
2023年6月21日からYouTubeのThe Short Kutsチャンネルで配信開始された、35分ほどの短編映画「Kaamdev」は、新型コロナウイルス感染拡大によるロックダウンで失職した男性が主人公のブラックコメディー映画である。実話にもとづくストーリーとされている。
監督は「My Client’s Wife」(2020年)のプラバーカル・ミーナー・バースカル・パント。キャストはヴィシャール・オーム・プラカーシュ、シュリヤー・ジャー、ハルリーン・レーキー。3人とも素人ではなく、過去にいくつもの映画に出演しているが、無名である。
題名になっている「カームデーヴ」とは、インド神話における愛の神である。ローマ神話に登場するキューピッドとよく似た神様だ。シヴァ神に愛の矢を射かけたことで第三の目によって焼かれてしまい、身体を失ってしまったとされる。それゆえに愛は形がないという美しい説明が添えられる。
デーヴ(ヴィシャール・オーム・プラカーシュ)は2年前に新型コロナウイルス感染拡大によるロックダウンで失職した後、無職のままで、公務員の妻カーミニー(シュリヤー・ジャー)に生活を支えてもらっていた。結婚して10年経つが、二人の間には子供がいなかった。
カーミニーの留守中、デーヴの電話にソーナーを名乗る見知らぬ女性(ハルリーン・レーキー)から電話が掛かってくる。儲け話の営業だったが、天然ボケのデーヴはソーナーと珍問答をしながらお互いのことを知っていく。最後にソーナーは、本名はソーナークシーであり、自分も2年前に新型コロナウイルスで失職したこと、それ以来、詐欺電話をして生計を立てていること、新型コロナウイルスによって父親を亡くし、母親も病気で薬代がかさんでいることなどを明かす。
それを聞いたデーヴは同情し、そっと彼女にお金を振り込む。
デーヴは主夫生活を送り、妻のカーミニーは外で働いていた。一瞬、これはY-Filmsのウェブドラマ「Man’s World」(2015年)のようなジェンダー入れ替えファンタジーかと思ったが、実話にもとづくストーリーであるし、「if」を題材にしたファンタジーではなかった。この夫婦が積極的に、女性が外で働き男性が家事をする役割分担をしているというわけでもなかった。元々デーヴも働いていたが、新型コロナウイルス感染拡大によるロックダウンで失職し、その後就職できなかったため、仕方なく主夫生活を送っていただけであった。
当然、デーヴは肩身の狭い生活を送っている。カーミニーからは事あるごとに早く仕事を見つけるように圧力を掛け続けられる。しっかり仕事を見つけて働いている他の男性を引き合いに出し、彼がいかに情けないのか、嫌味を言うこともあれば、彼のことを穀潰しと呼ぶこともある。端的にいえばモラハラ妻である。だが、天然ボケのデーヴはカーミニーのモラハラをうまく受け流しながら耐えていた。
カーミニーが仕事に出掛け、デーヴは家事を始めるが、彼の電話にソーナーを名乗る女性から電話が掛かってくる。いわゆる「簡単に金儲けができます」系の詐欺電話であったが、デーヴは彼女とのらりくらり会話を続け、その中でついにソーナーに正体と本心を暴露させる。ソーナーもデーヴと同じような境遇であった。デーヴは彼女に同情し、病気の母親の薬代を支援する。
彼のその行為との因果関係はないと思われるが、その日の夕方、カーミニーから電話が掛かってきて、妊娠したことを告げられる。そうすることで明るい雰囲気で映画を終えていた。
短編映画であるし、ほとんど場面転換もなく、ストーリーは単純かつ日常の切り取りである。それがブラックコメディーとして味付けされている。特にデーヴが天然ボケなので、カーミニーやソーナーとのやり取りの中で思い違いなどがあったりして、それが笑いの種になっている。映画を安っぽくしてしまっていたのは、よくあるコント番組のように、コミックシーンに笑い声が入ることだ。こういう作りのインド映画は初めて観た。だが、どうしても映画を安っぽいものにしてしまうため、個人的には好ましく感じなかった。
モーディー政権になり、デジタル化が進んだことで、公務員が「追加の収入」、つまり賄賂を得られにくくなったと不平が漏らされる風刺シーンがあったが、こういう細かい部分に注目してしまう。モーディー政権を批判しているようで逆に支持している描写だといえよう。
「Kaamdev」は、TVのコント劇のような作りの低予算ブラックコメディー映画である。主人公の男性が主夫をしていること、コロナ禍の余波がストーリーの伏線になっていることなど、興味深い部品は見られた。だが、基本的には理不尽系の笑いを提供する映画で、深みがある映画ではなかった。観なくても何も失わない映画である。