数年前に「The Sky Is Pink」(2019年)という映画があった。重症複合免疫不全症 (SCID)という難病を患った実在のインド人少女アーイシャー・チャウダリーを主人公にしており、ショーナーリー・ボースが監督、ファルハーン・アクタル、プリヤンカー・チョープラー、ザーイラー・ワースィムが出演していた。
2023年1月24日からNetflixで配信開始された「Black Sunshine Baby」は、アーイシャー・チャウダリーの短い生涯を追った英語のドキュメンタリー映画である。「The Sky Is Pink」を製作したのはファルハーン・アクタルの製作会社エクセル・エンターテイメント社だったが、同社がこのドキュメンタリー映画も製作している。他に、アーイシャーの母親アディティ・チャウダリーもプロデューサー陣に名を連ねている。
アーイシャーの家族が製作に関わっているだけあって、彼女を映した実際の映像や、彼女が描いた絵、そして彼女の詩などがふんだんに使われている。「The Sky Is Pink」はかなり事実に忠実に基づいた映画になっていたが、あくまでフィクション映画だった。「The Sky Is Pink」とこの「Black Sunshine Baby」を併せて観ることで、アーイシャーのことや、彼女と家族の闘病生活のこと、そして彼女の考え方などがよく分かる。ちなみに、題名の「Black Sunshine Baby」とは、彼女が書いた詩の中で使われたフレーズであり、彼女自身が投影されていると思われる。
監督はニーレーシュ・マニヤール。「Margarita with a Straw」(2015年)や「The Sky Is Pink」の脚本家で、難病を扱った映画を作るのが好きな人物だ。過去に助監督の経験もあるが、監督はこれが初になる。
「The Sky Is Pink」でも十分に再現されていたが、アーイシャーは幼少時から難病に苦しみ、大規模な手術を受けていたにもかかわらず、性格は非常に明るく、しかも知的でウィットに富んでいた。アーイシャーの両親ナレーンとアディティは、彼女のそんな様子をよく静止画や動画で残しており、それらが映画の中で効果的に使われている。また、「The Sky Is Pink」で描写されていたように、アーイシャーは念願の画集が出版された直後に本当に亡くなってしまったのだが、その画集「My Little Epiphanies」(2015年)の絵が映画の中で使われるだけでなく、映像効果が加えられ、ストーリーを盛り上げるべく動的に提示されていたのが目新しかった。
そのようにプレゼンテーションの仕方も斬新で、優れたドキュメンタリー映画と評価できる理由になっているのだが、何より心を打たれるのは、アーイシャーを助けるために献身的に生きる家族の姿だ。アーイシャーに最高の治療を受けさせるためだけにアディティ・チャウダリーはインドからロンドンに移住し、後には父親ナレーンと兄イシャーンも彼らに合流した。ナレーンはSCIDの治療のために骨髄移植のドナーにもなる。家族一丸となってアーイシャーに命を吹き込んでいった。
しかしながら、アーイシャーはSCIDを克服した後も、治療の副作用で成長ホルモンが阻害されて成長が止まり、さらには肺線維症を発症して、それが悪化して18歳で亡くなる。アーイシャーの母親アディティは、彼女を無理に生かしたことの是非を自身に問い掛け続けていた。アーイシャーの姉ターニヤーも同じSCIDを発症し、生後7ヶ月で死んでいた。アーイシャーのときには両親は病気のことをよく知っていたため、SCIDという難病に効率よく立ち向かうことができた。しかし、そのせいで彼女は苦しみの多い人生を送ることになった。ターニヤーとアーイシャーの人生を比べて、果たしてどちらが幸せだったのだろうか。答えはない。非常に重い問いである。
生前、まだ元気だった頃のアーイシャーは、TV番組に出て、肺線維症を患っていても幸せに生きると宣言する。「死ぬのは私一人ではない。誰もが死ぬ。それが早かったり遅かったりするだけ」と強がったりもする。だが、病気が悪化していくに従って、彼女も死への恐怖に押しつぶされていく。死の直前、彼女が可愛がっていた犬が突然死する。「神様はなぜ私から全てを奪っていくのか?」アーイシャーは問い掛ける。そして、死ぬ前に彼女が叫んだ言葉は「もっと生きたい」だったという。陽気なアーイシャーのそんな暗い一面も映画はしっかりと描写する。
それでも、アーイシャーは恋をしたこともあった。その恋は成就しなかったが、恋をしているとき、彼女はこれから先のことを忘れ、その瞬間を生きることができた。そういう瞬間があっただけでも、彼女は幸せだったのではないかと、母親のアディティに言葉を投げ掛けてあげたくなる。
「Black Sunshine Baby」は、名作の誉れ高いフィクション映画「The Sky Is Pink」が取り上げたSCIDの少女アーイシャー・チャウダリーをドキュメンタリー映画にした作品である。チャウダリー家が製作に関わっているだけあって、アーイシャーの生きた18年間の全てがこの映画に注ぎ込まれているといっても過言ではない。どうしても暗くなってしまいがちなテーマだが、アーイシャーの底抜けの明るさとユーモアが映画のほとんどの時間帯で燦々と輝いており、しかもプレゼンテーションの仕方もオシャレなので、フィクション映画を観ているかのようにグイグイと引き込まれてしまう。しかも、チャウダリー家のひたすら献身的な姿に心を打たれる。非常に優れたドキュメンタリー映画である。