Boong (Manipuri)

3.5
Boong
「Boong」

 インドは多言語国家であり、インド映画は言語ごとに各地に分散して発展した映画産業の集合体となっている。ただ、多言語国家といっても「語族」という視点を入れるとそれほど数は多くない。北インドの言語のほとんどはインド・ヨーロッパ語族であり、南インドの言語のほとんどはドラヴィダ語族である。インドで映画が盛んに作られている言語は、この2つの語族にほぼ集約される。

 だが、他の語族に所属する言語で映画が全く作られていないわけではない。このたびインド北東部マニプル州から飛びっきり素敵なマニプリー語映画が現れた。「Boong」である。マニプリー語はシナ・チベット語族に属する。

 プレミア公開は2024年9月5日、トロント国際映画祭(TIFF)。2026年にはインド映画としては初となる英国アカデミー(BAFTA)子供家族映画賞に輝いた。インドでの劇場公開は2025年9月19日である。2026年3月25日、デリー短期滞在中にPVRプロムナード(ヴァサントクンジ)にてリバイバル上映されたものを鑑賞した。セリフのほとんどはマニプリー語(メイテイ語)だが、英語字幕付きだったので内容理解に支障はなかった。

 監督はラクシュミープリヤ・デーヴィー。マニプル州出身の女性映画監督である。プロデューサーをファルハーン・アクタルなどが務めている。キャストは、ググン・キプゲン、バラー・ヒージャム、アンゴム・サナマトゥム、ヴィクラム・コッチャール、ネメティア・ガングバム、ジェニー・クライ、ハモム・サダーナンダなどである。この中でもっとも広く名前を知られているのは「Dunki」(2023年)などに出演のヴィクラムであろう。また、バラー・ヒージャムはマニプリー語映画界では名のある女優のようだ。

 ブロジェーンドロ、通称ブーング(ググン・キプゲン)は、母親マンダーキニー(バラー・ヒージャム)と共にインパール郊外に住んでいた。父親ジョイクマール(ハモム・サダーナンダ)はミャンマー国境の町モーレーで材木の仕事をしていて、長らく帰って来なかった。ブーングは、パチンコを教えてくれた大好きな父親の帰りを待ちわびていた。

 ブーングは母親に無理やりマニプリー語ミディアムの男子小学校に入学させられたのを嫌がり、わざと悪戯をして、英語ミディアムの共学小学校への転校を勝ち取る。親友のラージュー・アガルワール(アンゴム・サナマトゥム)も一緒に転校した。アガルワール家は、故地をラージャスターン州とするマールワーリー商人家系であったが、曾祖父の世代からインパールに住み商売をしていた。ラージューは父親スディール(ヴィクラム・コッチャール)と共に住んでいた。母親はいなかった。

 あるときマンダーキニーの義兄から、ジョイクマールの死亡通知書が届けられる。義兄の家族とは土地を巡って不仲だった。マンダーキニーはジョイクマールの所有する土地を奪い取ろうとして死亡通知書を偽造したと考え、葬式をボイコットする。だが、土地を守るにはジョイクマールを連れ戻すしかなかった。

 マンダーキニーはモーレーに行こうとするが、交通事故に遭って怪我をしてしまう。そこでブーングはラージューを連れ、学校をさぼって親に内緒でモーレーへ向かおうとする。協力してくれたのはクラスメイトのジュリアナ・キプゲン(ネメティア・ガングバム)だった。ちょうど祖父の遺体をモーレーまで運ぶ用事があったのである。ブーングとラージューは霊柩車に忍び込み、モーレーに向かう。

 モーレーに着いたブーングとラージューは早速ジョイクマールを探し始める。とりあえずたどり着いたのは、JJ(ジェニー・クライ)という芸名の女装ダンサーだった。だが、JJはジョイクマールではなかった。ブーングとラージューは国境を越えてミャンマーに入り手掛かりを掴もうとするが、なかなか見つからなかった。だが、ジョイクマールはミャンマーに住んでいる可能性が高かった。

 ブーングは、ジョイクマールがマドンナのファンであることを覚えていた。そこでブーングたちはJJに頼んで、ミャンマーでマドンナ物真似コンサートをしてもらう。そうすればジョイクマールがやって来るはずだった。会場には多くのミャンマー人が集まったが、そこにジョイクマールの姿はなかった。だが、ブーングは一人の少女が自分と同じフォームでパチンコを飛ばしているのを目にする。彼女を追い掛けると、その先で父親の姿を見つけた。だが、父親は別の女性と家族を作っており、その少女ベンミは二人の娘だった。それを見てブーングは全てを理解する。

 モーレーまでスディールが迎えに来て、ブーングとラージューはインパールに帰る。ブーングは母親に父親の死を報告するが、母親は父親が元気だったかと質問する。そして二人で抱き合って泣く。

 まずは子供たちを中心とした登場人物同士のやり取りが牧歌的で微笑ましく、それだけで楽しくなってしまう映画だった。主人公ブーングはわんぱく盛りの少年であり、しかも物事をユニークな視点で捉えることができた。たとえば、学校の授業で「神は父親だ」と教えられた後、テストで「神は誰か?」と問われると、ブーングは父親の名前を書く。そんなブーングの相棒は、ちょっと内気なラージューだ。ラージューもラージューで破壊力のあるフレーズを発し、場を和ませる。ちょうど男女が互いにライバル意識を持っている年頃で、クラスメイトになった高飛車な少女ジュリアナと対立する。どこの国の小学校でもありそうなやり取りがブーング、ラージュー、ジュリアナの間で交わされる。ひとつひとつのセリフが何だか無性に愛おしく、つい笑いがこぼれてしまう。

 雰囲気は牧歌的だが、内容は意外にシリアスである。ブーングが、長年帰って来ない父親を探しに、ミャンマー国境の町モーレーまで出掛けるというのが物語の主軸になっている。マニプル州において男性が行方不明になるという出来事には、どうしても反政府ゲリラの影がちらつく。マニプル州では独立運動や民族間対立がくすぶっており、時にそれが暴動に発展する。そのためマニプル州にはインドの治安部隊が展開されている。もしかしたら父親は既に死んでいるのかもしれないし、反政府ゲリラになってしまっているかもしれない。だが、ブーングはどうしても父親を呼び戻したかった。

 マニプル州にくすぶる民族対立は、ラージューの存在を通してより明確に語られる。ラージューの外観は、いわゆる「メインランドのインド人」である。アガルワール姓の彼はマールワーリー商人の家系で、マニプル人から見たら「よそ者」になる。だが、アガルワール家は曾祖父の代からインパールに住み商売をしていた。ラージューの父親スディールは、自分たちはマニプル人だと考えていた。だが、マニプル人はスディールやラージューをいつまでも「よそ者」扱いしていた。

 この辺りの描写は、一般のインド人にとっては非常に興味深いのではないかと思われる。たとえばデリーでは、マニプル人を含めたノースイースト人は、インド人でありながら外国人のように扱われ、たまに差別を原因とした事件も起こる。一般のインド人にとって、東洋人顔をしたノースイースト人は「よそ者」だ。だが、マニプル州に来てみると立場が逆転し、今度は一般のインド人の方が「よそ者」扱いをされ、時に排斥の対象になるのである。

 メインランドからの文化侵略も警戒しているようで、マニプル州ではヒンディー語映画の上映が禁止されているという。よって、マニプル州出身の女性ボクサー、メリー・コムの映画「Mary Kom」(2014年)は皮肉なことにマニプル州では上映できないようだ。だが、村長はこっそり自宅にヒンディー語映画のDVDライブラリーを持っており、そこで秘密の上映会を開いていた。そんなマニプル州の表と裏の様子が垣間見ることができたのも面白かった。

 とはいっても実はマニプル州の多数派であるメイテイ人にはヒンドゥー教徒が多い。よって、ホーリー祭などヒンドゥー教の祭りを祝うが、その祝い方はやはり独特で、メインランドの文化とはだいぶ異なる。マニプル州でヒンドゥー教が信仰されているという事実をメインランドに知らせることもこの映画の重要な役割だといえる。

 もうひとつ驚いたのはインドとミャンマーの国境である。身分証明書があれば、20ルピーを支払うことで国境の向こうへ行くことができるようである。噂には聞いていたが、モーレーの国境を見たのは初めてだった。モーレーには、「タナカ」という天然の美容液を顔に付けたミャンマー人が闊歩している。メインランドから見たら全く異郷の地だ。

 基本的には陽気かつ牧歌的な雰囲気の映画で、中盤以降は冒険心も刺激される。観客は自然とハッピーエンディングを期待してしまうのだが、結果的には悲しいトーンで終わった。しかもかなりあっさりと終わった。もうひとひねりあるのかと思ったのだが、何もなかった。父親がミャンマーで別の家族を持っていることを知ったブーングは、母親には「父親は死んだ」と嘘の報告をする。それを聞いた母親は「父親は元気だった?」と問い返す。母親も既にその事実を知っていたのである。それで映画が終わる。メインランドのインド映画だったら、ここからまた新たな展開になるところだが、この「Boong」ではそういう選択をしなかった。これは、メインランドのインド人とマニプル人の間にあるセンスの違いであろうか。

 ブーング、ラージュー、ジュリアナなどを演じた子役俳優たちの演技は自然で、とても好意的に受け止められた。母親マンダーキニー役を演じたバラー・ヒージャムからは貫禄を感じた。相当な経験を積んだ女優だと一目で理解できた。スディール役のヴィクラム・コッチャールはハリヤーナー州出身でマニプリー語とは全く縁がないはずだが、一部マニプリー語のセリフをしゃべっていたと記憶している。

 「Boong」は、マニプル州でも映画が作られているということを世間に知らしめる重要な作品だ。国際的にも高い評価を得ており、インド国内のみならず海外にもマニプリー語映画の認知を広めた。その功績は絶大である。筋書きはシンプルで、結末は悲しい。とてもピュアな気持ちで作られているのがひしひしと伝わってきて、応援したくなる。これを機に、マニプリー語映画の今後ますますの発展を祈りたい。