2018年11月15日にコルカタ国際映画祭でプレミア上映された「Half Songs」は、閉店するレコード屋を巡って男女が出会い、恋に落ちる物語である。
監督は新人のシュリーラーム・ラージャー。キャストは、エモン・チャタルジー、ヴァールティカー・ティワーリー、プルショッタム・ムラーニー、ラージ・バナルジーなどである。
ムンバイーのウェブマガジン会社で働くシュエーター(ヴァールティカー・ティワーリー)は、タルン社長(ラージ・バナルジー)から、閉店間近のレコード屋「メロディーズ」の取材と記事の執筆を指示される。メロディーズは、タルン社長の友人ヴィヴェーク(エモン・チャタルジー)の叔父(プルショッタム・ムラーニー)が経営していた。 シュエーターはヴィヴェークと会い、彼からメロディーズの逸話について聞く。その後、彼女はヴィヴェークの叔父にも会い、取材をする。取材を進める中でシュエーターはヴィヴェークのことが気になりだす。ヴィヴェークは元々シンガーソングライターを目指していたが、途中で諦めていた。彼が作った曲はどれも未完成だった。 タルン社長のホームパーティーにシュエーターとヴィヴェークは呼ばれる。そこでシュエーターは元彼アミトの話をヴィヴェークにする。シュエーターはシムラーからアミトを追ってムンバイーの大学に進学したが、二人は破局し、アミトはもうすぐ結婚しようとしていたのだった。その夜、ヴィヴェークはSNSでシュエーターに愛の告白をするが、恋愛に奥手になっていたシュエーターは返事を返すことができなかった。その後、シュエーターはヴィヴェークを避けるようになった。 メロディーズ最後の日、シュエーターは店を訪れ、ヴィヴェークと再会する。ヴィヴェークは皆の前で新曲を披露する。それはヴィヴェークが初めて完成させた曲だった。ヴィヴェークはシュエーターに感謝する。シュエーターは、売れ残ったレコードをオンラインで売ることを提案する。
日本の若者の間で「蛙化現象」という言葉が流行しているという。これは、好きな相手が自分に好意を持っていることが明らかになった途端にその相手に対して嫌悪感を持つようになる現象を指す。「Half Songs」の主人公シュエーターは、好意を抱いていたヴィヴェークから告白をされた途端に、彼を避けるようになってしまう。正に蛙化現象といえよう。
ただ、一般的な蛙化現象は、理由がはっきり分からず好意と嫌悪感が逆転する現象であると理解されている。シュエーターの場合は理由がはっきりしていた。過去の恋愛のトラウマを引きずっていたのである。映画の中では詳しく説明されていなかったが、元彼のアミトと「酷い別れ方」をしたために、新たな恋愛に踏み出せずにいた。ヴィヴェークには好意を抱いていたが、いざ彼から告白され、新たな関係が始まろうとした瞬間、彼女を引き留めるものが彼女の中に生じてしまっていたのである。
「Half Songs」では、そんな複雑な心情を、じっくり時間を掛けて描いていた。特に白眉だったのは、シュエーターとヴィヴェークがタルン社長のホームパーティーの後にWhatsappを模したSNSでやり取りをしているシーンだ。二人ともお互いのことを考えながらメッセージを送り合っており、徐々に間合いを詰めていく。シュエーターが思い切って「私はあなたの歌に恋してしまった」と送ると、ヴィヴェークも思い切って「僕も恋してしまった」と送る。シュエーターが送ったメッセージもほぼ告白のメッセージであったが、ヴィヴェークが返したメッセージは完全に告白であった。それを見た途端、シュエーターは固まってしまい、返事を送れなくなってしまったのである。
終わり方もどっちつかずの曖昧なものだった。悪い意味ではなく、この映画全体の雰囲気に合った良い終わり方だった。告白以来、シュエーターとヴィヴェークは顔を合わせていなかったが、メロディーズ閉店の日、再会する。そこで言葉を交わすが、お互いシャイなのであまり踏み込んだことは話せない。だが、何となくわだかまりが溶け、売れ残ったレコードを二人でオンラインで売る計画を立て始める。そこで映画は終わる。この後二人がどうなるのかについては完全に観客の想像に委ねられているが、決してネガティブな方向には進まないだろうことは容易に想像できる。シュエーターはオンラインでのビジネスを始め、ヴィヴェークはミュージシャンの道を再び目指し始める未来も見える。ともあれ、「Half Songs」という題名は、この未完成に見える映画のストーリーにも適用できるだろう。
メロディーズの閉店は、ムンバイーの名物音楽店「リズムハウス(Rythm House)」を想起させる。フォート地区にあったリズムハウスは、1948年創業の老舗だった。ムンバイーの音楽愛好家たちに愛された存在だったが、音楽業界の急激な変化には逆らえず、2016年に惜しまれながら閉店した。
ヴィヴェークを演じたエモン・チャタルジーはプロのミュージシャンであり、映画中の曲も彼が自分で歌っていた。ギターもなんちゃってではなく本当に弾いていた。しかしながら、それほど有名な人物ではない。シュエーターを演じたヴァールティカー・ティワーリーも無名の女優である。
「Half Songs」は、無名の監督、無名の俳優たちによる大人のロマンス映画だ。音楽が主題で、エモン・チャタルジーがアコースティックギター一本で弾き語りする素朴な曲の数々がいい味を出している。シャイな男女の出会い、告白、戸惑い、そして再スタートが上品に、かつじっくりと描かれており、好感が持てた。観て損はない映画だ。