Three of Us

3.5
Three of Us
「Three of Us」

 2022年11月24日にインド国際映画祭でプレミア上映され、2023年11月3日にインドで劇場一般公開された「Three of Us」は、認知症を患った女性が子供の頃の記憶を辿るというプロットで、大人の恋愛映画の要素もある。

 監督はアヴィナーシュ・アルン・ダーワレー。本職は撮影監督で、「Masaan」(2015年)などを担当した。オムニバス映画「Unpaused」(2020年)などで監督も務めている。長編映画はこれが初となると思われる。

 主演は「Delhi Crime」(2019年)で高い評価を受けて以降、出番が増えたシェーファーリー・シャー。他に、ジャイディープ・アフラーワト、作詞家として知られるスワーナンド・キルキレー、カーダンバリー・カダムなどが出演している。

 家庭裁判所で離婚案件を担当するシャイラジャー・デーサーイー(シェーファーリー・シャー)は、保険会社に勤める夫のディーパーンカル(スワーナンド・キルキレー)と共にムンバイーに住んでいた。息子のバラトは大学生で、別の都市に住んでいた。認知症と診断されたシャイラジャーは突然、コーンカン地方のヴェーングルラーに行きたいと言い出す。子供の頃、シャイラジャーは亡き父親の仕事の関係でヴェーングルラーに住んでいたことがあった。ディーパーンカルは1週間の休暇を取り、シャイラジャーと共に現地へ向かう。

 ヴェーングルラーでシャイラジャーはディーパーンカルを連れて思い出の地を巡る。そして、子供の頃の友人プラディープ・カーマト(ジャイディープ・アフラーワト)と再会する。プラディープは二人を案内して回った他、妻のサーリカー(カーダンバリー・カダム)とも引き合わせる。シャイラジャーはかつて住んでいた家にも立ち寄るが、裏庭にある井戸にだけは近づけなかった。

 ディーパーンカルは、シャイラジャーがプラディープといるときに嬉しそうにしているのを見て、複雑な心境に陥る。二人の間には軽い口論が起きる。シャイラジャーは子供の頃に通っていた海辺の小屋へ行き、老婆と再会する。シャイラジャーは、自分のせいで姉のヴェーヌが死んだことを告白する。ヴェーヌはあの井戸の中に落ちて死んだのだった。

 シャイラジャーはメーラーに行き、プラディープに28年前の出来事を謝る。プラディープはシャイラジャーに告白しようとしていたができなかったのだ。シャイラジャーは出発前にもう一度かつての家を訪れ、井戸に向き合う。

 シェーファーリー・シャーが演じた主人公シャイラジャーは認知症を患っている。よって、この映画は全体を通して記憶や思い出が主題になっている映画である。28年振りに、マハーラーシュトラ州南部にある海辺の町ヴェーングルラーを訪れたシャイラジャーが、懐かしい人々との再会や場所への再訪を通し、過去を振り返る。その中には、甘酸っぱい思い出もあった。そして、トラウマといってもいい、忘れたい悲劇もあった。シャイラジャーはひとつひとつの過去に向き合って行く。

 ただし、シャイラジャーが認知症であることは、中盤以降に明かされるため、観客はそれを認知せずに多くの時間を過ごすことになる。なぜシャイラジャーが突然ヴェーングルラーを訪れたいと思い立ったかについてはそれまで明らかにならず、サスペンスとして観客を引き付ける。とはいっても、途中、シャイラジャーの両親が癌で亡くなったことが語られるため、何らかの病気が原因ではないかという伏線は張られていた。

 「平和な日常は思い出に残らない」というセリフもあった。シャイラジャーの夫ディーパーンカルが、彼女がプラディープと一緒にいるときに嬉しそうにしているのを見て、多少の嫉妬と共に彼女を当てこすったときの彼女の返答だ。おそらくシャイラジャーとディーパーンカルの夫婦生活は平穏なもので、そのために二人の間には記憶に残るべき多くの思い出が逆になかったのではないかと思われる。ディーパーンカルは、家庭では多少偉そうにしていたものの、基本的には非常に理解のある夫で、シャイラジャーがヴェーングルラーへ行くために彼に1週間の休暇を取って欲しいと言い出したときにもほとんど嫌な顔をせず同意していた。

 では、ヴェーングルラーで彼女に何があったのか。映画で語られるのは主に2つの出来事だ。ひとつは姉ヴェーヌの死である。ヴェーヌとシャイラジャーは家の裏庭で綱引きをしていたのだが、シャイラジャーが急に手を離したためにヴェーヌが後ろにあった井戸に落ちてしまい、そのまま死んでしまった。その後、彼女の家族は悲劇のあったヴェーングルラーを出た。おそらくシャイラジャーは自分のした行為を片づけられないまま、罪悪感だけを抱えて今まで生きて来たのだと思われる。認知症になり、徐々に記憶が失われていこうとする今、彼女はその過去を清算するため、ヴェーングルラーを再訪したのだった。

 シャイラジャーは、当初ヴェーヌが落ちた井戸に近づけなかったが、1週間の滞在の内に様々な再会や気持ちの整理を経て、ようやく井戸と向き合えるようになった。アルツハイマー症候群や解離性健忘など、記憶の喪失を主題とした映画は少なくないが、多くは記憶を喪失する本人よりもその周囲の人々に焦点が当てられていることが多いように感じる。だが、「Three of Us」については、まだ認知症の初期段階ということもあり、シャイラジャーに焦点が当てられ、しかも、忘れる前に忘れてはいけない過去と向き合うという筋書きになっており、新しさを感じた。

 もうひとつ、シャイラジャーが向き合ったのは、プラディープとの関係である。大方の予想通り、シャイラジャーとプラディープは単なる友人ではなかった。しかしながら、二人とも子供だったこともあり、恋人というわけでもなかった。微妙な年頃の微妙な関係に対し、大人になり、お互い別々の人と家庭を持った後に、改めて向き合うという要素も「Three of Us」にはあった。プラディープはシャイラジャーに告白できず、そのまま彼女と話ができずに別れることになってしまった。シャイラジャーは彼の気持ちを知っており、あのときのことを謝るために彼との再会を望んだのだった。

 題名の「Three of Us」とは「私たち3人」という意味になるのだが、一体誰のことかという疑問が湧く。ポスターではシャイラジャー、ディーパーンカル、プラディープのように見えるが、主人公シャイラジャー本人からすると、ヴェーングルラーを訪れたのは、ヴェーヌとプラディープのためであり、この3人とは、シャイラジャー、ヴェーヌ、プラディープになるだろう。ただ、監督からは明示されていないので、観客がそれぞれに受け止めればいい。

 「Three of Us」は大人の恋愛映画だとも感じた。シャイラジャーは、子供の頃の思い出の人であるプラディープと再会する。それを夫のディーパーンカルが許すのである。ディーパーンカルは多少やきもちを焼いていたが、基本的には彼女を支えていた。その裏にはもちろん、彼女が認知症を発症しているという理由もあったかもしれない。だが、ディーパーンカルの寛大さがあったおかげで、映画には上品さが出ていた。それに加えてプラディープの妻サーリカーも、シャイラジャーは夫が昔好きだった人であろうと薄々勘付きながら、彼女と時間を過ごすことを許していた。この映画の中でもっとも寛大なのはサーリカーだったかもしれない。夫婦間に絶大な信頼関係が築けていたからこそ、こういうことができたのだと思う。そして、ディーパーンカルとサーリカーの寛大さがあったからこそ、シャイラジャーとプラディープは過去の出来事を言葉にして語り合うことができ、心の重荷を下ろすことができたのだった。この映画は、全く不倫の匂いを感じさせず、子供の頃の甘酸っぱい恋愛を懐かしむ味わいを提供することに成功している。

 「Delhi Crime」では毅然とした女性警察官僚を力強く演じたシェーファーリー・シャーだが、今回は控えめな中年女性を繊細に演じていた。シャイラジャーがヴェーヌの死を語るシーンなど、素晴らしい演技が見られた。ジャイディープ・アフラーワトやスワーナンド・キルキレーも好演していた。

 「Three of Us」は、軽度の認知症を患った女性を主人公に据え、彼女が記憶を失う前に忘れてはいけない過去と向き合う様を描き出した。そこに、まるでタイムカプセルに閉じ込められた甘酸っぱい初恋が醸成されたような上品な大人の恋愛やコーンカン地方ののんびりとした風情も加わり、心温まる作品になっていた。観て損はない映画だ。