Match Fixing

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Match Fixing
「Match Fixing」

 2025年1月10日公開の「Match Fixing」は、2008年11月26日から29日にかけてムンバイーで発生した同時多発テロ、俗にいう26/11事件の裏に隠された陰謀に迫った政治ドラマ映画である。カンワル・カターナー著「The Game Behind Saffron Terror」(2022年)を原作としている。

 2008年の26/11事件は独立インドでもっとも深刻なテロ事件であったが、それ以前にも2000年代にはインド各地でテロが頻発していた。2001年12月13日にデリーで発生した国会議事堂襲撃事件、2005年10月29日にデリーで発生した連続爆破事件、2006年3月7日にヴァーラーナスィーで発生した連続爆破事件、2006年7月11日にムンバイーで発生した列車爆破事件、2007年2月18日にパーニーパト近郊で発生したサムジャウター急行爆破事件などである。実行したのは、パーキスターンを拠点とするイスラーム教過激派テロ組織、ラシュカレ・タイイバ(LeT)やジャイシェ・ムハンマド(JeM)、もしくはパーキスターンから資金援助を受けて活動をするインド発のイスラーム教過激派テロ組織インディアン・ムジャーヒディーン(IM)などであった。2001年9月11日に米国で発生した9/11事件の影響もあって、世界中でイスラーム教徒によるテロ事件が頻発し、注目を集めたため、「イスラーム教徒=テロリスト」の図式が定着していた。

 そんな中、2000年代後半からインドではヒンドゥー教過激派テロ組織によるものとされるテロ事件が起こるようになった。2006年4月6日にナーンデードで発生した爆破テロ事件や2006年9月8日にマーレーガーオンで発生した爆破テロ事件がヒンドゥー教過激派と結びつけて考えられ、インド人民党(BJP)の党員であるサードヴィー・プラギヤなどヒンドゥー教徒の逮捕者が出た。これらは「サフラン・テロ」と呼ばれた。「サフラン」はヒンドゥー教の僧侶が身に付ける衣服の色で、厳格なヒンドゥー教徒を想起させる。

 だが、この「サフラン・テロ」云々は、ヒンドゥー教至上主義を党是とするBJPの台頭を警戒し、次の下院総選挙での勝利を確実にするために、当時与党だったインド国民会議派(INC)が仕組んだ陰謀だったのではないか、というのが「The Game Behind Saffron Terror」の主張であり、この本を原作にした映画「Match Fixing」も基本的にその路線を継承している。ヒンドゥー教過激派テロ組織の存在を恐怖と共に喧伝することでヒンドゥー教徒有権者の票がBJPに集まるのを妨害すると同時に、イスラーム教徒有権者からの票を確保するという戦略である。つまり、この映画は完全にINCを売国奴として貶めるために作られたプロパガンダ映画だ。もちろん、実際にこのような事実があったという根拠は何もない。

 監督はケーダール・ガーエクワード。過去に数本の映画を撮っているが初めて聞く名前である。キャストは、ヴィニート・クマール・スィン、ラージ・アルジュン、マノージ・ジョーシー、エーカーヴァリー・カンナー、シャターフ・フィガール、アヌジャー・サテー、ラリト・パリムー、キショール・カダムなどである。

 時代は26/11事件が起こった2008年よりも前。アヴィナーシュ・パトワルダン(ヴィニート・クマール・スィン)はインド陸軍の諜報部に所属する有能な軍人であり、カシュミール地方のテロ組織壊滅で功績を上げたばかりだった。アヴィナーシュは家族の住むプネーに配属となり、地元の情報網を再整備していた。

 2004年の下院総選挙でライバル政党のインド福祉党(BLP)から政権を奪取したインド世俗主義党(ISP)は、BLPの人気の高まりを見て、2009年の下院総選挙での再度の勝利を確実なものとするための戦略を練っていた。その会議には、党首、首相、そしてランヴィジャイ・スィン大臣(ラリト・パリムー)などが出席していた。一方、パーキスターン側ではパルヴェーズ・ムシャッラフ大統領(マノージ・ジョーシー)が諜報機関ISIのパルヴェーズ・カヤーニー局長と、世界にイスラーム教徒やパーキスターンに対する嫌悪が広まっていることを懸念し会議を重ねていた。ランヴィジャイとカヤーニーはトルコのイスタンブールで密会し、「サフラン・テロ」という虚偽の用語を広めることが両者の利益になることで一致し、協力をすることになった。

 アヴィナーシュは、パーキスターンに潜伏するスパイから、ISIがテロ組織と結託してインドに対して大規模なテロ攻撃を計画しているという情報を入手し、調査を進めていた。だが、ランヴィジャイ大臣はメディアに対し、2007年のサムジャウター急行爆破事件などをヒンドゥー教過激派組織によるテロだと断定し、実際にヒンドゥー教僧侶を逮捕するなどの行動に出た。また、マハーラーシュトラ州の警察トップを息の掛かったサヴァント・カルマルカル(キショール・カダム)に変え、アヴィナーシュを逮捕させる。

 アヴィナーシュは拷問を受け、テロとの関与を自白するように強要されるが、彼は折れなかった。カルマルカルはアヴィナーシュのPCから、もうすぐパーキスターン発の大規模なテロ攻撃がインドで起こることを示す情報を見つけるが、何としてでもヒンドゥー教過激派によるテロの存在を立証するように命令を受けていたカルマルカルはそれをもみ消す。

 2026年11月26日、パーキスターンから送られた10人のテロリストがムンバイー各地で無差別殺人をし、カルマルカルも犠牲になってしまった。アヴィナーシュはその後も長い間拘束され続けた。

 1998年から2008年まで、時代が物語の進行に伴って前後に行ったり来たりする上に、場所も、プネー、ムンバイー、カシュミール、ヴァローダラーといったインド各地から、ロンドンやイスタンブール、そしてパーキスターンのイスラーマーバード、ムリドケー、カラーチーなどに飛び回り、物語が展開していく。だが、分かりにくいことはなく、その点ではよくまとまった映画だった。

 問題なのは、「Match Fixing」が、26/11事件の責任をINCに押しつけようという目的で作られたプロパガンダ映画であるという点だ。さすがにINCという党名やその政治家たちは実名では登場しないものの、ソニア・ガーンディー党首、マンモーハン・スィン首相、プラナブ・ムカルジーなど、インド人なら誰が見ても一目でモデルを特定できるようなキャラクターが「ISP」の政治家として出て来る。そして、彼らが密室の中で党利党略のために「サフラン・テロ」なる概念をでっち上げ、パーキスターンの諜報機関ISIとイスラーム教過激派テロ組織の協業によってインドで繰り返されるテロを軽視したため、26/11事件の未然防止に失敗するという失態を犯す様子が批判的に描かれる。これらの描写全ての裏付けが取れているのならば文句はないが、どう考えても空想や妄想の域を出ない事柄ばかりだ。

 INCが貶められるということは、相対的に持ち上げられるのはBJPになる。確かにヒンドゥー教過激派によるテロが取り沙汰された時代はあったが、「サフロン・テロ」がでっち上げだったという説を既成事実化することでBJPやその支持母体である民族義勇団(RSS)の無謬性が強調され、結果的にBJP支持の映画になっている。

 主人公はアヴィナーシュという有能な軍人・諜報員である。だが、「サフラン・テロ」をでっち上げようとするISPの陰謀によって彼は逮捕され、26/11事件に関連する情報を得ていたにもかかわらず、事件発生当時は拘束中で、その防止に貢献できなかった。いわば「Match Fixing」はヒーローの挫折の物語である。もちろん、そういう映画があってもいいのだが、インド映画らしい後味の良さは望めない。この点もこの映画の評価を低くしていた。

 ちなみに、2009年の下院総選挙ではINCが勝利を収め、マンモーハン・スィン政権は二期目に入る。26/11事件が起こりながらもINCが政権維持に成功したならば、「サフロン・テロ」などの謀略は成功ということになるが、そういう受け止め方でいいのであろうか。

 「Match Fixing」は、26/11事件の責任をINCに押しつけ、INCを貶めることで、現与党であるBJPを持ち上げるために作られた完全なるプロパガンダ映画である。いくつもの歴史的な事件が物語に編み込まれるが、根拠のない一方的な陰謀論で成り立っている。また、主人公が最後に挫折する物語であり、後味も良くない。プロパガンダは置いておくとしても、映画としての完成度が低いため、一見に値する映画とは程遠い。興行的にも大失敗に終わっている。