ヒンディー語映画のスターは社会に多大な影響力を持っている。その言動やファッションは常に世間の注目を集め、流行を作り出す。特にトップスターの座に着いた女優は、その後の時代の美の定義を塗り替えてしまう。
その弊害といっていいか分からないが、ある女優がトップスターとなると、その女優の容姿が美のスタンダードとなり、二匹目のドジョウを狙って、その女優に似た女性がどこかから発掘されてきてデビューするという珍現象が繰り返されている。
この現象はずっと昔からあったと思われるが、21世紀に入って目撃してきたそっくりさん女優の系統には以下のものがある。ちなみにインドではそっくりさんは「ドゥプリケート(duplicate)」と呼ばれる。
アイシュワリヤー・ラーイ
アイシュワリヤー・ラーイは1994年のミス・ワールドである。いわば、世界中の美女の頂点に立った、美女の中の美女だ。1997年に映画女優としてデビューし、その後、10年以上にわたってヒンディー語映画界のトップ女優として君臨してきた。アイシュワリヤーが登場したことで、美の基準はアイシュワリヤーになったといっても過言ではないだろう。
だが、アイシュワリヤーは一人しかいないので、全ての映画監督がアイシュワリヤーを起用できるわけではない。アイシュワリヤー似の女優が発掘され始めるのに時間は掛からなかった。
アイシュワリヤーのそっくりさんといえば、まず思い出されるのがディーヤー・ミルザーである。
インド人とドイツ人のハーフで、ミスコン出身の女優である。映画デビューは2001年。アイシュワリヤーをさらに可愛らしくした容姿をしており、一定の人気を博したが、オリジナルほどの地位は築けず、現在は一線を退き、時々気が向いたときに映画に出演しているような感じだ。
ディーヤーだけでは飽き足らず、さらに登場したアイシュワリヤー似の女優がスネーハー・ウッラールであった。アイシュワリヤーを幼くしたような容姿をしており、世間に衝撃を与えた。それもそのはず、スネーハーの父親は、アイシュワリヤーと同じバント族に属し、血統的にアイシュワリヤーに近い。バント族は他にもシルパー・シェッティーなどを輩出しており、美女で知られる部族だ。
だが、2005年にデビューしたはいいものの、その後スネーハーはヒンディー語映画界に定着できなかった。南インドに活路を見出したようだが、都落ちの印象は否めない。
カトリーナ・カイフ
2000年代にデビューした女優の中でトップスターの地位に就いた一人がカトリーナ・カイフだ。カトリーナの生い立ちには謎が多く、父親はカシュミール系英国人、母親は英国人、7人姉妹の真ん中で、香港で生まれ、その後世界各地を点々とし、ロンドンに落ち着いた。日本に住んでいたこともあったとされる。モデルから女優に転身し、2003年に映画デビュー。その後、ヒンディー語映画界を代表する女優として急速に成長した。アイシュワリヤー・ラーイの次にインドにおいて美の定義を塗り替えたのは、カトリーナだったといえる。
カトリーナ似の女優としてザリーン・カーンが挙げられる。カトリーナをグラマラスにしたような容姿で、やはりデビュー時には「カトリーナのドゥプリケート現る!」とメディアに大いに騒がれた。
ザリーン・カーンは2010年にデビューし、その後も何とか業界に留まってはいるが、2010年代を通じて市場を支配したカトリーナと比較すると、女優としてのレベルや成功度は足下にも及ばない。
実は、21世紀のそっくりさん女優の系譜には、サルマーン・カーンが大きく関わっている。アイシュワリヤー・ラーイもカトリーナ・カイフも、元々サルマーンと付き合っていた。サルマーンは、腹いせなのか何なのか分からないが、別れた女優のそっくりさんを見つけてきて自分と共演させるという奇行に興じている。スネーハー・ウッラールをデビューさせたのもサルマーンであるし、ザリーン・カーンを見つけてきたのもサルマーンであった。
では、男優のそっくりさんはいないのか、という疑問が沸くわけだが、21世紀には、とある人気男優のドゥプリケートが登場した。まず、その人気男優とは、リティク・ローシャンである。
リティク・ローシャンは、映画監督ラーケーシュ・ローシャンの息子で、2000年に鳴り物入りでデビューした。ギリシア彫刻のような造形の顔と圧倒的なダンススキルで一躍人気スターの座に躍り出て、3カーンの次の世代を担う俳優となった。
そのリティクに似た男優が2008年に突如としてデビューした。ハルマン・バーウェージャーである。
ただ、ハルマンに関しては、どこの馬の骨か分からない人物ではなかった。映画監督ハリー・バーウェージャーの息子であり、れっきとした映画カースト出身である。幸か不幸か、たまたまリティクに顔が似ていたようだ。デビュー作では結構な身体能力も見せていたし、なぜかデビュー当初からプリヤンカー・チョープラーと付き合っていた。まるで将来が約束されているかのような登場だったが、プリヤンカーとの共演作も2作続けてフロップに終わった。プリヤンカーはハリウッドに足場を築いて格の違いを見せつけたが、ハルマンはそのままインドでくすぶり続けている。
このように、ヒンディー語映画界では時々、人気スターのそっくりさんがどこからともなく登場することがあるが、彼らが本家本元を超越したことは歴史上ないといっていいだろう。やはりオリジナルは偉大なのである。