2012年のデリー集団強姦事件、いわゆるニルバヤー事件を機に、インドでは女性問題が至るところで議論されるようになった。それは映画界にも波及し、家父長制社会において女性が生きることの困難さや女性が直面する理不尽な差別を取り上げた映画が数多く作られるようになった。その一方で、パートナーや周囲の男性に対して支配的な、強い女性キャラもトレンドとなっている。
2019年1月18日からNetflixで配信されているヒンディー語映画「Soni」も、女性問題を取り上げた映画だ。主人公の女性警官が、女性であるが故に、公私の場面で男性たちから受ける数々の見下した扱いを静かに取り上げた作品である。それと同時に、決して主人公は弱い女性ではなく、むしろ果敢に男性に挑みかかる。2018年のヴェネツィア国際映画祭でプレミア上映された。
監督はイヴァーン・アイヤル。キャストはギーティカー・ヴィディヤー・オーリヤーン、サローニー・バトラー、ヴィカース・シュクラー、モーヒト・S・チャウハーンなど。ほとんど無名の俳優たちである。
デリー警察のソーニー(ギーティカー・ヴィディヤー・オーリヤーン)は、上司のカルパナー(サローニー・バトラー)と共に、女性に嫌がらせをする男性たちのスティングオペレーションをしていた。だが、ソーニーは血気盛んな女性で、市民に暴力を振るうなど、問題行動も多かった。それでも、カルパナーは彼女の才能や熱意を買っていた。 ある日、ソーニーは飲酒運転をした海軍将校に殴りかかってしまい、異動となる。だが、カルパナーは彼女に代わる人材がいなかったため、警察幹部の夫に働きかけて再度戻してもらう。それでも、カルパナーは女子トイレを占拠してドラッグをしていた市民に殴りかかってしまい、またも異動となる。
長回しを多用し、ソーニーと上司カルパナーの仕事振りや私生活をじっくりと追いながら、インド社会において女性がどのような扱いを受けているかを浮き彫りにする、野心的な作品だった。
インドにおいて警察官は、庶民にとってもっとも身近な権力者であり、恐ろしい存在である。普通ならば警察官とは関わり合いになりたくないはずだ。しかし、女性警官ともなると、男性市民たちは途端になめた態度を取るようになる。ソーニーは、それにも負けずに真摯に仕事を全うしようとするが、男性たちは態度を変えず、彼女を触ったり、卑猥な言葉を投げ掛けたりする。沸点の低いソーニーは、そういう場面に出くわすとすぐに手を出してしまい、上司から大目玉を食らってしまう。
つまり、警官の制服も、中身が女性であると威厳がなくなってしまうのである。警官がこのような扱いを受けるならば、警官でない女性がどのような扱いを受けるのか、推して知るべしだ。
差別的な待遇を受けるのはソーニーだけではない。カルパナーの姪はまだ中学生だが、教室では男子たちから生理のことでからかわれていた。女性の受難は第二次性徴期から既に始まっていることが示されていた。
では、女性をいじめるのは男性だけなのか。警察官僚(IPS)のカルパナーは既婚だがまだ子供がいなかった。義母や義祖母からは早く子供を作るように急かされる。警察官僚はインドにおいて行政官僚(IAS)と外交官僚(IFS)に並ぶ高級官僚である。警察官僚になるのは並大抵のことではなく、カルパナーはキャリアを築き上げた女性と言える。それでも、そのキャリアを顧みる者は少なく、とにかく子供を生むように言われる。女性が女性の可能性を狭めている現状が浮き彫りになる。
ソーニーとカルパナー、女性の上司と女性の部下の関係性は、「Soni」が中心的に描いていたユニークな点である。カルパナーはソーニーの才能と熱意を認め、血気盛んな彼女の不祥事をなるべく穏便に済まそうとする。ソーニーもカルパナーを尊敬しており、彼女の言うことなら何でも聞こうとする。こういう女性同士の上下関係がじっくり映し出されるインド映画は稀である。
その点、映画に登場する男性キャラは情けない。ソーニーをからかう男性たちはもってのほかだが、例えばソーニーの元夫も、情けない人物だ。あれこれビジネスや何かを始めると言いながら何も続かず、責任感のなさがにじみ出ている。カルパナーの夫は、彼女よりもさらに高位の警察官僚であるが、権力を持つ政治家が絡む事件など、波風の立ちそうなものについては腰砕けだ。そしてそれを「警察官僚としての生き方」と恥じらいもなく言い放つ。
まるでソーニーとカルパナー、2人の女性のみが、広大なデリーの都市において、女性の権利を守るために日夜孤軍奮闘しているかのようだった。
「Soni」は、女性警察の視点から女性問題を静かに、かつ力強くえぐった名作である。有名な俳優の出演はなく、無名の俳優たちのみの出演だが、一級の演技だ。長回しを多用したカメラワークもユニークである。観て損はない。