बोरियत

　ヒンディー語の接尾辞に「-इयतイヤト」がある。より正確にいえばペルシア語に由来する接尾辞であり、それ故にペルシア語を通して借用されたアラビア語・ペルシア語系の語彙と相性がいい。接続した名詞や形容詞を抽象名詞化する働きをする。

　「-इयतイヤト」によって造り出された、よく見聞きする単語に、「इंसानियतインサーニヤト」がある。これは「人間」を意味する名詞「इंसानインサーン」に接尾辞「-इयतイヤト」が接続してできた言葉で、「人間性」を意味する。

　他にも多くの例がある。以下はほんの一例である。

• असलアサル（本当の）→असलियतアスリヤト（真実）
• ख़ैरカェル（無事）→ख़ैरियतカェリヤト（無事なこと）
• ख़ासカース（特別な）→ख़ासियतカースィヤト（特徴）

　造語力の高い接尾辞であり、地域名に「-इयतイヤト」を付ければ、「国民性」「県民性」的な、その土地や住民の性質やアイデンティティーを表す抽象名詞をいくらでも生み出すことができる。

• कश्मीरカシュミール（カシュミール）→कश्मीरियतカシュミーリヤト（カシュミール性）
• जापानジャーパーン（日本）→जापानियतジャーパーニヤト（日本人の国民性／大和魂）

　ヒンディー語話者の間で「बोरियतボーリヤト」という言葉がよく普及しているが、これも接尾辞「-इयतイヤト」によって造り出された言葉だ。「बोरボール」という単語に接続しているが、なんとこれは英語の「bore」である。「退屈にさせる」という意味の他動詞または「退屈なこと」という意味の名詞である。何のひねりもないが、「बोरियतボーリヤト」の意味は順当に「退屈なこと」「退屈」になる。ちなみに男性名詞である。「The Oxford Hindi-English Dictionary」（1993年）や大修館書店の「ヒンディー語＝日本語辞典」（2006年）には収録されているが、それより前の辞書には載っていない。独立後に普及した言葉なのではないかと思われる。

　「बोरियतボーリヤト」は既に映画音楽の歌詞にも使われている。たとえば、「Kabir Singh」（2019年）の挿入歌「Pehla Pyaar」の歌詞に「बोरियतボーリヤト」が使われている。

　ところで、インド英語の代表に「timepass」がある。「暇つぶし」もしくは「何もせず時間が過ぎるのをぼーっと待つ」みたいな意味だ。これはインドで造り出された単語であり、インド以外の英語話者には通じない可能性がある。しかし、インドではインド人の口から非常によく聞く単語である。

　「postpone」は「延期する」という動詞で、これは標準的な英単語だが、その対義語的な動詞として「prepone」、つまり「前倒しする」という単語がインドで生まれた。これらを並べてみると、どうもインド人は時間や、もっといえば退屈さに関する言葉を独自に発展させる傾向にあるようだ。

　「बोरियतボーリヤト」も、そんなインド人独特の感性から生まれた造語のように思えてならない。