽の放送が排除されていた時代もあるのだが、スリランカの国営ラジオ局「ラジオ・セイロン」がヒンディー語映画音楽を流し、それがインドでも受信できたため、人々に楽しまれた。インドの国営ラジオ局「オール・インディア・ラジオ(AIR)」も1957年に娯楽チャンネル「Vividh Bharati(さまざまな娯楽)」を立ち上げ、ラジオ・セイロンに対抗して映画音楽を流すようになった。この「Vividh Bharati」において1960年代からリスナー参加型のアンタークシャリー番組が放映され、人気を博したとされている。
また、インドでは1980年代にテレビが国民に普及し、1990年代にテレビ番組の自由化が進んだが、初の民間衛星チャンネル「Zee TV」では1994年から「Close-Up Antakshari」というアンタークシャリー番組が放映され、これがアンタークシャリーのさらなる普及を後押ししたともされている。
いくつかの映画でアンタークシャリーの有名なシーンがあるのだが、もっとも人々の記憶に残っているのは、サルマーン・カーンの出世作「Maine Pyar Kiya」(1989年)であろう。この映画の中盤では、主にサルマーン・カーン演じるプレームとバギヤシュリー演じるスマンがアンタークシャリーをするシーンがある。9分の間に過去の名曲から当時の最新曲まで計19曲のアンタークシャリー・メドレーが行われ、しかもそれが2人の間の会話にもなっていて、しかもスマンがプレームに「I Love You」と愛の告白をする仕掛けにもなっている。
このアンタークシャリー・シーンで歌われるのは以下の曲である。
- Aaja Aai Bahar Dil Hai Bekarar 「Rajkumar」(1964年)
- Ja Mujhe Na Ab Yaad Aa 「Prem Nagar」(1974年)
- Tumhari Nazar Kyon Khafa Ho Gayi 「Do Kaliyan」(1968年)
- Ek Banjara Gaye Jeevan Ke Geet 「Jeene Ki Raah」(1969年)
- Haal Kaisa Hai Janab Ka 「Chalti Ka Naam Gaadi」(1958年)
- Kahat Kabir Suno Bhai Sadho 「Dus Numbri」 (1976年)
- Ramchandra Keh Gaye Siya Se 「Gopi」(1970年)
- Sama Hai Suhaana Suhaana 「Ghar Ghar Ki Kahani」(1970年)
- Hum To Chale Pardes 「Sargam」(1979年)
- Husn Ke Lakhon Rang 「Johny Mera Naam」(1970年)
- Gore Rang Pe Itna Gumaan Na Kar 「Roti」(1974年)
- Ruk Ja O Janewali Ruk Ja 「Kanhaiya」(1959年)
- Jahaan Main Jaati Hoon 「Chori Chori」(1956年)
- Hum To Tere Aashiq Hain 「Farz」(1967年)
- Naino Mein Sapna 「Himmatwala」(1970年)
- Yeh Public Hai 「The Train」(1970年)
- Honthon Mein Aisi Baat 「Jewel Thief」(1967年)
- Intaha Ho Gai Intezar Ki 「Sharaabi」(1984年)
- Kate Nahin Katte 「Mr. India」(1987年)
アンタークシャリーのルールを理解するためにひとつひとつ見ていこう。まずはスマンが「Aaja Aai Bahar Dil Hai Bekarar」を歌い出す。ヒンディー語でも最初の文字は「अ」であり、何もなければこの文字から始まる歌から歌い出されることが多い。
1.
आ जा आई बहार दिल है बेक़रार
ओ मेरे राजकुमार तेरे बिन रहा न जाए
आ जा
来て、春が来た、心は落ち着かない
ああ私の王子様、あなたなしでいられない
来て
「Aaja Aai Bahar Dil Hai Bekarar」の中から歌われた歌詞の一節の最後の単語が「जा」になった。すると、次の人は「ज」系の文字から始まる単語が先頭に来る歌を探して歌わなければならない。プレームが歌ったのは以下の歌である。
2.
जा जा जा मुझे न अब याद आ
जा जा जा मुझे न अब याद आ
ओ मुझे भूल जाने दे जाने दे
जा जा जा मुझे न अब याद आ तू
行け、思い出よ、消え去れ
行け、思い出よ、消え去れ
ああ僕に忘れさせてくれ
行け、君の思い出よ、消え去れ
前の歌の最後と同じ「जा」という単語から始まっているものの、これはたまたまであり、アンタークシャリーのルール上では、「जी」や「जो」などでもよかった。歌われた一節は「तू」で終わっているため、次の人は「त」系の文字から始まる単語が先頭に来る歌を探す必要がある。これを受けてスマンが歌ったのは以下の歌である。
3.
तुम्हारी नज़र क्यों ख़फ़ा हो गई
ख़ता बख़्श दो गर ख़ता हो गई
हमारा इरादा तो कुछ भी न था
तुम्हारी ख़ता ख़ुद सज़ा हो गई
あなたの視線はなぜ怒ってるの
間違いは許して、もし間違いがあったなら
わざとではなかったの
あなたの罪は罰になったの
ルール通り「तुम्हारी」から始まり、「गई」で終わっている。語末の文字は母音であるが、次の歌い出しは短母音「इ」でも長母音「ई」でもよい。
4.
इक बंजारा गाए जीवन के गीत सुनाए
हम सब जीनेवालों को जीने की राह बताए
इक बंजारा गाए हो हो हो
ある遊牧民が人生の歌を歌う
僕たち生き物に生き方を教える
ある遊牧民が歌う
冒頭の「इक」とは、「1」という意味の数詞「एक」の短縮形である。詩の中で韻律を調整するために使われることが多い。この一節は「हो」で終わっているため、次の歌い出しは「ह」系の単語になる。
5.
हाल कैसा है जनाब का
क्या ख़याल है आपका
तुम तो मचल गए ओ ओ ओ
यूँ ही फिसल गए आ आ आ
हाल कैसा है जनाब का
あなたのご機嫌はいかが
あなたのお考えはいかが
あなたは飛び上がった
そのまま転んでしまった
あなたのご機嫌はいかが
「हाल」から始まり、「का」で終わっている。よって、次の歌い出しは「क」系の単語になる。
6.
कहत कबीर सुनो भाई साधो
बात कहूँ मैं खरी
यह दुनिया एक नंबरी
तो मैं दस नंबरी
यह दुनिया एक नंबरी
तो मैं दस नंबरी
अरे कहत कबीर सुनो भाई साधो
बात कहूँ मैं खरी
यह दुनिया एक नंबरी
तो मैं दस नंबरी
यह दुनिया एक नंबरी
तो मैं दस नंबरी
カビール曰く、行者よ聞け
真面目な話をしよう
この世界が表だとしたら
私は裏
この世界が表だとしたら
私は裏
カビール曰く、行者よ聞け
真面目な話をしよう
この世界が表だとしたら
私は裏
この世界が表だとしたら
私は裏
「कहत」から始まり、「नंबरी」で終わっている。よって、次の歌い出しは「र」系の単語になる。
7.
रामचंद्र कह गए सिया से ऐसा कलिजुग आएगा
हंस चुगेगा दाना दुंका कौवा मोती खाएगा
हे रामचंद्र कह गए सिया से
ラーム王子がスィーター姫に言う、末法の世だ
ハンス鳥が穀粒をつつきカラスが真珠を食べる
ラーム王子がスィーター姫に言う
「रामचंद्र」から始まり、「से」で終わっている。よって、次の歌い出しは「स」系の単語になる。
8.
समा है सुहाना सुहाना नशें में जहाँ है
किसी को किसी कि ख़बर ही कहाँ है
हर दिल में देखो मुहब्बत जवान है
ओ ओ ओ
美しい集会、酔った世界
誰も他人のことなど知らない
全ての心に愛が新しく芽生える
ああ、ああ、ああ
「समा」から始まり、「ओ」で終わっている。再び母音が来ているが、ヒンディー語に「o」の短母音はないということになっているため、この場合は次の歌い出しは「ओ」から始まることが求められるだろう。
9.
ओ राम ओ
हम तो चले परदेस हम परदेसी हो गए
हम तो चले परदेस हम परदेसी हो गए
छूटा अपना देस हम परदेसी हो गए
हो
ああ、神様
私は異国へ行って異国人になった
私は異国へ行って異国人になった
母国から離れ異国人になった
ああ
「ओ」から始まり、「हो」で終わっている。よって、次の歌い出しは「ह」系の単語になる。
10.
हुस्न के लाखों रंग कौन-सा रंग देखोगे?
आग है यह बदन कौन-सा अंग देखोगे?
美は色とりどり、どの色をご覧になる?
この身体は火、どの部分をご覧になる?
「हुस्न」から始まり、「देखोगे」で終わっている。よって、次の歌い出しは「ग」系の単語になる。
11.
गोरे रंग पे न इतना गुमान कर
गोरा रंग दो दिन में ढल जाएगा
गोरे रंग पे न इतना गुमान कर
गोरा रंग दो दिन में ढल जाएगा
मैं शमा हूँ तू है परवाना
मैं शमा हूँ तू है परवाना
मुझसे पहले तू जल जाएगा
ओ गोरे रंग पे इतना गुमान कर
色白肌にうぬぼれるな
色白肌は2日で台無しになる
色白肌にうぬぼれるな
色白肌は2日で台無しになる
私はロウソク、あなたは蛾
私はロウソク、あなたは蛾
私より先にあなたが燃える
色白肌にうぬぼれるな
「गोरे」から始まり、「कर」で終わっている。よって、次の歌い出しは「र」系の単語になる。
12.
रुक जा
रुक जा ओ जानेवाली रुक जा
मैं तो राही तेरी मंज़िल का
नज़रों में तेरी मैं बुरा सही
आदमी बुरा नहीं मैं दिल का
रुक जा
止まれ
止まれ、去りゆく人よ、止まれ
僕はあなたを求めさまよう旅人
あなたにとって私は悪人でもいい
僕の心は悪くない
止まれ
「रुक」から始まり、「जा」で終わっている。よって、次の歌い出しは「ज」系の単語になる。
13.
जहाँ मैं जाती हूँ वहीं चले आते हो
चोरी चोरी मेरे दिल में समाते हो
यह तो बताओ कि तुम मेरे कौन हो
यह तो बताओ कि तुम मेरे कौन हो
私が行くところにあなたはやって来る
こっそり私の心に入って来る
教えて、あなたは私の誰?
教えて、あなたは私の誰?
「जहाँ」から始まり、「हो」で終わっている。よって、次の歌い出しは「ह」系の単語になる。
14.
हम तो तेरे आशिक़ हैं सदियों पुराने
हम तो तेरे आशिक़ हैं सदियों पुराने
चाहे तू माने चाहे न माने
चाहे तू माने चाहे न माने
हम तो चले आए सनम तुझको मनाने
चाहे तू चाहे न
चाहे तू माने चाहे न माने
僕は何世紀も前から君を愛する者だ
僕は何世紀も前から君を愛する者だ
君が認めようと認めまいと
君が認めようと認めまいと
僕は君を説得しにやって来た
君が認めようと認めまいと
君が認めようと認めまいと
「हम」から始まり、「माने」で終わっている。よって、次の歌い出しは「न」系の単語になる。
15.
नैनों में सपना सपनों में सजना
सजना पे दिल आ गाया
ओ सजना पे दिल आ गया
ता थैया ता थैया हो
ता थैया ता थैया हो
धुन तना धुन तना…
अरे नैनों में सपना सपनों में सजनी
सजनी पे दिल आ गया
कि सजनी पे दिल आ गया
目には夢、夢には愛しい人
愛しい人に恋してしまった
ああ、愛しい人に恋してしまった
ター・テイヤー・ター・テイヤー・ホー
ター・テイヤー・ター・テイヤー・ホー
ドゥン・タナー・ドゥン・タナー・・・
ああ、目には夢、夢には愛しい人
愛しい人に恋してしまった
愛しい人に恋してしまった
「नैनों」から始まり、「गया」で終わっている。よって、次の歌い出しは「य」系の単語になる。
16.
यह पब्लिक है पब्लिक बाबू
यह जो पब्लिक है यह सब जानती है पब्लिक है
अजी अंदर क्या है अजी बाहर क्या है
अंदर क्या है बाहर क्या है
यह सब कुच पहचानती है
पब्लिक है यह सब जानती है पब्लिक है
ここは公共の場ですよ、旦那
ここは公共の場、何でも知ってます
中に何があって外に何があるか
中に何があって外に何があるか
何でも知ってます
公共の場、何でも知ってます
「यह」から始まり、「है」で終わっている。よって、次の歌い出しは「ह」系の単語になる。
17.
होठों में ऐसी बात
होठों में ऐसी बात मैं दबाके चली आई
खुल जाए वही बात तो दुहाई है दुहाई
हाँ रे हाँ बात जिसमें प्यार तो है ज़हर भी है
हाँ होठों में ऐसी बात मैं दबाके चली आई
खुल जाए वही बात तो दुहाई है दुहाई
唇にこんな話
唇にこんな話、押し込んでやって来た
その話が広まったら大変
愛もあり、毒もある、そんな話
唇にこんな話、押し込んでやって来た
その話が広まったら大変
「होठों」から始まり、「दुहाई」で終わっている。次の歌い出しは短母音「इ」でも長母音「ई」でもよい。
18.
इंतहा हो गई इंतज़ार की ह
आई न कुछ ख़बर मेरे यार की
यह हमें है यक़ीन बेवफ़ा वह नहीं
फिर वजह क्या हुई इंतज़ार की
長い間待ち続けた
愛しい人の知らせは来ない
僕は信じてる、あの人は裏切らない
ならこれだけ待たされる理由は何だろう
「इंतहा」から始まり、「की」で終わっている。よって、次の歌い出しは「क」系の単語になる。
19.
काटे नहीं कटते यह दिन यह रात
कहनी थी तुमसे जो दिल की बात
लो आज मैं कहती हूँ I Love You
I Love You I Love You
I Love You I Love You
昼も夜も、時間が進まない
心の話をあなたに言わないと
今日こそ言おう、I Love You
I Love You I Love You
I Love You I Love You
「काटे」から始まり、「I Love You」で終わっている。スマンに愛の告白をさせるのが目的で始められたアンタークシャリーだったので、これにてアンタークシャリーは終了となっている。つまり、スマンが「क」待ちをしていたアンタークシャリーであった。
ちなみに、もしこのままアンタークシャリーが続くならば、「यू」で終わった扱いになり、次の歌い出しは「य」系の単語になるだろう。
アンタークシャリーは、あらゆる文字から始まる歌をそれぞれなるべくたくさん記憶しておくことが勝利への鍵となる。ヒンディー語のアンタークシャリーであれば、ヒンディー語の音韻的特徴や映画音楽の頻出単語などを押さえておくことが重要である。「Maine Pyar Kiya」のアンタークシャリー・シーンで引用されたこれら19曲を分析すると、「ह」から始まる曲を求められることが多いように見受けられる。ヒンディー語は、英語のいわゆる「Be動詞」にあたるコピュラ動詞で文が終わることが多く、ヒンディー語のコピュラ動詞「होना」は、歌詞の中では「है」や「हो」という形を取ることが多い。それを考えると、「ह」系の単語で始まる歌詞の需要が高いことは容易に想像が付く。