上映時間

 インド映画に対する一般的な日本人の先入観のひとつに「長い」がある。インド映画はとにかく長いイメージを持たれており、それがインド映画に対するネガティブな印象につながっている恐れがある。TikTokや「ファスト映画」全盛の現代には、映画は長いだけで敬遠されるようになっている。

 現在、国際標準の長編映画の上映時間は2時間だといえるだろう。それより短いと「短い映画」の印象が強くなり、特に子供向けの映画などは1時間半くらいのことが多い。逆に、それより長ければ長いほど「長い映画」として捉えられるようになり、インド映画は得てして十把一絡げにこのカテゴリーに押し込まれる。

 映画の標準的な上映時間が2時間に落ち着いた理由は、どうもVHS規格と関係があるようだ。1970年代から80年代にかけて家電業界で起こったビデオ戦争を通して最終的な勝者となったVHSの基本録画時間は2時間であり、それを意識した映画作りが行われるようになっていったのである。

 だが、インド映画はビデオが普及した後も長らく、映画館での見栄えを最優先し、映画館での上映のみを考えた映画作りをしてきた。インド映画をテレビやPCなどの小さな画面で観ると、あまりに多くの色を一度に使いすぎていて目がチカチカしてしまうことがあるが、これは巨大なスクリーンでの上映だけを考えた画面構成を踏襲しているからだといえよう。おそらく世界でもっとも「映画は映画館で観るもの」というドグマを遵守してきたのがインド映画業界であり、それは上映時間にも如実に反映されていた。

 確かにインド映画には、上映時間が3時間を超えるような作品が存在する。例えば、世紀の傑作「Mughal-e-Azam」(1960年)の上映時間は3時間17分だったし、これまたインド映画の金字塔「Lagaan」(2001年/邦題:ラガーン~クリケット風雲録)の上映時間は3時間44分だった。

 しかし、これは他国の映画にも当てはまることで、上映時間の長さで知られた映画はどの国にもある。米国映画ならば「風と共に去りぬ」(1939年)の3時間42分や「アラビアのロレンス」(1963年)の3時間27分などが有名であろうし、日本映画ならば3時間27分の「七人の侍」(1954年)が容易に例として挙げられる。そして重要なのは、これらの映画が、上映時間の長さ以上に、内容の素晴らしさで後世に名を残していることである。上映時間の長さは、それだけでは、映画の質に影響しない。インド映画が長いからといって、それはインド映画の質の低さには直結しないはずである。

 実際には、インド映画の標準的な上映時間は2時間30分前後であった。これには明確な理由が存在する。

 まだマルチコンプレックスが登場する前、映画館では、正午(Noon)、午後(Afternoon)、夕方(Evening)、夜(Night)の、1日4回上映が普通だった。近隣の映画館とのバランスもあるが、普通は、正午の回が12時~15時、午後の回が15時~18時、夕方の回が18時~21時、夜の回が21時~24時と、3時間刻みで決められていた。よって、マルチコンプレックス登場以前のインドの映画ファンたちは、どこの映画館で何の映画が掛かっているかだけを確認しておけばよかった。各回の上映開始時刻はワンパターンで、予想可能だったからである。そこに3時間以上の映画を掛けようと思うと、このパターンが崩れてしまう。つまり、興行側があらかじめ3時間の枠を設定していたため、是非とも映画館で映画を掛けて欲しいプロデューサー側としては、3時間未満の作品を用意するしかなかったのである。インドの映画館は伝統的に全席指定の入れ替え制であるため、入れ替えの時間なども考えれば、2時間30分くらいが理想となる。逆に言えば、3時間以上の映画を作れるプロデューサーは、相当な権力を持っており、その作品の成功に多大な自信を持っていなければならなかった。

 時間を3時間単位で区切る映画業界の慣習の裏には、文化的な理由もあったと推測される。インドでは「पहलペヘル」という時間の単位があるが、これは1日を8等分したもの、つまりは3時間を意味する。インドでは日の出から一日が始まる。日の出を午前6時とすると、1ペヘルが午前9時、2ペヘルが正午などとなる。映画が誕生する以前から、インド人はこういうザックリとした時間感覚で生きてきた。映画が普及する中で、従来あった時間感覚に合わせる形で映画の上映時間が決まっていったと考えると面白いのではなかろうか。インドの古典舞踊や古典音楽のコンサートも、3時間が標準的な上演時間である。ちなみに、日本古来の時間の単位である「刻」は2時間である。

 21世紀に入り、マルチプレックスがインド全土に拡大していくにつれて、複数のスクリーンで様々な作品を様々なタイミングで上映するのが当たり前になり、映画館の上映時間はフレキシブルになった。インドでは、上映時間の長さに応じて入場料を調整するようなことはされていない。どんな長さの作品でも、それを観るために1人の観客が払うチケット代は基本的には同じだ。よって、むしろマルチプレックス側としては、回せるだけ回した方が儲かることになる。結果、今度は短い映画が好まれるようになった。

 また、インド映画は近年、海外市場を意識するようになっており、海外の観客に受け入れられやすいように、国際標準である2時間の上映時間を守ろうとする傾向にある。

 このような時代の変化を受け、現在インドで主流となっているのは、実は2時間~2時間30分くらいの映画である。2時間未満の映画も稀ではない。逆に、3時間以上ある映画は稀になっている。特にヒンディー語映画界では絶滅危惧種だ。2000年代には年にせいぜい1、2本あるくらいであり、2010年代に入ると、「M.S. Dhoni: The Untold Story」(2016年)が唯一の3時間規模の映画になる。

 一方、南インド映画界ではまだまだ3時間超えの映画が多く作られている。例えば、日本でも公開され話題となったテルグ語映画「Baahubali」シリーズは、前編の「Baahubali: The Beginning」(2015年)が3時間12分、後編の「Baahubali 2: The Conclusion」(2017年)が3時間23分だ。とは言え、全体的な傾向としては、3時間未満の映画が元々主流である。

 近年、OTTプラットフォームを中心に、「クイック映画」「ショート映画」などを謳った30分未満の映画も散見されるようになってきたのは、日本とよく似た傾向である。おそらく若い世代の中で、映画館の座席に座って2時間~2時間半の映画を最初から最後まで真剣に鑑賞するということができない人々が増加しつつあるのではないかと予想する。このトレンドが映画館にまで波及することは考えにくいが、この動きから察するに、インド映画も全体的にさらに短くなっていくかもしれない。