印パ分離独立からまだ間もない1948年4月9日に公開された「Chandralekha」は、当時インド最高額の製作費を掛けて作られた冒険活劇である。元々はタミル語映画だが、巨額の製作費を回収するためにヒンディー語版も撮影され、同年12月24日に公開された。おそらくタミル語版の方が上映時間が長いはずだが、鑑賞したのは2時間45分ほどのヒンディー語版である。
監督はSSヴァーサン。タミル語映画界で一時代を築き上げたジェミニ・スタジオの創始者であり、実業家であった。元々ヴァーサンは映画のプロデューサーであり、監督はTGラーガヴァーチャーリが務めていたが、途中で不和が起きて降板し、ヴァーサンが初めてメガホンを握って映画を完成させた。
キャストは、TRラージャクマーリ、MKラーダー、ランジャン、MSスンダルバーイーなどである。特筆すべきは女性が主人公といっていい冒険活劇である点だ。タイトルロールのチャンドラレーカー役を演じたラージャクマーリは当時のスター女優であった。
この映画は、1954年に「灼熱の決闘」の邦題と共に日本で公開された。ヒンディー語映画「Aan」(1952年/邦題:アーン)も同年に日本で公開されているが、これらは日本でもっとも早く公開されたインド映画として記録されている。
タミル語版とヒンディー語版では役名に若干の相違点があるようだが、ここではヒンディー語版を基準にしている。
王の長子ヴィールスィン王子(MKラーダー)はある日、野外で村の娘チャンドラレーカー(TRラージャクマーリ)と出会い、恋に落ちる。だが、ヴィールスィン王子は身分を隠し、マーヌーと名乗った。
ヴィールスィン王子の弟シャシャーンク王子(ランジャン)は、王がヴィールスィン王子を世継ぎに決めたことを知って怒り、クーデターを起こす。王と王妃は王宮に幽閉され、ヴィールスィン王子は捕らえられて洞窟に閉じこめられた。そしてシャシャーンク王子はヴィールスィン王子が不慮の死を遂げ、その悲しみに耐えられず王と王妃も相次いで亡くなったと宣言し、王位を継承する。
チャンドラレーカーは、クーデターの混乱で父親を亡くし、楽隊と共に叔母の住む場所へ移動していた。だが、シャシャーンク王子の襲撃に遭い、捕まってしまう。シャシャーンク王子はチャンドラレーカーの美貌に一目惚れし、彼女を王宮に引き立てようとするが、部下のミスによりチャンドラレーカーを逃がしてしまう。
逃げ出したチャンドラレーカーはヴィールスィン王子が閉じこめられるところを見ており、たまたま通りがかったサーカス団の助けを借りて王子を助け出す。チャンドラレーカーとヴィールスィン王子はサーカス団に迎えられ、チャンドラレーカーは空中ブランコも習得する。だが、シャシャーンク王子の部下に見つかり、二人は逃げ出す。
チャンドラレーカーは今度はバンジャーラー(遊牧民)たちの一団に迎えられる。だが、ヴィールスィン王子が留守にしている間にシャシャーンク王子の部下が来て彼女を見つけ、王宮に連れて行かれる。シャシャーンク王子は必死にチャンドラレーカーに求愛するが、彼女はその度に気絶した振りをしてそれをかわしていた。そこへサーカス団で仲良くなったジョーガン(MSスンダルバーイー)がやって来て、ヴィールスィン王子が助けに来ると伝える。元気が出たチャンドラレーカーはシャシャーンク王子を籠絡させ、彼に「太鼓ダンス」を催すように求める。
気を良くしたシャシャーンク王子は「太鼓ダンス」を開催し、王宮には大勢のパフォーマーが大きな太鼓をいくつも持ってやって来た。だが、その太鼓の中には兵士たちが隠れていた。パフォーマンスが終わったと同時に兵士が飛び出て襲い掛かる。ヴィールスィン王子も手勢を連れて王宮を攻撃し、シャシャーンク王子を決闘の末に破る。そしてチャンドラレーカーを救い出す。
王族の内紛や身分を超えた恋愛など、奇しくも同年に日本で公開された「Aan」と非常に似たプロットの映画である。決闘がフェンシングというのも共通している。インドでフェンシングがそこまで普及していたとは思えないのだが、これは1940年代から50年代のトレンドであろうか。ただ、一点だけ決定的に異なる点がある。それは、「Chandralekha」が女性を主体とした冒険活劇である点である。
弟のクーデターにより王宮を追われたヴィールスィン王子は、幽閉された王を助け出し弟から王権を奪い返すために決起した・・・はずなのだが、育ちの良さなのか演じている俳優MKラーダーの持ち味なのか、彼からいまいち危機感を感じない。むしろ庶民に紛れて漫遊を楽しんでいるかのようだ。ストーリー進行の原動力になっているのは何といってもチャンドラレーカーである。彼女は決してか弱いヒロインではない。洞窟に閉じこめられたヴィールスィン王子を機転を利かせて救い出しただけではなく、時に歌い、時に踊り、挙げ句の果てにサーカスまで挑戦する。1930年代から40年代に掛けてヒンディー語映画界で人気を博した女優フィアレス・ナディアを思わせる活躍だ。
映画中には歌と踊りが頻繁に入る。むしろ歌と踊りをなるべく多く盛り込みたくてストーリーが組み立てられたかのようだ。踊りという観点で圧巻なのは終盤に登場するナガーラー・ナーチ(太鼓踊り)のシーンである。王宮内の広場にて巨大な太鼓の上で踊り子たちが踊る。しかも、パフォーマンスの後には「トロイの木馬」よろしくその太鼓の中から兵士たちが出て来て攻撃する。現代の『バーフバリ』シリーズ(2015年・2017年)にも匹敵する壮大なシーンだ。
ストーリー進行上、それほど長く見せる必要がなかったのは中盤のサーカスシーンだ。だが、つい見入ってしまうのもこのシーンだった。本物のサーカス団を起用したと見え、ライオン、トラ、ゾウなどを使った圧巻のパフォーマンスが映し出される。チャンドラレーカーが挑戦することになる空中ブランコも、当時はCGなどなかったことを考えると、余計にハラハラする。
主演のラージャクマーリは、1940年代のタミル語映画界を代表する女優であった。踊りもうまいし気品もあり、何より溌剌とした演技が魅力に感じた。
「Chandralekha」は、1940年代のタミル語映画界の底力を感じさせる娯楽大作である。とても金の掛かった映画であることは一目瞭然で、本物のサーカス団が出て来たり、大規模な王宮のセットでダンスが踊られたりする。二人の王子の確執がベースになっているが、物語の中心になるのは村の娘チャンドラレーカーだ。彼女の冒険こそがこの映画の核である。その役を演じたTRラージャクマーリも魅力的だ。日本で公開された初のインド映画の一本という点も日本人にとっては特筆すべきである。必見の映画である。