Akelli

3.0
Akelli
「Akelli」

 2023年8月25日公開の「Akelli(一人の女性)」は、2014年にイラクのモスルがISIS(イスラーム国)によって陥落したときに現地にいたインド人女性の脱出劇である。実話にもとづくとされているが、実は脱出した女性はインド人ではなく、その点だけがフィクションである。この映画で描かれているような過程を経て命からがら脱出に成功した女性は実際に存在するらしい。

 監督は新人のプラナイ・メーシュラーム。主演は「Sonu Ke Titu Ki Sweety」(2018年)などのヌスラト・バルチャー。他に、ニシャーント・ダーヒヤー、ラージェーシュ・ジャイス、そしてイスラエル人俳優ツァヒ・ハレヴィなどが出演している。

 2014年。チャンディーガル在住のジョーティ・アローラー(ヌスラト・バルチャー)は、空港職員として働いていたもののクビになってしまい、代わりの仕事を探す。その中でイラクのモスクにある衣料品工場の監督官の仕事が見つかった。家族にはマスカットで働くと嘘を付いたジョーティは斡旋業者のランジート・チャーウラー(ラージェーシュ・ジャイス)に前金を払い、イラクに降り立った。

 ジョーティは空港でパーキスターン人のラフィーク(ニシャーント・ダーヒヤー)に迎えられ、工場へ向かう。そこでラフィークには親切にしてもらえるが、そのときISISがモスルを陥落させ、工場にも乱入してくる。そしてイスラーム教徒ではなかったジョーティは他の労働者たちと共に連行されてしまう。

 ISISの司令官ワハーブはジョーティを強姦しようとする。ジョーティが抵抗すると、足を滑らせたワハーブは壁の角に頭をぶつけて死んでしまう。ジョーティは逃げ出そうとするが仲間に捕まり、ワハーブの上司アサド(ツァヒ・ハレヴィ)の前に突き出される。アサドはジョーティに何かを感じ、彼女を妻とする。

 アサドの邸宅には他にもアフラーとマーヒラーという若い女性が性奴隷として幽閉されていた。ジョーティはアサドに強姦され情婦にされるが、隙を見てアサドに手錠を掛けて負傷させ、アフラーとマーヒラーを連れて自動車を奪って逃げ出す。アサドは途中で逃げ出そうとするが、ジョーティに撃たれて倒れる。だが、彼は死なず、ISISの仲間に回収される。三人は一時、イラク人警官の家に匿われるが、彼はISISと連絡を取り、彼女たちをISISに売り渡そうとする。それを知った三人は再び逃げ出し、今度はイラク軍に助けられる。

 難民キャンプでジョーティはアフラーとマーヒラーを知己の軍人に引き渡す。そしてデリーに出て来て外務省の前で座り込みをしていた母親や姪マーヒーに電話をする。インド外務省もイラク軍からの連絡でモスルにインド人女性がいることを知り、彼女の脱出の作戦を立てる。折しもISISが国連職員の国外脱出に同意していた。インド外務省とイラク政府は国連職員の中にジョーティを忍び込ませて、ISISに占領されたモスル空港から彼女をバグダードに運ぼうとする。そのためにジョーティは変装し、マリヤムを名乗った。

 ジョーティはモスル空港に到着し、チェックインも済ませるが、そのときインドのメディアがジョーティの写真を報じ、それが出回ってしまったため、ISISに空港にいることがばれてしまう。回復したアサドが部下を引き連れて空港にやって来た。バグダード行きの飛行機も離陸を止められてしまった。

 ジョーティは絶体絶命のピンチに陥るが、ISISの一員になってジョーティを探していたラフィークに助けられ、飛行機の機体まで辿り着くことに成功する。ラフィークはアサドに殺されるが、ジョーティが見つかることはなかった。彼女は飛行機の車輪格納スペースに身を潜めてISISの監視を逃れ、モスル空港を脱出する。そしてバグダードに辿り着く。

 ジョーティはバグダードからインドに戻り、勇敢な女性として迎えられる。

 さすがにイラクでのロケは難しかったようで、モスルなどのシーンはウズベキスタンで撮影されている。だが、イラクだといわれればそう見える、中東っぽさのある風景であった。また、イラク人役の会話も基本的にアラビア語で行われていた。そういう考証の細かさがまず光る映画だった。

 だが、そういう設定は必須だった。題名は「Akelli」。「一人の」という意味の形容詞「अकेलाアケーラー」の女性形だ。つまり、一人の女性が孤軍奮闘するストーリーを既に題名で示唆している。様々な方法で主人公女性の孤独感を出すことができただろうが、この「Akelli」では、言葉も通じない未知の国、しかもついこの前まで戦火の中にあったイラクの都市モスルに飛び込むことになる。周囲にインド人は一人もいない。

 主人公のジョーティは、そのような完全アウェイの環境から何としてでも脱出しようと、知恵と勇気を振り絞る。ジョーティは決してスーパーヒーローではなく、単なる一般人である。だが、生きてインドに帰ろうという強い意志と簡単には諦めないガッツはあった。そして、空港職員として働いていた前職の経験が脱出の仕上げで功を奏する。

 何度もピンチに陥るものの、その度に機転を利かせて脱出する。ピンチの場面と脱出の場面は交互に訪れ、観客に息を付かせる暇はほとんどない。そのスリルは極上のものだった。

 ただし、ストーリーが単調であり、悪役にも広がりがない。まずジョーティに襲い掛かったのはワハーブだが、彼は転んで頭をぶって死んでしまう。次にワハーブの上司アサドがジョーティを情婦にするが、アサドもジョーティに痛い目に遭わされる。アサドは重傷を負うものの死なず、最後に再び現れ、彼女を捕まえようとする。このように、ジョーティを狙う悪の存在が直線的であり、深みを感じなかった。

 映画鑑賞後、実はISISから脱出したのはインド人女性ではないと知ったときは興醒めした。実際には中東の女性だったという。一人の女性が国際的なテロ組織の束縛から逃れて脱出したのは類い稀な出来事だと思うが、それをインド人女性の物語として映画を作り、しかも愛国主義的な風味を混ぜることには疑問を感じた。

 ただ、ジョーティとラフィークの間に芽生えた友情には価値がある。どちらもパンジャーブ地方出身だったが、ジョーティはインド人、ラフィークはパーキスターン人だった。イラクの地で彼らは出会い、言葉が通じることで心を通わせ合った。その裏にはもちろん、印パ親善の願いが込められていると解釈していいだろう。

 「Akelli」は完全にヌスラト・バルチャーの映画だ。決してトップスターではないが、女性中心映画で主演を務められるだけの実力を持った女優である。そういう意味では、ヴィディヤー・バーラン、カンガナー・ラーナーウト、タープスィー・パンヌーと同じリーグにいる。

 アサドを演じたイスラエル人俳優ツァヒ・ハレヴィは歌手でもある。映画の中でもウードを弾きながらアラビア語で歌を歌うシーンがあった。もしかしたらいい奴なのかと思いきや、やはり悪役だった。

 ちなみに、ジョーティを助けた軍人は、イラク軍の中でもクルド人で構成されるペシュメルガ(Peshmerga)の一員だと名乗っていた。ペシュメルガはイラク国内にあるクルド人の自治区クルディスターンの治安維持を担当しているという。

 「Akelli」は、ISISが中東で一気に勢力を拡大した時代にイラクのモスルで虜囚となってしまったインド人女性の脱出劇である。実際に脱出に成功したのはインド人ではないという点だけは注意しつつ観るべきだ。脱出までの過程は多少単調ではあるのだが、畳みかけるようなスリルを生み出すことはできている。大ヒットとなった「Dream Girl 2」(2023年)と同日公開だったことも不利に働き、興行的には失敗に終わった。だが、もう少し評価されていい映画だ。